第二十話 姉離れさせようと必死になるお姉ちゃんだが……
「光毅っ! 洗濯物はちゃんと自分でしまいなさいって言ってるでしょ!」
「ご、ごめんなさい……菜月お姉ちゃん……」
ある日の夜、菜月は光毅の部屋に行き、大声で弟にそう注意する。
その声は下に居た由奈や静子にも聞こえ、
「ちょっと、うるさいよ、菜月ちゃん」
「だって、何度言っても聞かないんだもん。光毅にちゃんと言わないと……」
「あー、はいはい。全く口うるさいお母さんみたいじゃない。そのくらいで怒鳴っていたら、みっくんに嫌われちゃうわよー」
「ふん、もう光毅は甘やかさないって決めたの」
既に菜月は光毅の事を下の名前で呼び捨てにすることになれてしまい、前のように『みっくん』と呼ぶことはほぼなくなっていた。
対する光毅はまだ慣れてはいなかったが、それでも菜月はかまわず、光毅と呼び捨てにし、もう子供扱いはしないと固く決めていたのであった。
「何だかなあ。菜月ちゃんも、すっかりヒステリックになってるね。そんなに焦らなくても、良くない?」
「もう中学生なんだから、焦らないと駄目でしょ。光毅は子供っぽ過ぎるの。甘やかしたら、将来きっと社会に出てもやっていけないわ」
「そうかなー。別に今のままでも、みっくんは可愛いしー。ま、好きにすればあ。そんな口うるさいお母さんみたいな事を言っていたら、みっくんにも絶対嫌がられるしね。さあ、お姉ちゃんたちとアイスでも一緒に食べようか。菜月ちゃんは、一人で勝手に食べてなさい。子供じゃないって言うなら、そうすべきよね」
「う……別にいいもん、アイスなんか」
「くす、強がっちゃって可愛いなあ」
「強がってませんっ!」
と、あからさまにムキになっていた菜月に二人の姉たちは微笑ましい笑みで撫でながらそう言うと、菜月も恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にして、自分の部屋に引っ込んでしまう。
そんな菜月を光毅は複雑そうな顔をしてみていたが、菜月は頑固なところがあるのは光毅も知っており、今日はそっとしておいた方が良いと思い、そのまま菜月の元へ向かう事はなかったのであった。
「もう夏休みも終わりかあ……」
夏休みも最終日を迎えてしまい、光毅は少し憂鬱な気分の中、明日の準備を始める。
学校に行くのは嫌いではなかったが、それでも夏休みが終わるのはあまりいい気分はせず、光毅も溜息を付きながら、明日提出する宿題をカバンに入れていった。
「みっくーん、もう宿題は終わったの?」
「由奈お姉ちゃん。うん、終わったよ」
「そう。偉いわー。でも、出来ればお姉ちゃんもみっくんの宿題、手伝いたかったなあ」
由奈が光毅の部屋に入ってきてそう言ってきたが、光毅は既に一週間以上前に夏休みの宿題は全て終わらせており、後は提出するだけであった。
「みっくんはいつも宿題を早く終わらせちゃうわね。偉いんだけど、お姉ちゃんとしては最後まで溜め込んで苦労しているみっくんの宿題を手伝ってあげたいなーなんて思ったり」
「そ、そんな事言われても……」
無茶な事を言い出す由奈に、光毅も困惑するが、由奈は彼のベッドに座って、スマホを取り出し、彼の写真を撮る。
「どうしたの写真なんか撮って?」
「んー? みっくんが真面目にしている様子を撮影したくて」
「? そんなの撮ってどうするの?」
「あん、お守りにするのよ。頑張っているみっくんの写真を壁紙にすれば、きっと受験勉強もやる気が出るわ」
「はは……」
よく理解出来ない理由であったが、自分の事を思って言ってくれてるのはわかっていたので、光毅も悪い気持ちはしなかった。
「ねー、今日は一緒に寝ない?」
「駄目っ!」
「きゃっ! 菜月ちゃん、居たの?」
由奈が光毅を抱きながら、一緒に寝ようと誘うと、菜月が血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「中学生にもなって、お姉ちゃんと一緒に寝るなんておかしいでしょ!」
「全く、菜月ちゃんは相変わらず過保護ねえ」
「過保護なのは、由奈お姉ちゃんの方でしょ! もう、私がちょっと目を離すとすぐこうなるんだから!」
と、怒鳴りながら、菜月が二人を強引に引き離す。
「みっくん……じゃなくて、光毅もデレデレしちゃ駄目って言ったでしょう。光毅はもう中学生なの。子供じゃないのよ」
「ごめんなさい……」
「別にみっくんは悪くないでしょう。菜月ちゃんこそ、過保護過ぎるんじゃない? そうやってガミガミいうと、却ってみっくんに悪い影響を及ぼしそうだけど」
「そういう事は、光毅にもっと普通に接してから言ってよ。ほら、来なさい、光毅」
「あん、みっくんを取り上げないで」
これ以上、由奈と光毅を一緒にいさせては悪い影響を与えてしまうと考えた菜月は、強引に部屋から連れ出して、由奈から引きはなす。
未だに弟への溺愛を止めようとしない上の姉達に、菜月も頭を痛めていたが、どうすれば止めさせられるのか考えても思い浮かばずにいた。
「光毅、今度はちゃんと由奈お姉ちゃんや静子お姉ちゃんの誘いを断らないと駄目でしょ」
「べ、別にいつも一緒に寝てる訳じゃ……」
「いつもじゃなくても、たまにでもおかしいの! ああ、もう本当に目が離せないなあ……」
肝心の光毅も、由奈や静子に溺愛されてる状況になれているのを見て、菜月も項垂れてしまう。
「少しは男の子らしくしないとおかしいでしょ。いい、お姉ちゃんと一緒に寝たり、お風呂に入ったりするのはもうおかしいの。そんな事、クラスの子達に言える? 言ったら、馬鹿にされちゃうでしょ」
「うん……」
流石にクラスの子達に、そんな事は言えなかったが、それでも断る理由も見つからず、光毅も由奈と静子に可愛がられている事を無碍には出来なかった。
特に由奈とは血が繋がっておらず、静子とも半分しか血が繋がってないので、そんな複雑な関係の中でも自分をちゃんと弟として可愛がってくれている事に感謝していたのであった。
「だから、今日は私と一緒に……はっ! だ、駄目よ、そんなの!」
思わず光毅と一緒に寝ようと言いそうになったが、慌てて菜月も口を噤む。
(こんなんじゃ、お姉ちゃんたちと全く同じじゃない!)
そう気づいた菜月は、自分が恥ずかしくなってしまい、顔を真っ赤にして、首を思いっきり振る。
「し、しばらくはソファーで一人で寝なさい!」
「ええ? ソファーじゃちょっと……」
「男の子なんだから、それくらい平気でしょ! それが嫌なら、寝るときは部屋の内鍵をちゃんと閉める! 良いわねっ?」
「うん……」
流石にリビングのソファーで寝るのは嫌だったので、即座に嫌な顔をした光毅であったが、菜月も彼の嫌悪な顔を見てすぐ悪い気持ちになってしまい、顔を逸らしながら、そう告げる。
「もう寝なさい。明日は早いんでしょ」
「うん、おやすみ」
菜月にそう言った後、光毅もようやく自分の部屋に戻り、就寝の準備を始める。
何となく光毅も菜月が自分の事を思って言ってくれているのはわかっていたが、それでも由奈や静子から突き放すような事を言ってくるのは、彼も理解出来ず、悶々としながら、夏休み最後の一夜を過ごしたのであった。
翌朝――
「光毅、おはよ……」
「きゃー、みっくん、おはよう。もう起きていたのね」
「えへへ、良い子、良い子。新学期早々ちゃんと起きれたんだね。ちゅっ♡」
菜月が光毅を起こしに行くと、由奈と静子が既におり、彼の頬にキスしたりしてじゃれついていた。
「あら、菜月ちゃん着ていたの。ちょっと遅かったわね」
「そうだぞー。光毅君を起こしたいなら、もっと早く起こさないと」
「も、もーーーーーーーっ! 二人とも何でわからないの!」
菜月に見せつけるように静子も由奈も光毅にベタベタし、菜月も顔を真っ赤にして、そう叫ぶ。
二人が弟離れすることはなさそうであった。




