第十七話 これからはお姉ちゃん禁止!
「んーー、おはよう、みっくん」
翌朝、全員七時過ぎに目を覚まし、光毅も寝ぼけなまこのまま、布団から起き上がる。
「やーん、今日も可愛いねー、光毅君。ねえ、お姉ちゃんと朝風呂行かない?」
「行きません! みっくん、中学生なんだから、女風呂に招いちゃ駄目って言ったばかりじゃない!」
「ぶうう……良いじゃない、ケチ」
静子がまだ完全に目を覚ましていなかった光毅を抱き寄せて、女風呂に連れて行こうとすると、咄嗟に菜月が制止し、二人を引き離す。
「何よ、堅い事を言って。みっくんだって、お姉ちゃんたちとたまには入りたいわよねー?」
「は、入らないよお……」
「やん、顔を真っ赤にして可愛いなあ♡ちゅっ♡」
「はうう……」
由奈が光毅を抱きしめて、頬にキスしながらそう言い、光毅も顔を真っ赤にして、そのまま恥ずかしさのあまり俯く。
旅行に行っても、いつも通りに光毅を好き放題甘やかしている上の姉二人を見て、菜月も溜息を付いていたが、それ以上にされるがままの光毅にも情けなさを感じていた。
「みっくん。いえ、光毅! みっくんなんて言うから、みっくんが大人になれないんだわ。これからは光毅って呼び捨てにするから! お姉ちゃんたちもそうして!」
「ええーー、良いじゃない、光毅君は光毅君だよ」
「そうよ。まだ付き合ってもいないのに、そんな馴れ馴れしい呼び方出来ないわ。あ、でもみっくんがどうしてもって言うなら、お姉ちゃんも光毅って呼び捨てにするけどなー。みっくんも由奈って呼び捨てにして良いでちゅからねー♡」
「はうう……」
菜月が溺愛しまくる二人の姉に業を煮やしてそう宣言するが、静子も由奈も不満をあらわにし、光毅も困惑するが、
「いい、光毅? これからは私の事もお姉ちゃんとか呼ばないで、菜月って呼び捨てしなさい」
「え? な、何で?」
「光毅が男らしくなるようによ。菜月が嫌なら、姉貴とかでも良いから、とにかく子供みたいに菜月お姉ちゃんなんて呼んじゃ駄目だからね」
「きゃーー、遂に名前で呼びすてさせるなんて、菜月ちゃん、すっかり彼女みたいな気分じゃない」
「だああ、もうそうじゃないの! みっくん……じゃなくて、光毅が男らしくなるようにって言ってるじゃない。もう中学生なんだから、いつまでも子供みたいな事言ったらダメ。良いわね?」
「うん……」
菜月に捲し立てるように言われ、光毅も渋々頷く。
彼女から見れば、光毅の為を思って言った事ではあるが、光毅もいきなり菜月を呼び捨てに出来る自信はなく、姉貴などと呼ぶのも何だか恥ずかしくてとても出来そうになかった。
「んーー、今日もいい天気ね。何なら、ひと泳ぎしていく?」
「どうしようかなー。泳ぐのは良いけど、日焼けは嫌だし。みっくんはどうする?」
「僕はどっちでもいいよ」
「そう。じゃあ、今日は海水浴はナシにして、近くにある水族館にでも行きましょうか。いいわよねー、菜月ちゃん」
「別に良いけど……てか、二人ともみっく……光毅にくっつきすぎ!」
朝食を食べ終わり、今日の予定を話し合っている間も、静子と由奈は光毅にベッタリと寄り添っており、菜月は顔を真っ赤にして、光毅の手を引く。
「光毅ー、いい加減、中学生にもなったんだから、お姉ちゃんたちとそうやってベタベタするのは恥ずかしい事だって自覚しなさい」
「うう……でも、悪い気はしないし……」
「悪い気はしなくても、みっともないでしょう」
と、まるで母親のように菜月は光毅に対してそう諭すが、まだ納得しきれてないのか、光毅も少し駄々をこねていた。
「あーあ、まるで、口うるさい教育ママみたいね、菜月ちゃん。そんな事じゃ、みっくんに本当に嫌われるぞー。みっくん、まだ子供なんだし」
「それは二人が子ども扱いしているからよ! これから、もうビシバシ鍛えていくんだから。二人が何と言おうがね!」
菜月はいつまでも、光毅が幼児みたいに甘えているのは、由奈と静子が溺愛しすぎているからだと前々から思っていたが、これ以上は我慢の限界と感じ、今度こそ本気で光毅を男らしくしようと決心する。
しかし、当の光毅もあまり乗り気がしない上に、由奈と静子も、まだ光毅を甘やかし続けたいと言う気持ちが強く、男らしく育てようなどという気は全くなかったのであった。
「光毅君が男らしくねー……そんなのもはや光毅君じゃなくて、別人なんだけど」
「そうよ。みっくんは、可愛いからみっくんなのにー。男らしくしたら、もう可愛げがなくなっちゃう」
「可愛げがないって、光毅だってこれから大きくなっておとなになるんだからね。いつまでも子供のままじゃいられないの!」
「はいはい。口うるさいお姉さんだこと。それより、もう出よう。チェックアウトの時間過ぎちゃうわ」
「そうよね。じゃあ、みっくん、今日は一緒に水族館に行こうねー」
「うん……」
菜月の言葉も虚しく、由奈と静子は光毅の手を引いて部屋を出て、旅館もチェックアウトする。
溜息を付きながら、三人の後を付いていった菜月であったが、光毅はそんな一番下の姉の様子が気になってしまい、水族館に行っても、彼女の事が頭が離れなかった。
「わああ、キレイなお魚ねー」
「本当。やーん、これ光毅君みたいに可愛いじゃない♡」
水族館に四人で入ると、煌びやかなライトに照らされた水槽の中にある魚を見て、目を輝かさせる。
光毅も同様に、水槽の中で泳いでいる魚に見入っていたが、菜月は由奈と静子に手を繋がれていた光毅を憮然とした顔をして眺めていた。
「ほら、菜月ちゃん見て。イルカショーもあるんだって」
「良いんじゃない。これから行くの?」
「うん。じゃあ、お姉ちゃんたちと一緒にイルカ見に行こうねー」
「うん」
光毅の手をがっしりと握り、由奈と静子がイルカショーのやる会場に向かい、菜月は三人の後に付いていく。
菜月に叱責されながらも、光毅は上の二人の姉たちの手をしっかりと握っており、まだ姉離れするつもりはなく、菜月も嘆息するばかりであった。
「きゃーー、凄いわ。イルカさん、あんな芸もするんだ」
イルカのショーを見て、数々の芸を披露するイルカに歓声を上げ、光毅も目を輝かせて無邪気に拍手を送る。
「きゃん、水がかかっちゃった♡」
「あん、私も」
イルカが飛び込んだ瞬間、水しぶきが最前列に座っていた由奈と静子、光毅にもかかり光毅の両脇に座っていた二人がわざとらしく腕に絡みつく。
「えへへ、みっくん、大丈夫だった?」
「うん、平気だよ」
「本当? あ、ちょっと濡れてるじゃない。フキフキしてあげまちょうねえ」
静子がハンカチを取り出して、光毅の体を拭いていくが、そんな様子を菜月はイラつきながら見ていた。
(全く、二人ともわざと私に見せつけて……)
菜月への当てつけと言わんばかりに、由奈も静子も今まで以上に、光毅とイチャついている所を見せ、菜月も更に苛立っていく。
二人に甘やかされて、笑顔でいる光毅が心配であると同時に、由奈と静子にも嫉妬してしまい、菜月もまだ歯がゆい気持ちのまま、イルカショーの時間が過ぎていったのであった。




