第十六話 お姉ちゃんたちとの旅の一夜
「きゃー、美味しいわね、このお刺身」
「うん。ほら、光毅君、あーんして、あーん。お姉ちゃんの分もいっぱい食べて良いからねー♡」
「あーん、私も。ほら、食べて。この煮物も美味しいよー」
「うう……」
食堂に行き、用意された夕飯を四人で食べ、いつものように、由奈と静子は光毅にベタベタとくっついて、好き放題甘やかしていく。
光毅は、相変わらず息苦しさと恥ずかしさを感じていたが、あまり大きな声を出して拒否するのも躊躇してしまい、姉たちにされるがままにもてなされていった。
「んもう、いい加減にしなさい、二人とも! 恥ずかしいじゃないの!」
「あーあ、また怒られちゃった。菜月ちゃんもしたいなら、素直にそういえばいいのに」
「わ、私は別にしたくないわよ! 公衆の面前で、そういう事するの恥ずかしいから、止めてって言ってるの! ほら、みっくんもデレデレしないで、ちゃんと嫌なら嫌って言う!」
「はううう……」
溜まらず、向かい側の席に座っていた菜月が由奈と静子に注意し、二人とも渋々、光毅から離れる。
いつもの光景であったが、ここは周囲の目もあるので、余計に菜月も恥ずかしく、見境なく光毅を甘やかしていた上の姉たちにほとほと困り果てていた。
「はいはい、口うるさい、お姉ちゃんですねー。折角の旅行なんだから、もう少し開放的な気分になればいいのに」
「場所を弁えてって言ってるの。みっくんも、中学生にもなってあんなことされたら、恥ずかしいでしょう? だったら、もっとビシっとしなさい」
「はい……」
「むうう……いつまでも可愛いじゃ駄目よ、みっくん」
菜月が強い口調で光毅にそう注意すると、光毅も力なく頷く。
もっとも年が近く、血のつながりのある実姉だからこそ、菜月は光毅の事を誰よりも案じており、厳しくしようとしていたのだが、こんな弱々しく縮こまった弟を見ると、牙を抜かれたような気分になり、顔を赤くして力なくつぶやく。
厳しくしようとしても徹しきれない、菜月の様子を由奈も静子もニヤニヤしながら眺めており、
「菜月ちゃんも素直になろうねー。別に良いじゃない、そんなギスギスしなくても」
「ギスギスなんかしてません! 二人がおかしいのよ、明らかに」
「おかしくても良いじゃない。さ、早く食べちゃいましょう」
と、静子が菜月の頭を撫でながらそう言い、由奈も出されていた食事をどんどん食べていく。
ようやく、三人がおとなしくなったことに光毅も安堵し、
「さあ、こういう旅行の恒例、枕投げをするわよー」
「恒例って、修学旅行じゃないんだから……んぐっ!」
「へへ、先手必勝♪」
「やったわねー! んもう、いきなり痛いじゃない!」
部屋に戻ると、三人の姉たちが枕投げを開始し、エキサイトしながら枕を投げ合っていく。
「ほら、みっくんもー」
「う、うるさいから、止めようよお」
「男の子なんだから、もっと元気よくしないと駄目だって、光毅君も。へへ、勝ったら、お姉ちゃんと一緒のお布団で寝てもらうわよー」
「ふえええ……」
「寝ないから! てか、勝ち負けなんてどうやって判定するのよ!」
「んーー、より多くの枕を当てた方が勝ちじゃない?」
「だから、それをどうやって……あうっ!」
静子が勝手にそんなルールを決めると、由奈も思いっきり二人に枕をぶつけていき、更に枕投げは過熱していく。
光毅は置いてけぼりを食らった気分になったが、三人があんなに熱心に枕投げをしているのを半ば感心しながら眺めていた。
「へへ、今日は私と一緒に寝ようねー、光毅君♡」
枕投げに勝ったらしい静子が、自身が寝る布団に光毅を抱き寄せて、二人で布団の中にくるまる。
「むううー、私が一緒に寝たかったのにー」
「寝るって言っても、みんな布団を並べているし、あんまり変わらないじゃない」
「良いもん、同じ布団に寝るってのが、ステータスになるんだし。えへへ、ほらもっとぎゅーっとしようよ、ぎゅっと」
「は、恥ずかしいよお……」
静子は抱き枕のように、弟の光毅を胸元に抱き寄せていき、光毅も彼女のふくよかな胸を顔に押し付けられて、顔を真っ赤にする。
部屋の中は冷房が効いており、暑くはなかったが、静子の人肌が密着して、色々な意味で熱く苦しく感じてしまい、光毅も彼女にしがみついてもがく。
でも、次第に眠くなってしまい、静子の布団の中でうとうとして、眠りについてしまったのであった。
「あら、もう寝ちゃったわ」
「やーん、疲れちゃったのね、みっくん」
「本当、よく寝付けるわね、この状況で」
何だかんだ言って、すぐに寝付いてしまった光毅を見て、まだまだ彼も子供なんだなと姉たちも苦笑しながら、可愛らしい寝顔を眺めていく。
「うーん、あわよくば、みっくんとあんなことやこんな事もしたかったんだけどなあ」
「そんな事、させる訳ないでしょう、この状況で」
「そうよ。するなら、みんなでしないと、菜月ちゃんが嫉妬して怒っちゃうわ」
「嫉妬とか、そんな話じゃないの! ああ、もう……私も疲れちゃったわ。早く寝ましょう」
「そうねえ。今日は海水浴もしたし、楽しかったわ。んじゃ、みっくん、おやすみー。チュッ♡」
「あー、私も。みっくん、お休みなさい、ちゅっ♡」
由奈と静子が、次々と寝ている光毅の頬にキスをし、電気を消して眠りに就く。
「はあ、またそんな事をして……」
「ほら、菜月ちゃんもしなさい」
「しない。お休みなさいって言えば十分だもん」
「お堅いなあ。別にちゅーしたくらいで、怒ったりしないわよ、私達」
「そういう問題じゃないの! もう寝るからね!」
いつもの事だと呆れながらも、菜月はあまり怒る気もせずに、二人に背を向けて、眠りに就く。
由奈も間もなく眠りに入り、静子は嬉しそうにしながら、光毅をぎゅっと抱いて、旅行一日目は平穏に終わったのであった。
「ん……おしっこ……」
真夜中の三時ごろになり、光毅はトイレに行きたくなって、ムクっと起き上がる。
しかし、殆ど真っ暗で静まり返った慣れない部屋の雰囲気が怖くなってしまい、トイレに行くのが怖くなってしまった。
「うう……怖いよお……」
「ん……みっくん? どうしたの?」
「な、菜月おねえちゃん……あの、おしっこ……」
「おしっこって、トイレならそこにあるじゃない」
ふと菜月も目を覚まし、光毅が起きているのに気が付いて、ムクっと起き上がる。
だが、弟が怖がっているのを見て、溜息を付きながら、
「はいはい、一緒に行ってあげるから泣かない」
「うん、ありがとう」
菜月が光毅の手を引いて、部屋にあるトイレまで一緒に行く。
情けないなと思いつつも、こんな事で自分を頼ってきた光毅が可愛く思えてしまい、ほっこりした笑顔をしながら、菜月もトイレの外で、弟を待っていた。
「ありがとう、菜月お姉ちゃん」
「情けないな、みっくんは。今度は一人で行けないと、恥ずかしいんだからね」
「うん」
菜月にそう言われて、光毅も満面の笑みで頷き、彼女と手を繋いで居間の布団に戻っていった。




