第4話 アラクネ転生者の憂鬱
――転生したらアラクネ(?)でした。
なんでやねん。
ここはテンプレとして美少女に転生するんじゃないんかい。いや上半身は間違いなく美少女だけど、下半身が蜘蛛って! なんでやねん!?
魂のツッコミを入れても現実が変わることはなく。私はアラクネ(?)として第二の人生を歩むことになった。
上半身は人間で、下半身は蜘蛛。それがアラクネという魔物の特徴だ。元ネタのギリシア神話的にはこんなけったいな存在じゃないはずなのだけど、まぁそれは置いておくとして。
朝起きて下半身が蜘蛛になっていたら一般的な女性だと泣き叫んでもおかしくない。SAN値チェックが入っても不思議じゃない。サイコロ(ダイス)を振るまでもなく発狂だ。
でも、幸いなことに私は蜘蛛が大好きだった。それはもう蜘蛛研究を職業にするくらい愛していて、本を何冊か出版できるほどLOVEに溢れていた。
そんな私の蜘蛛愛が神様に認められたのだろうけど……いくら好きだと言ったって、さすがに自分が蜘蛛になるのはなぁ……。いや全身蜘蛛よりはマシなんだろうけど……。
異世界転生者であれば冒険者になったり辺境を開拓したり前世の便利アイテムを開発して一儲けするのがテンプレだ。でも、下半身が蜘蛛だと人間と関わり合いになるわけにはいかないので私は洞窟に引きこもることにした。
いや下半身はモフモフの毛(しかも白銀)に覆われているので、ビジュアル的にそんなキツくない。もしかしたら人間とも普通に交流できるかもしれないけれど……迫害とかされたら泣いてしまうので止めておくことにしたのだ。私のチキンハートを舐めないでいただきたい。
異世界にも蜘蛛がいたのは幸いだった。洞窟に引きこもって蜘蛛の研究をしていれば人と接しなくても寂しくは感じなかったし。ほんとだし。ぜんっぜん寂しくなかったし。
そしてなんやかんやと研究ライフを過ごすうちに奇妙な同居人ができたり龍王を名乗るオオトカゲが襲ってきたり不死者を名乗るダンジョンマスター(自称)が勝負を挑んできたり挙げ句の果てに世界が滅びかけたりしたけど何とかやり過ごしているうちに……。私の住んでいる洞窟がある森は『災厄の森』と呼ばれるようになった。みたいだった。
どうやら森の近くに街道ができたらしく、最近は辺境都市の冒険者が森に入ってくるようになった。うん、あっちにも生活があるのだしそれはいいのだけど、何も悪さをしていない私に襲いかかってくるのは本当に勘弁してほしかった。血の気が多すぎである。人間こわい。
「滅ぼしちゃえば?」
同居人 (金髪美少女。いつもカエル柄のパジャマ&ナイトキャップ)がそんな提案をしてくるけれどもちろん無視。元人間としては大量虐殺は避けたいところなのだ。正当防衛で返り討ちにしちゃうことはあるし今さら殺人を忌避するつもりはないけれど、だからといって都市一つ滅ぼすのはやりすぎである。
「いや、都市じゃなくて、人間自体を滅ぼしちゃえば? うるさいし。私の安眠を邪魔する者は死ねばいい」
金色の瞳を輝かせながら「今日の晩ご飯はあっさりしたものがいいなぁ」的なテンションで語る同居人(名前・トゥ)だった。もしかしたら人間よりもトゥの方が恐いのかもしれないわね……。
黙っていれば(さらに言えば眠っていれば)お人形さんみたいに可愛い少女なのに。
まぁとにかく。私の基本方針として人間にはなるべく関わらない。自分から都市に行くなんてありえないし、森で狩りや採集をするくらいなら気にしない。
襲いかかってくるのならしょうがなく反撃するけれど、それだって女の子にはやり過ぎないよう注意している。私は可愛い女の子の味方なのだ。野郎は○ね。
「……女たらし」
なぜかトゥから非難の目を向けられる私だった。女をたらしたことなど一度もございません。
「え?」
「え?」
トゥと、トゥに仕えるメイドさん(黒髪の毒舌美人)から白い目を向けられてしまう私だった。解せぬ。
「……ん?」
嘆いていると索敵スキルに反応が。どうやら冒険者パーティが洞窟に接近しているらしい。
万が一トゥたちと遭遇しようものなら有無を言わさず魂まで灰にされかねない。もしかしたら迷い込んだだけかもしれないので、私は洞窟から出て警告をすることにした。
洞窟を出てしばらく歩くと、冒険者の方もこちらに気づいたらしい。
「ほぅ、美しいな」
「あぁ。惜しいぜ。あれで下半身が蜘蛛でなければ酒の一杯でも奢っているところだ」
褒められてしまった。照れるぜ。うんうん、この冒険者はきっといい冒険者に違いない。友好的に近づけば争いも回避できるはずだ。
そして私はごくごく友好的に距離を縮めて――
「――炎よ、壁となりて我が敵を防げ」
燃やされた。
正確を期するなら炎の壁で拘束された。警告もなしにこれである。美しいと褒めた相手にこれである。人間こわい。
私の周囲に闇魔法の結界が展開される。空間ごと遮断するので防御力が高い上に、自動展開なのでかなり頼りになる。
防御だけならこれで充分なのだけど、念には念を入れて完全耐性スキルをいくつか任意起動させる私であった。
本来ならこれらも自動起動なので、『起動していない=危険はない』はずなのだけど、そんなことは関係ない。だって万が一のことがあったら恐いし。私のチキンハートを舐めないでいただきたい。
「――――」
しかしまぁ大丈夫とは分かっていても目の前で炎が燃えさかっているのは恐いわ。私のチキンハート以下略。
でもこのままというわけにはいかないので私は炎の壁を歩いて脱出し、冒険者たちにさっさと去るよう警告することにした。
……あ、水系統の魔法で炎を消せばよかったじゃん。
そんなことに気づいたのは炎の壁を踏破したあとだった。う~ん、前世には魔法なんてなかったからとっさの時に『魔法』という選択肢が思い浮かばないのよねぇ。今度魔法を重点的に鍛えてみようかしら?
当面の目標を決めた私は術者に目を向けた。これだけの炎の壁を作り出せるのだからきっと老練な魔法使いに違いない。
「――あら、あら」
思わず感心の声を上げてしまう私だった。予想していたより若かったのだ。しかも金髪美少女。リアル魔法少女。思わず微笑みかけてしまう私。眼福眼福。異世界でも萌えは大切なのである。
「くそっ! なんだこいつは!?」
魔法少女の仲間らしい男たちが襲いかかってくる。いや、別に攻撃するつもりはないからさっさと逃げなさいよ?
もちろん負けるつもりのない私だけどチキンハートなので物理攻撃に対する防御スキルを追加発動。安心できたところでまずは話し合いといきましょう。
「え~っと、」
盾による体当たり。
「あの、」
大剣による切り払い。
「ちょっと?」
挙げ句の果てに目を射貫かれかける私。ダメだこいつら言葉が通じねぇ……。バケモノ扱いされているけど、いきなり襲いかかってきて会話もできないそっちの方がバケモノですよ? 人間こわい。元人間だからこそ、人間こわい。
こりゃあ説得は無理だ。
しょうがないから黙らせよう。物理的に。
大丈夫。たとえ死んでも生き返らせればいいのだから。多少乱暴にやっても気にする必要はない。……はず。
とりあえず剣士と大盾、弓師を無力化。私は野郎に容赦しない系アラクネなのです。
もちろん女の子には甘く優しくが信念なので盗賊っぽい女の子は糸で拘束。……さて、一番会話ができそうなのは魔法使いの女の子かしら? なにせさっきから攻撃してこないし。
刺激しないようゆっくり近づく。もちろん私が浮かべているのは笑顔だ。たとえ異種族でも笑顔は大切。敵意がないのを示すのには笑顔が一番なのだ。
≪精神汚染 1d100≫
……おん?
なして精神汚染スキル? なぜにSAN値チェック? 自動起動はオフにしているから、相手がよっぽど怖がらない限り発動しないはずなのだけど……。
慌ててスキルをいじる私。この世界の基本は『神はサイコロを振るし、気ままに操る』なのでSAN値チェックの数字を操作するのは容易いのだ。……けれど、ちょっと遅かったみたいで失禁してしまう少女。
なんかごめん。せめて魔法で綺麗にしてあげるから許して?
魔法発動のために右手を伸ばす。ちなみにこんな動作をしなくても魔法は使えるけど、まぁ、イメージ重視というやつだ。ポーズを決めた方が格好いいもの。
「マキナ! 逃げて! あなただけでも!」
拘束したはずの盗賊がナイフを投げてきた。こっわ。毒つきだよ。毒耐性のスキルも発動させておこう。人間こわい。
……いや、もしかして、相手にとって恐いのは私なのかしら?
う~ん、でも、なんでそんなに怖がられてるの? 仲間を殺したから? でも生き返らせてあげるし、そもそも(人の話も聞こうともせず)攻撃してきたのはそっちなんだから反撃される覚悟もしているはず……。もしかして違う理由なのかしら?
よく分からなかったので≪金の瞳≫に意識を集中させて心を読んでみることにする。普段は頑張って読まないようにしているのだ。疲れるし、笑顔で語りかけてくる人間が『アラクネ、キモい』とか考えたら立ち直れないもの。
さて魔法使いちゃんは……、……生きるのを諦めてるし。楽に死ねるだの犯されるだの散々な物言いである。こんな心優しく美人なアラクネさんを前にして、である。
別に(可愛い女の子を)殺すつもりはないし、逃がしてあげるつもりだ。なんだったら今すぐ盗賊の子の拘束を解いてもいいし、不安なら森の出口まで護衛してあげるのもやぶさかではない。……う~ん、でも、生きるのを諦めているから逃げないかしら?
相手が逃げないなら、私の方が立ち去るという選択肢もあるにはある。
でも、万が一洞窟の中まで追ってこられたら厄介だ。完全に心が折れている魔法使いの子ならともかく、まだ闘志溢れる盗賊なら追ってくるかもしれないし。
ほんともう、さっさと逃げてくれませんかね?
生き物にとって生存本能は何よりも優先されるものだと思うのだけど。
あまりに理解しがたい少女の考えに首をかしげてしまう。
ここは、ちょっと脅して生存本能を刺激した方がいいかも?
「……勘違いしているようだけど」
私だって、やろうとすればゴブリンやオークのようなこともできるのだ。凄いぞアラクネボディ。
ちなみにこの森にゴブリンやオークはいない。アラクネだろうが何だろうが『女』であれば襲いかかってくる鬼畜共にはすでに絶滅戦争を仕掛けてある。先に手を出そうとしたのはあっち。これ重要。
「私は確かに上半身が女性だし、意識も女性であるつもりよ。でも、下半身は両性具有というか何というか……他の個体には会ったことがないのだけど、アラクネってみんなこうなのかしらね? 男性のアラクネなんて聞いたこともないし、でもそれだと子作りできないものね?」
蜘蛛研究家としては非常に興味深い。っと、それはとりあえず置いておいて。
「まぁ何が言いたいかというと……、勝手な期待で生きるのを諦めるのは良くないわよ?」
だから生きましょう? 逃げましょう? そうすれば見逃してあげるから。
祈るように少女の心を読む私だけど……なんで私がゴブやオークみたいなことをする前提で話が進んでいるのかしら? どんな悪党やねん。どんな悪逆非道やねん私。
「……いきなり襲ってきたのはそっちなのに、どうしてこっちが悪役みたいになっているのかしら? 正当防衛なのに……どうしてこうなった……?」
私が嘆いていると、あまりの恐怖からか気絶してしまう少女だった。
もう、糸で簀巻きにして森に放置しても許されるんじゃないかしら私?
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