94 ただいま、ログハウス!
森を抜けるとログハウスの裏庭に出た。そこは私とイヴが整えた『憩いの場』。涼しい風が吹いて、テラスで咲き乱れる藤の花の香りが爽やかに届いた。すーっと深呼吸する。うん、いい気分。帰ってきたってかんじ。
オトヅキの街からここまで、1時間くらいかかったかな? アロンによれば、普通は馬で数日かかる距離らしいけど。……言えない。1時間もかかるのか、遠いなぁ、なんて思ってたとか言えない。
「あっ、ララおかえりー!」
「ただいま!」
池の船着き場に座るビビが、私たちの帰還にまっさきに気づいた。水面に足をぶらぶらさせて、釣りをしてたみたい。隣のセオも気づいて、二人して出迎えてくれる。
早かったな、とセオが短髪の頭をぽりぽり掻いた。ちょっと驚いてる顔。
「私も日が落ちる前に戻ってこれるとは思ってなかったんだけど。夕ご飯には余裕で間に合ったね」
「今日は俺とビビ様で晩メシ作るから。ララたちは休んでな」
「いいの?」
うむ! と横からビビの元気な返事。
「今夜は魚パーティーだぞ! 見てくれ、この大物を! もうひっきりなしに釣れるんだから笑いが止まらんぞ! わはははっ」
「ほ、ほんとだ……」
ビビが引いてきた手押し車(イヴ作)に、コイより大きな魚がわんさか積んである。
木の棒に肉の細切れ結んだ糸垂らしたかんたんな仕掛けなのに、バンバン釣れるんだって。
神様が住む池の魚だもん。きっと魚たちは釣り人に慣れてなくて純粋なんだ。
「何作るの?」
「塩焼きと唐揚げと煮付け!」
げっ……
途端に震えだす面々。
ウィルの誕生日、ビビが生み出した地獄のスープは記憶に新しい。なんかポコポコ発酵泡みたいなのが浮いてたっけ。味は言わずもがな……おげっ、思い出しちゃった。舌の奥がすっぱい。
「塩焼きだけでいいんじゃないかな? うん、それがいいよ。塩焼きだけ食べたい!」
「それじゃおもしろくないだろ? 色々かけて、混ぜて、塗りこむのが料理ってもんだ」
ビビは水色の瞳をキラッキラさせてるけど不安しかないよ。おもしろくないってなに? 塗りこむってなに? 不穏だ……
ぜったい喧嘩するような調味料をあれこれまぜまぜして科学実験を楽しむ小学生、もとい、ビビの姿が浮かぶ。
花嫁修業の名のもとちょっと修整かけたくらいじゃなおらなかったビビの悪い癖。
やだよぉ、おなか空いてるのに、ちゃんと美味しいごはんが食べたいよぉ……
こんなときのために保護者頼がいるんだな。
……セオさん、監督頼みますよ!
あ、目ぇそらしたなっ!?
「で、こいつは何があったんだ?」
「気持ち悪い……おえっ」
セオに促されて見ると、青い顔で口元を押さえるアロンが、ハティの背後でうずくまっている。その背中を、ウィルが「だいじょーぶ?」と心配そうに撫でていた。
「ああ、えっと……」
行きは『亜空間No.2』に入ってたアロンとウィルも、帰りはいっしょにハティの背に乗ったんだ。街から大急ぎで逃げ出す私たちはなんだか宝を奪って逃げ去る盗賊団みたいで、ちょっとごっこ遊びに興じてみたのだけど……アロン、酔ったみたい。
「ウィルくん、すまないが私の腰にある革袋から緑色の液体が入った小瓶を出してくれ……」
「うんと、ええっと、これかなぁ? はい、どうぞ」
「合ってるよ。ありがとう……」
「たったこれしきで軟弱なヤツだ。くくっ」
笑いを噛み殺してるハティは、「わざと揺れるように走ったでしょう?」ってアロンの疑いも涼しい顔で受け流す。あれは確信犯だな。でもまぁ、
「ジェットコースターみたいで、私は楽しかったけどな」
うっそうと茂る森の中、尖った枝や岩が鼻先を高速ですり抜けていく様子はスリル満点だった。前は怖くて仕方なかったけど、いまは平気。だって、ハティが私に怪我をさせるわけないもん。バンザイして、わーって騒いでも、うまい具合に体の向きを調整してくれて安全に運んでくれる。
「ぼくもたのしかった」
「ね〜っ」
キャッキャと騒ぐ私とウィルを、アロンが吐きそうな顔して見てる。眼鏡の奥、据わった目が語る言葉は理解できたつもりだ。
"誰のせいだと?"
森を疾走する盗賊団ごっこ、アロンも乗り気だったじゃん! ……ん? あれれ、真っ青な顔で叫ぶアロンの姿しか思い出せない。おかしいな。
「私は嫌だって言ったからね。亜空間にいたいって」
「そうだっけ?」
情けないぞ! とビビがアロンの背中を叩く。
「鍛え方が足りないんじゃないか? なんなら私といっしょに毎朝森を走ろう! 10キロな!」
「バカなのかい? 10キロも走ったら一日が終わってしまうよ。そして背中叩くのやめて。吐くからホントに」
「俺とビビ様はその距離毎朝走ってるけどな」
「やだもうこの人たち……」
アロンが両手で顔を覆い、ビビがズレた慰めの言葉をかけて、セオがからかい半分にそれに乗っかって、人化したハティがウィルを肩車したところで、
バン!
ログハウスの表で勢いよく扉が開く音がした。続いてせかせかした足音が近づいてくる。
「帰ったのね!」
緑の長髪を振りみだして、イヴが私の首に腕を回して抱きついてきた。おおっと。バランスを崩しながらも、ただいま!って明るく挨拶。でも。
「イヴ? どうしたの」
イヴの体がかすかに震えてるのに気づいて私は緊張した。
ううん、とイヴは首をふる。泣いてるのかも。顔をのぞきこもうとしたけど、腕に力を込められてうまくいかない。
次に顔を上げたとき、イヴは笑顔だった。とってもきれいで、でも、泣きそうな笑顔。
「おかえりなさい。ウィルくんの判定式は無事に済んだようね」
◆
「そう、これはぼくの"ミブンしょーめーしょ"なんだよ。え? これはだめ、食べられないよっ。じゃあ何するものか? うーん、ぼくもよくわからないけど、大きくなったらいるんだって」
小型の魔物や小動物たちが絨毯の上に座るウィルを囲んで質問攻めにしてる。話題は教会からもらってきた"判定式の証明書"について。判定式の結果は、教会に保存される用と本人用に2枚作られる。そのうちの1枚をこうして持ち帰っている。
「ウィリアムはぼくの"こーしき"の名前になったんだよ。"こーしき"っていうのは、かぞくじゃない人におしえる名前ってこと。うん、みんなはぼくのかぞくだよ。いままでどーりウィルってよんでね。え? なんでって、じゃないとさびしいから……」
うつむくウィル。そこで体を痙攣させながら転がる親衛隊。うん、胸がズキューンとやられたんだね。わかるよ。
復活した親衛隊は、ひしっとウィルにしがみついた。照れる天使。表情をだらしなくとろかす親衛隊は、次々に貢物を差し出しはじめた。
積み上がっていく宝石を見ながら、ウィルは将来お金で苦労することだけはなさそうだな、なんて思った。
「ふふ、その中の何人かは初恋がウィルくんになったでしょうねぇ。あら、男の子も含めてよ? 罪作りな子だわ」
私が語るオトヅキの街の感想を、イヴは楽しそうに聞いた。いまはちょっうど、路地裏で出会った孤児たちの話をしているところだった。
キッチンからは、何やら喧嘩めいたビビとセオの話し声が聞こえている。不穏だ……(2回目)
アロンは……続き部屋で寝てる。「薬も飲んだし、今日は早めに休むよ……」って。青い顔したアロンを、誰も止めなかった。いいよね、これから始まる"魔の晩餐会"からひとり、首尾よく逃げおおせたんだもん。元気いっぱいの残りの面々は、同じ手は使えない。しかたなくセオに望みを託して夕食の仕上がりを待っている。
「いまのところ変な匂いはしないぞ」
「だといいけど」
ハティは私を膝に抱えたまま、形良い鼻を上に向けてひくひくさせる。ハティの高い鼻は微妙にワシ鼻でつまみやすそう。……うずうず。
えいっと鼻をつまむと、灰色の双眼がまん丸に見開いた。すぐにいじわるく細められて、「やったな」と仕返しされる。鼻だけじゃなくて、頬も、どさくさに紛れて脇腹までつままれた。
うぐ……、ぜい肉がぷにぷに……
つまめるほどあるのかって、ちょっとショック。
ダイエット、ぜんぜんうまくいってないんだよね。なんせ、私のまわりは常に美味しいもので溢れてる。我慢なんてできっこない。
そして季節は"味覚の秋"に突入している。暑さが和らいで食欲も増す時期だ。
こんなのもう、食べるしかないじゃん……っ!?
ところで、私はわけもなくハティにじゃれついてたわけじゃない。さっきからなんとなく神様たちを覆ってるかたい空気をほぐすため。
「あのね、聞きたいことがあって」
そして私が話題を持ち出しやすくするため。
「『予言の子』ってなに?」
イヴとハティの顔から笑みが消えた。
ええっと……地雷踏んじゃった?
心配したけど、とくに重い話になることはなかった。
「──『予言の子』というのはね、何百年かに一度現れる魔王を倒す人間のことよ。つまり人間が言うところの『勇者』ね」
『鑑定石』に彫り込まれた"長谷部光太郎"さんの文字。──予言の子へ。
私が見つけたメッセージについて話すと、イヴはどこか諦めたように教えてくれた。ほっとしてるようにも見えるのは、もっとほかにつっこまれたくないことがあったからかも。私の質問は、それにはかすってないんだ。
でも、とにかくいまは『予言の子』について気になることを聞き出す。
「それって、もしかして私のことだったり、する?」
「さぁ──」イヴは首を傾げる。
私が不満げに眉を寄せると、イヴは困った顔をした。
「わからないのよ。正確には。創造神が下した予言はとてもあいまいで。『その子はコウタロウの子孫に現れる。コウタロウと似た魂を有する』この条件に当てはまる子孫はこれまでもいたわ。『コウタロウと似た魂を有する』──彼は同郷の者がそうだと考えたようだけど、それだって正解かはわからない」
同郷の者。日本。だから日本語でメッセージを残したんだ。
どちらにしろ、とハティが私を正面から見た。真剣なまなざしできっぱりと言う。
「仮にララが『予言の子』、つまり『勇者』だったとしてもだ。魔王退治などにやるつもりはない。ウィルも同様に」
「同感ね」とイヴもきっぱりした調子だ。
「私も魔王退治とか、怖いし、やだ」
「それでいいわ。一生ここで平和に暮らしましょう」
イヴが妖艶に笑って、私の口にぶどうの粒を入れた。もぐもぐ。
魔王と戦うのは怖いし嫌だ。でも──
もし私が『予言の子』なら、この世界に転生した意味がはっきりすると思ったんだけどな。
なんて考えて、ぶんぶん頭をふる。
物騒なのは、やっぱやだ。
「というか、そもそも──」
イヴが何か言いかけたとき、一羽の巨大な鳥が開け放した窓から飛び込んできた。オトヅキの街でウィルの『目』になっていた鷹だった。テーブルの上に着地して、鋭い爪先で木目を叩く。
「おかえり、ええと、スベン。おそかったね」
出迎えたウィルに、一鳴きで応える。ウィルに対してはいつもデレッとした他の子たちと違って、この子はツンツン。"お前とは馴れあわねぇぞ"って一線距離を置いてるというか。
その気高い鷹が、くちばしから一枚の紙を落とした。そこに、【次世代の勇者現る!? 魔王復活の兆しか?】とウィリアムの名前と一緒に大きく見出しが出ていた。
「わぁ、もう号外が出てるの?」
称号4つ持ちのハイスペックすぎる子どもが現れた。話題になるのは予想してたけど、早すぎる。教会から国に報告が挙がって、そこから正式発表まで一ヶ月はかかるっていうのがアロンの見立てだったのに。
「魔王復活、ですって。ハティ、気配を感じるかしら?」
「ないな。闇の魔力はどこにも見当たらない」
"そもそも、倒すべき魔王がいないのだから、『予言の子』なんて気にする必要はないのよ"
たぶん、イヴはさっきそう言いかけたんだってことが、二人の会話でわかった。
「人間ってよほど話題に事欠いてるのね。勇者とか魔王とか、すぐに伝説をでっち上げて遊びたがるんだから」
あはは、と私も笑った。
「『勇者』はいまどこに!? だって。みんな『ウィリアム』っていう顔もわかんない男の子を探してるんだね。見つかりっこないけど」
人材確保のため、ミナヅキ王国は"ウィリアム"が判定式を受けたオトヅキの街を捜索するかもしれない。でも、そこにそれらしい子どもは見つからない。
そうして何年も経ってウィルが独り立ちしたとき、世間は初めて実態を持ったウィリアムを知ることになる。
「そのとき勇者と担ぎあげられるにしろ、『真実の目』を持つウィルくんなら、いいように利用されることなく上手に世間を渡っていけるわ」
「そうだね」
鷹の背中を撫でるウィルを、むぎゅーっと抱きしめる。
『姉さまだけじゃない。みんなをまもれるつよーい"けんせい"になる』
ビビとセオを助けるため、初めてジャイアントベアーを倒したウィルが聞かせてくれた決意。"みんな"にはまだ出会ってない外の世界の人たちも含まれるんだ。てことは、ウィルがここを出ていく日は確実に来るわけで。
でも、それまでは、せめて成人(14歳)を迎えるまでは。
「いっぱい遊んで、いっぱい勉強して、いっぱい美味しいもの食べて、ここで幸せに暮らそうね。改めて、7歳の判定式おめでとう」
目があって、一度瞬きして、ふにゃぁとウィルが笑う。
「姉さま、ありがとう」
……ぐふっ。
「可愛いよぉぉぉおおおお! んぉおおおっ! やっぱり独り立ちしないでぇぇ! 一生ここで隠れて暮らそうよぉぉぉ!」
ウィルを撫でくりまわす私。困った子ねぇと苦笑するイヴ。自分も撫でてとばかりに頭を突き出すハティ。そんな和やかな雰囲気をぶち壊したのはキッチンから近づいてきたぷんと香る悪臭のもと、ではない。第三者の激した声だ。
「何ぬるいこと言ってんだ」
鷹は言った。
「隠れてどうする。ウィルは『勇者』として大々的に打って出るべきだ。いますぐに。ニンゲンどもに舐められてからじゃ遅えんだよ!」
それはそれは流暢に人語を操った鷹は、体を震わせると、白蛇の姿に変わった。よくウィルの首にいるのを見かけるトルネードスネイク。もう一度体を震わせると、天井までつく巨大で赤いドラゴンに。そしてもう一度体を震わせると───赤い髪を持つ人の姿に変わった。
次話は9月28日・月曜日に投稿します!





