93 その頃オトヅキの街は
ぎりぎり今日……ともえいる?
ごめんなさい(´;ω;`)
今回は三人称です
──ミナヅキ王国、オトヅキの街
「こ、これはどういうことだ……」
鋭いトゲに覆われ変わり果てた教会を前に、男はあ然と立ち尽くした。
──なんだか、街の様子が変だわ。
教会近くのアパートメント。
そこへ囲っている女と、男は密会中であった。もう一度女の柔肌に顔を埋めようとしたところで、女が言ったのだ。
気にするな。言いつつ、温もりを味わう。街の喧騒など、すぐに耳に入らなくなった。
しかし、女はどうにも不安そうで、集中を欠く。男の肩を押し返し、やっぱり変よと語気を強めた。そのとき、わぁ!とひときわ大きな喧騒が、窓ガラス越しにくぐもって聞こえた。
──大変、教会の方からよ。
慌てて衣服を身に着け、外に出る。そこは見渡す限り人、人、人。それでもなんとか人混みをかき分け駆けつけてみれば……
いまや教会の美しい白壁は深い緑に覆われ、日に3度祝福の音色を響かせる金の鈴も姿が見えない。
そして、男の名前を飾った大看板にいたっては真っ二つに折られ、地面に崩れ落ちている。それを見た瞬間、カッと頭に血がのぼった。
(わたしの、わたしの城がっ……!)
たるんだ頬を小刻みに震わせる男に、背後から声がかかった。
「サーバン神官長!」
そう、男は神官長。件の教会に所属する20人の神官をまとめる立場にある者であった。
声をかけてきたのは、白い祭服を身に着けた中年の男である。混乱の熱気に満ちた人々をかき分けながら、なんとかやってくる。真っ白な顔で、サーバン神官長をすがるように見上げる。
「ノルド神官。何があった!」
「かっ」
「か?」
ノルド神官はぎゅっと目をつむり、恐怖をぐっとこらえるように声を絞り出した。
「神が、ご降臨あそばされました……!」
トゲを避け、なんとか身を滑り込ませた礼拝堂の中。ノルド神官はサーバン神官長に、事のあらましを語って聞かせた。手に、判定式の結果が記された一枚の用紙を握っている。
「ふむ、ウィリアム──『称号』4つ持ちとな。次世代の『勇者』が現れたか」
「『スキル』ですよ、サーバン神官長」
ノルド神官はビクビクと周囲を見回す。恐怖に満ちた目は、神々の影を探している。
文書の改ざん、『称号』の言い換え、あさましき己の欲望、すべての罪を見抜いていた女神だ。いまだって、我々を監視しているかもしれない。
そう怯えるノルド神官を、サーバン神官長は鼻で笑った。
「落ち着け。神などいない」
サーバン神官長は、神の存在を信じていない。けれども神官になり、神官長まで上り詰めたのは、その方が生きやすかったからだ。貴族の三男坊として実家で飼い殺されるよりずっと。
聖職者は法に縛られず、高い地位を保証され、多額の寄付金で美味いものを好きなだけ食い、愛人だって囲える。
神などいない。そう信じるからこそ、聖職者の身にありながら、好き勝手に生きてこられたのだ。
「これとて、どうせ人間の仕業だ。植物系の強力な『称号』持ちがやったのだ」
「植物を生やす能力のあるものなど、過去に存在しませんよッ!」
「であれば、タリス王国の『魔道具』を使ったのだ。あれは魔法が使えぬ平民でも強力な魔法を放てると聞く。属性を無視した新しい効果を引き出すこともできるとか。こんなふうにな」
サーバン神官長は指先で植物のトゲを揺らしてみせた。その様子に一切の恐怖がないことを見て取って、ノルド神官は愕然とした。
(神官長は、あの方々を直に見ていないからわからないのだ! あの美しいひとの冷ややかな目を。一切の興味を断ち切った、巨大な狼の無表情な目を。───あの方々は、本物だった。それに、愛らしい少年の同情に満ちた目! この先に待ち受ける悲劇を予告するようで……あれも恐ろしかった!)
「このトゲはバラか。植物の女神の花だな。ちょうど良い。教会を覆うバラのトゲは、"植物の女神の祝福"ということにしよう。勇者の出現と共に大々的に公表する」
「女神の祝福? とんでもない! 彼女は明らかに怒っていた。殺気に満ちた数多のトゲは、彼女の怒りを体現しているのです! それを祝福とすり替えようとは……そんなことをすれば、ますます女神の怒りを買ってしまう! 次こそ教会は潰される!」
ノルド神官の必死の嘆きを、サーバン神官長はもはや聞いていない。
「ああ、まったく。祭壇が穴だらけではないか。犯人め、ただじゃおかない。引っ捕えて火炙りにしてくれる。神を侮辱した罪だ!」
怒りの方向性を間違えているサーバン神官長に強烈な違和感をいだきながら、ノルド神官は逃げの態勢に入ってた。
(もうだめだ──。ここにいては危ない。いまに女神の報復が始まる。その前に、寄付金を持って遠くへ逃げるのだ!)
けれど、遅かった。"報復"はすでに始まっていた。ただし、女神からの報復ではない。
ゴゴゴゴゴ、バキッ、ポキッ
地揺れと共に、背後から何か恐ろしい音がした。おそるおそる音の発信源に首を向ける。
ああ……、なんということだ……、
そこには巨大なドラゴンがいた。火の神の像、だったもの。石膏で白く固められていたはずのそれが、動き出している。パラパラと表面が割れ、空洞のはずのそこから赤い鱗が現れる。細められた金の瞳が、サーバン神官長とノルド神官をとらえる。くぁと開かれた口に、唾液が糸を引く鋭い歯。
「ひ、ひぃぃぃっ!」
「お許しをぉぉぉっ!」
今度こそ、サーバン神官長は恐怖した。
二人はひしと抱き合い──その態勢のまま、ドラゴンの口に咥えられてしまった。
天井を突き崩し、ドラゴンは屋外へ飛び出していく。
「あれを見ろ!」
「なんだ?」
「ド、ドラゴン!?」
「火を吹いているぞ!」
「赤い鱗。火の神だ!」
「なんと、伝説に聞く通りのお姿……」
「ぎゃー!!! 助けてくれー!!!」
元々人だかりができていた教会前は、たちまち逃げ出す人々の押し合いへし合いの大混乱に陥った。
しかしドラゴンはそんな人々を意に解することなく、優雅に宙を飛んでいる。
そして、教会の壁に炎を放ち続けている。
「ああ、神よ! 鎮まりたまえ……!」
その声が届いたわけではないが、まもなく炎の放射が止まった。ドラゴンはすぐに飛び去る。やはり人々の方を一度も見ることなく。
「あ、あれを!」
ようやく落ち着きを取り戻した人々の中から声があがった。一点を指し示すその指先は、ドラゴンが炎を放っていた教会の壁に向いている。
【教会のクソッタレ】
壁にはたしかにそう、炎の文字で書かれていた。それもデカデカと。
「あれ、サーバン神官長とノルド神官じゃないか?」
炎文字の横に、男が二人宙づりにされていた。炎で服が焦げたのか、丸裸だ。
たしかにあの二人だ。いつも偉そうにふんぞり返った長と、その下僕。縛られているせいで大事なところも隠せずに、助けてくれと泣き叫んでいる。
くふ、と人々から抑えた笑い声が上がった。
普段の様子とかけ離れた二人の姿は、あまりに滑稽で。悪いと思うが、つい。
「わ、笑うなー!」
「はやく下ろしてください〜〜ッ」
「くふ」
「クスクスクス」
一方、二人の足元に一枚の紙が貼り付けられているのにも、人々は気づいた。判定式の結果証明書だ。
【ウィリアム:称号:『剣聖』『体力無限』『真実の目』『駿足』】
神の怒りと勇者の出現。それについて質問しようと詰めかける記者。こうして教会が言い逃れできる道は、強制的に塞がれたのだった。
紙の束を両手いっぱいに抱えた青年が大通りを駆け抜ける。
「号外、号外だよ〜! 教会の腐敗具合に、神様方がご立腹! 次世代の勇者・ウィリアムはいつ我々の前に姿を現すのか! 魔王復活の兆しは? たったいま動きはじめた伝説の1ページを目撃せよ! 号外だよ〜!」
「がはは、ついに目ぇつけられたか教会め。いい気味だぜ」
「勇者だって? 称号が4つ!? あれまぁ、前の勇者の倍じゃないか」
「倒すことになる魔王が、それだけ強いってことじゃないか?」
「やだ、怖いよ」
「勇者ウィリアム様って、天使のように可愛いお顔をされてるんですって。会ってみたいわぁ」
「でもまだ7歳でしょ? 判定式を受けたばかりなんだから」
「先につば付けておくのよ。みんなが放っておかなくなる前にね」
思い思い、号外の感想を言い合う人々。
魔王復活、などと不穏な噂が囁かれ始めたわりに、その顔はみなワクワクしていた。
魔王など怖くない。だって、勇者が必ず倒してくれるから。
「でも、勇者ウィリアム様って、今頃どこにいるのかしら──?」
いままさに動き出した伝説。その目撃者となれる喜びに、人々は色めきだつ。街はたちまちお祭り騒ぎとなった。
その上空を、一匹の鷹が飛んでいる。
黄色いくちばしに号外を引っ掛け、家路を急いでいた。
「ま、ケガはさせてねぇし、セーフだよな」
モゴモゴとくちばしを動かし、鷹がつぶやく。
「しかしやだねぇ、ニンゲンてのは。みんな人任せでいい気なモンだぜ。勇者なしで魔王を殺ろうってんのが無理なのはその通りかもしれねーが」
けどよ──
鷹は金の瞳を鋭く細め、獰猛に笑った。
「あいつまで使い潰すってんなら……ぜってー許さねぇ。魔王に手ぇ貸してニンゲン皆殺しだ」
次話は9月24日・木曜日に投稿します!





