92 VS教会
投稿ちょっと遅れました!
ごめんなさい
⇛前回のあらすじ
行方不明だという人相書の女の子が、ララと同じ黒髪だった
たまたまだって思いたい。でも、だけど──
「帰ろう、ララ。いますぐに」
抑えた声で、それでも焦りを滲ませてアロンが言った。
「落ち着け」
腰の浮いたアロンを、ハティが引き戻す。
顔を寄せ、声を落とした。
「行方不明になった少女は黒髪ではあるが、ララとは似ていない。──たとえ少女が何者かに誘拐されたのだとしても、我らとはまったく関係のない事件だろう。第一、この街にララを脅かすものはないと、ほかならぬウィルが安全を保証しているのだ。何も心配はいらん」
こくこく、とウィルが頷く。
あの女の人からもらった人相書に描かれていた少女は、10歳前後の幼い女の子。備考に9歳と書かれていた。瞳は赤みがかった茶色で、そばかすの散った女の子。たしかに、私とは似ていない。
事件でも、私と間違えられて誘拐されたってわけじゃなさそう。
アロンもそう思い至ったのだろう。息を吐き、落ち着きを取り戻した。
「そう──ですね。すみません、過剰に反応してしまいました。そうだ、この国では黒髪など珍しくもない。行方不明になったのが、たまたまララと同じ黒髪の女の子だったというだけで」
うん、と私も頷いた。でも、なぜかすっきりしない。
喉に魚の骨が引っかかってるみたいな。
少しの不快感がつきまとう。
──コーネットや、ボルドーの追手とは、本当にまったく無関係?
『家出をするような歳でもないし、まして自分の街で迷子なんてありえない! あの子は誘拐されたんです!』
人相書を配る女の人を、アロンが静かに見つめている。街の安全を整えるのは、領主の責任だ。本来だったら、アロンの。
何か思うところが、あるようだった。
──アロンをこの街に連れてきたのは間違いだったかもしれない、そう、ちらりと思った。
女の子のことは気になるし、可哀想だと思う。だけど、
それ以上あれこれ考えてる暇はなかった。
16時が迫っている。教会に行かないと。
◆
教会という場所には一度だけ、7歳の『判定式』で訪れたことがある。でも今回が初めてだという気がした。前世の記憶が戻る前の思い出は、やっぱり少しだけ遠い。
「わぁ、あれハティ? おっきいねぇ」
ウィルの声が教会の礼拝堂に響いた。
ああ、と答えるハティはなぜか苦い顔。
礼拝堂の左右の壁には巨大な石膏像が4体ある。その中に狼の像もあった。その隣の美人像はイヴかな。バラのツタを体にまとっている。
反対側の壁には、水をまとった美青年の像。あれはたぶん水の神様だ。像の髪は長いし、目元もちゃんと見えていて、本人とはだいぶ印象が違うけど。
その隣は……
「スゥだ」
「え?」
聞き返すと、ウィルは「あっ」と慌てた様子で「なんでもないよっ」と首をふった。
そう? 変なウィル。
ちょいと頬をつつくと、くすぐったそうに身をよじり腰元へ抱きついてくる。
突然の甘えん坊モード! あ、ありがとうございますっ!
ここぞとばかりに気持ちの良い金髪を撫で回しながら(ああ、至福……)、改めて石膏像を見上げる。
水の神様の隣にあるのは、ドラゴンの像だった。火の神様、かな?
前にハティの話の中で一度だけ出てきたっけ。
ケンカして、お互い怪我をして、ハティが子犬の姿になってさまよう原因となった神様。って背景を知ってるからか、ドラゴンは好戦的な顔してるように見えた。細められた目元とか特に……
ぎょろり。
「うえっ!?」
「ど、どうしたの、姉さま?」
「なんだ、幽霊でも見たような顔をして」
「い、いま、ドラゴンの目元が動いた気が──」
あれ! あれがね! と説明する声が大きくなってしまった。
おや、と私の声に気づいた神官様が、正面の祭壇から振り返った。
「本日のお祈りの時間はもう終了しているのですが……」
あ。
いけない。これから最重要ミッションをこなさなきゃいけないのに、うっかり観光客モードになっていた。
最重要ミッション。つまり、ウィルに『判定式』を受けさせ、身分証明書をゲットすること。
私は気を引き締めて、神官様に向き直った。
「お祈りに来たのではないのです。実は、神官様にひとつご相談がありまして──」
15時半に礼拝堂の一般公開時間が終わり、神官やシスターは全員寮へ帰っている。そんな中、この中年の神官様が今日の掃除当番で居残りだってことは調べがついてるんだ。
つまりおじさんはこの広い礼拝堂の中でひとりきり。
叫んでも、寮までは聞こえない。
「ご相談、ですか」
神官様が1歩、2歩、近づいてくる。
私たちに対する警戒心はない。
それもそのはず。
強盗とか、暴漢とか、そういう輩と警戒されないために、身なりは貴族風に整えてきた。『亜空間No.2』があれば着替えも気軽にできていいね。路地裏で生着替え、なんてせずに済んで。
「妻がどうしてもと」
ハティが私の肩を抱く。私はそんなハティと視線を合わせ優雅に微笑んで見せた。
ハティと私は夫婦、間にはさまるウィルはその子どもっていう設定。ちなみにアロンは『亜空間No.2』で待機中。今頃私たちのやり取りに耳を澄ませているんだと思う。ちょっと緊張しているのか、聞こえてくる呼吸音が乱れてる。おかげで、
……逆に私は冷静になれる。
神官様には、私たちが教会に寄付しに来た旅の貴族にでも見えたんじゃないかな。まぁ、それを狙ったんだけど。
身りの良さは神官の警戒心を解くには十分だった。お互いにこやかにゼロ距離まで近づけた。握手を交わし──彼の肉厚な手を、私はそのまま離さなかった。
(……ふふ、かかった)
「え──?」
神官様のとまどいの顔は、次の瞬間、驚愕に染まった。
その視線は、自らの足に徐々に絡みついていくバラのツタに集中している。ツタの出どころは、床。いつの間にか砕かれた、大理石の床だ。神官様が私を見る。目があった。にっこりと笑いかけてあげる。──驚愕が疑問に、そして恐怖に変わるまでには、そう時間はかからなかった。
「グルルルル……」
すぐとなりで、ハティが体を変化させる。完璧な貴族の美貌から、恐ろしく巨大な狼に。神官様は今度こそ「ひっ」と短い悲鳴をあげた。
──ここで神様のルールを改めて確認しておこう。
神は人間の争いに介入できない。
人間を襲えないし、殺せない。
うん、ハティは何もしてないよ。ただ狼の姿を見せただけ。イヴに至っては、今頃ログハウスでぐーたらやってて何の介入もしていない。
実際に神官様に襲いかかったのは、私。
神官様は、勝手に勘違いするだけ。
つんとあごを上げて、自信満々に、私の美しい"お姉さま"のように。その姿を、借りる。
スキル『植物創造レベルMAX』を持ってるのは世界中で私だけ。植物の女神様みたいに、自在に植物を生やせるのは私だけ。
──イヴの象徴とも言えるバラのツタを足元から生やして見せれば、そりゃあ勘違いもするだろう。
「さて、私たちは誰かしら?」
「獣の神様に、植物の、女神様───」
神官様はガタガタと歯を震わせながら、なんとか答えた。
さっすが神官様。話が早い。あなたの信仰心は十分伝わったよ!
──私が立てた作戦。それは神様の威光を振りかざしての脅しである!(実際に手を出したのは私だから、ハティたちはルール違反をしたことにならない)
天罰を受けたくなかったら、黙ってウィルの『判定式』をして身分証明書をよこせ!
『ずさんな計画だなぁ。一番効果的ではありそうだけど』
呆れ調子なアロンの笑い声が聞こえてくる。
そのとおり! 大部分でアドリブが求められる計画ともよべない作戦だけど、効果は絶大だと思うんだ。なんたって、脅す相手は神官様。この世で神様の存在を一番信じてる人種だ。"神様"に"天罰"とか言われたら、怖すぎてなんでも言うこと聞いちゃうよね。
「お願いというのはねぇ、この子のことなの」
私はウィルを前に出し、『判定式』を受けさせてほしい旨をお願いした。
ちらちらと、ウィルが心配そうに私を見上げてる。大丈夫だよ、神官様に怪我をさせたりはしないから。たぶん。
神が人間の子どもを連れている。
神官様は私たちの関係をどう思っただろう。
たずねられはしなかったけど。
「お、おそれながら」
本当に"恐れながら"神官様が発言の許しを求めてきた。
「あ、あのですね、『判定式』は年に2回でして。予定された今年の分は先日終わってしまいまして……決められた儀式日以外に『判定式』を執り行うことはできませんでして……」
「そんなの誰が決めたのかしら」
「人間の勝手な決まり事に我らを当てはめようとは、笑わせる」
ていうか、『判定式』が年に2回なことも、今年分はすでに終わってることも、ぜんぶわかってる。その上でお願いしてるんだから早く『判定式』始めちゃってください。
「しかたないわね。私たちをないがしろにする教会なんて必要ないわ。潰しましょう」
すかさずスキル『植物創造レベルMAX』を行使。四方八方で、大理石が砕ける音がする。バラのツタがぐんぐん伸びていく───
「も、申し訳ございません……! すぐに、すぐに準備いたしますので!!」
「わかればいいのよ」
ヤ○ザも真っ青な交渉術っ!
罪悪感はあるよ。ちょっぴり。
そこからの神官様の対応は早かった。可哀想なくらいの慌てようで、『判定式』に必要な準備を整えだす。といっても、儀式用の服に着替えて、専用の聖書を出して、台座を磨くだけだけど。
「それでは始めさせていただきます。お子様をこちらへ」
ウィルを台座に導く。黒光りする、大理石のような盤。中央に手形が彫ってある。そうそう、ここに手を置くんだよね。そしたら台座が光って──7歳の遠い記憶を思いだす。でもあのときは、盤に刻まれた文字を読むことはできなかった。理解不能な言語だったから。いまは読める。──だってこの文字は『日本語』だ。
【これはぼくがスキル『鑑定』の能力を魔法で付与して作った『鑑定石』です。平民が中央機関で働ける可能性を開拓するために、世界中の教会に設置しました。誰でも気軽に自分の能力が測れて、強くなれる。そんな制度になればいいと思います。だけどもし未来でこれが悪用されていたら、破壊してください。──まだ見ぬ予言の子へ。 17☓☓年 長谷部 光太郎】
──勇者・コウタロウだ。
【君の助けにならんことを】
思い出した。コーネットのお祈り部屋にあった、木箱の筆跡と同じ。温かい丸文字。
『予言の子』って、なに──?
そのときになって初めて、台座の背後、礼拝堂の正面の壁に鎮座するひときわ大きな石膏像に目が止まった。
5体目の神様の像。
最も偉大な神とされる万物の神、創造神。植物も、水もまとわない。どこにでもいるような人間の男の姿をしている彼は、『人間の神』と呼ばれ、主に人族に信仰されている。
会ったことはないけれど、植物を愛するエルフ族は『植物の神』を。
強さを愛する獣人族は『獣の神』を。
人魚族は水への親しみを込めて『水の神』を。
武器錬成に火を使うドワーフ族は『火の神』を主に信仰すると、"アロン塾"で学んだ。
あのう、と神官様がおずおずと声をかけてくる。
ハッとして向きなおる。
「なに?」
『判定式』は滞りなく終了していた。ウィルが大理石の盤上に手を置き、神官様が聖句を読んで、台座が光って。儀式自体はかんたんなものだ。
いまは『鑑定石』の結果を、神官様が丈夫そうな白紙に書き写しているところだった。その手が止まっていた。
「あのぅ、苗字があるということは、この子は貴族様で? しかし『コーネット』家など、我がミナヅキ王国にはなく……もしや他国の貴族様で───」
「苗字は消しなさい」
「へっ?」
「用紙の上から消すの。それから名前も"ウィリアム"に変えて記載して」
ウィリアム。"ウィル"が愛称でも通用する。
「いや、しかし、『判定式』の結果は一言一句そのまま書き写す決まりでして。苗字を消すと改ざんになってしまいます! もしバレたら……わたくしは失職してしまいます!」
焦るように言いつのる神官様だけど、目元をこずるそうに歪ませている。自分はあなたたちのために危険な橋を渡るのだから。そうやって私たちに恩を着せて、何か褒美をもらおうって魂胆だろう。こっけいなほど、見え透いている。
私は冷たく言い放った。
「できるでしょ。公文書改ざん、あなたたち得意じゃない」
途端に泳ぎだす神官様の目。
これは完全な言いがかりってわけでもないと思うんだよね。『盾術』のスキルを持っていたのに、無能力と証明書を改ざんされたセオの前例もあるし。ほかにもそういうことがザラにありそうだ。
「それはっ、あの、その、」
「できるでしょう?」
「……はい」
こうしてウィルは文書上、"ウィリアム"になった。コーネットのしがらみの外で、平民に紛れて生活できる。
と思ったら、また神官様の手が止まった。
「……あの」
「こんどは何!?」
「す、すみません、どうやら鑑定石の調子が悪いようでして。『剣聖』……『体力無限』……『真実の目』……『駿足』……。称号が4つなどありえない。ははは」
とそこで、私の真顔に気づいた神官様が「あ、すみませんっ」と慌てて謝った。
そういえば勇者様でも、所有スキルは2つだけだったっけ。
それに対し、ウィルは4つ。
しかも、『体力無限』『真実の目』は初めて見るスキルのはず。ハティとイヴが、初めて人に与えたスキルだから。
そりゃ、鑑定石の故障を疑うよね。
「それで合ってるから、そのまま証明書に書き写しなさい」
「え?」
「はやく」
「はっ、はい……っ」
こんどこそ、ウィルの『判定式』は滞りなく終わった。
「主よ! わ、わたくしめに何か褒美などは……できれば新たな『称号』を……!」
帰り際、神官様が私たちを呼び止めてずうずうしくも願ってきた。
「───『称号』ですって?」
ここで呼び止められなければ、今回はおとなしく引こうと思ってたのに。
「人間に授ける能力を、私たちは『スキル』と名付けたの。生まれながらに持つ資質の具現化、という意味を込めてね。それを『称号』などとわざわざ言い換えて……『判定式』を受けなければ『称号』が与えられないですって? あくまで教会が能力を付与するかのように振る舞うのね。恥を知りなさい。お前たちの権威を高めるためにやるべき"称号"などない」
このとき私にはたしかにイヴが憑依してた気がする。勇者の想いを踏みにじった教会が許せない。どこもかしこも金ぴかな礼拝堂。あくどい商売してる感ビンビンだ。
有り余るお金で、孤児たちへの炊き出しくらいしてほしいもんだ。
私はまた『創造』を行使した。すでに出現させているバラのツタをさらに伸ばし、礼拝堂の中も外も、教会全体を覆うようにツタを這わせる。トゲは30センチくらい伸びるように念じた。せいぜい怒りが伝わるように、禍々しく、おどろおどろしい雰囲気を演出する。間違っても『植物の神の祝福』なんて言われて聖地化とかされないように。
──コウタロウさん、これでちょっとは教会の『鑑定石』の使い方も改善されるかな? ……だといいけど、根は深そうだしかんたんにはいかないかぁ……
教会をあとにした私たちは、ハティの背に乗ってすぐに逃亡をはかった。
これは街が大パニックに陥る数分前の出来事。
次話は9月21日・月曜日に投稿します!





