91 オトヅキの街と孤児
教会に行くのは午後16時ごろの予定。まだ2時間くらいある。ウィルがトイレに行きたいと言うので、このへんで昼食も兼ねて休憩を取ることにした。
『亜空間No.2』から出たふたりが、青空に向かってぐーっと伸びをする。
アロンもウィルも、栗色のウィッグをつけている。それだけでだいぶ印象が変わる。アロンはかなり地味に。ウィルは浮世離れした天使感がちょっぴり薄れてる。これなら追手にも気付かれないね。
「姉さま、はなれちゃだめだからね」
「了解っす!」
ウィルが私の手を引き、鷹の目を通して『見た』安全なカフェに連れてってくれる。手をつないで、ランラン、ルンルン。私とウィルはお花でも飛ばしそうなくらい上機嫌なのに……背後のふたりは、なんだか不穏な空気。
「お前は『亜空間』から出ぬほうがよいのではないか? なに、飯は俺があとで差し入れてやる。おとなしく"待て"くらいできるだろう?」
「いえ、それにはおよびません。久しぶりの故郷、私も自分の目と足で確かめたいので。ハティ様こそ、午前中の"護衛の任務"でお疲れでは? 『亜空間』で休まれてはどうです?」
「俺とララは"でーと"をしたのだ。護衛の任とは違う」
「それは、それは」
「いくら変装したところで、その胡散臭い笑みは隠せんな。知る者が見れば、すぐにお前だと気づくだろう」
「あいにく実家では猫をかぶっておりましたので。ひねくれた笑みを浮かべていたほうが、私と気づかれにくいのですよ」
「ああ言えば、こう言う」
「そっちこそ」
背後で吹き荒れる、炎と水のブリザード。
なんだかんだ、最近は仲良くなりつつあるかなって思ってたんだけどな。ほら、ブートキャンプで共に汗流したりしてさ──でも、そう簡単にはいかないらしい。
「はい、ストップ! ハティもアロンも5秒以内に魔法引っ込めないと、私、本気で怒るよ。5、4、3───」
「す、すまん」
「ごめん。(……私としたことが、ハティ様のペースに乗せられるなんて)」
「(……お前のせいでまたララに怒られたぞ)」
こそこそ、まだ何か言ってる。
もう──と腰に手を当てて、気づいた。
握ってたはずの、小さな手が見当たらない。
ぎょっとして、私はガタガタ震えだした。
「───ウィルがいない!」
◆
ぎゃーって騒ぎまくったわりに、ウィルはすぐに見つかった。
すぐそばの路地から、話し声が聞こえたんだ。
「だいじょうぶ? おなかいたいの?」
路地沿いにある崩れかけた家々から、いくつもの目がのぞいている。汚れて黒くなった肌の中で、そこだけが異様に白い。
たくさんの孤児が、あたしたちを睨んでいる。
ウィルは一人の孤児の前にしゃがみこんでいた。むわっとまとわりつく異臭なんて、まるで気にしていないみたい。
とりあえず、見つかってホッとする。
姉さま離れないでって言ったくせに、ウィルから離れてるんだもん。焦るよ。
──ボロボロで、みすぼらしくて、明らかに栄養状態が悪くて。
そこにいる孤児たちはみんな、あの頃の私とウィルみたいだって、思った。ちくって、胸が痛くなる。
「ララ」
「へいき」
私の肩を抱き、心配そうに眉を寄せるハティにきっぱり告げる。
それより、ウィルの行動が気になった。
ジャラジャラ、地面に何か落としてる。
「……あれ、宝石じゃないかい?」
「奇遇だね。私もいまそう思ってた」
ウィルが作った小山。
よく見ると、それは様々な色合いのキレイな小石でできている。
すぐに思い浮かべたのは、ビビのこと。父上のジュエリーをバラして、ウィルの誕生日プレゼントを制作したビビだ。残りの宝石まで、ぜんぶプレゼントしたんじゃないかなって。
──でも、それは違う。だって、それにしては、石の量が多すぎるもん。
私はおそるおそる聞いた。
「ウィルくん、それどうしたのかな……?」
「おたんじょう日にいーっぱいもらったの」
そっか〜 ふふふ〜 よかったね〜
ふにゃふにゃ。
じゃ、ないよ!
ダメだ、ウィルの笑顔は魔性だ。思考が溶ける。
「ああ……やつら、何やらこそこそとやっていたな」
ハティが言って、私もようやく思い出した。あの日、小動物たちが競うように、ウィルに何かを貢ぎまくってた様子を。
あの時かー。何をあげてるのかよく見えなかったけど、あの子たち、森で見つけた宝石をプレゼントしてたのか。
まったくもう、困るよ君たち!
ウィルのこと大好きで、いっぱい貢ぎたくなる気持ちはわかるけどさ! このままじゃウィルの金銭感覚が狂っちゃうじゃん!
宝石の小山に『鑑定』をかけたらすごい結果が出そう。……しないけど。
100万円が100円のように錯覚しだしたら終わりだと思ってる。
「人間はみんなこれがすきだって、言ってたよ。これをうると、いっぱいお金もらえるって」
ウィルの発言がもたらした効果は、絶大だった。私たちを遠巻きにしていた孤児がみんな出てきて、我先にと宝石を懐に詰めだしたのだ。
びっくりした様子で固まるウィル。まん丸お目々かわゆい! 違う、いまは違う。
ウィルは驚いてるけど、孤児たちの行動は、当たり前と言えるものだった。ごはんを食べるには、お金がいる。彼らは生きるために必死だ。
私だって、昔はウィルに与えるパンのひとかけを確保するために、屋敷を這いずりまわって必死だった。それはちょっと怖い光景かもしれない。
行こう、とウィルに声をかけようとしたところで、
「だめだよ」
そう言って、アロンがウィルの前に膝をつけた。
「その宝石をあげてもね、この子たちのためにはならないんだ。誰かに売ろうとしても、おそらく、盗人扱いされて取り上げられる。最悪、兵に突き出されるかも。そうなれば、キツイお仕置きが待っている。身の程に合わないものを持っていると、とても危険なんだ」
ウィルだけでなく、孤児たちにも聞かせるように語る。ハッとしたのは、ウィルたちばかりじゃない。私も。
アロンはいつでも正しい。
「彼らに必要なのは食べ物だ。ララ、少しだけ食料を分け与えてくれないか。料金は、あとで私が払うから」
「お金なんていらないよ」
私は『収納』からたくさんの食料を出した。パンとおにぎりはとくにたくさん。『もしも』のときのために大量にストックしてある、大鍋いっぱいのシチューやミネストローネも。
その場はたちまち炊き出し場になった。
『収納』から次々食べ物が出てくるのを見て、孤児たちは目を丸くする。「神様だ!」って、私たちを褒めそやす。教養のないこの子たちはかつての私みたいに『収納』持ちの勇者を知らないらしかった。
『収納』持ちの人間がいると思われるより、「神様がごはんくれた!」って勘違いしてもらったほうが都合がいいので訂正しない。
パンを配るウィルは「天使様」と呼ばれていた。……ふっ、やはり正体は欺けないか。
そう、ウィルくんは天使なのです!
目をハートにした孤児たちを見るに、いまも着実に信徒を増やしていってるようだ。
それにしても……
将来は女泣かせになる、か。
イヴ、いままさにフラグが立ってる気がするよ。3人の女の子たちがウィルを囲んで睨み合ってる。いまにも取っ組み合いが始まりそうだよ!
「なぁ、ララ」
修羅場を最後まで観察したいところだったけど、ハティに呼ばれ、私は振り向いた。
「うん?」
「子は種族のみなで育てるものではないのか。大人たちは何をしているのだ?」
ハティは衰弱の進んだ子に回復薬を飲ませながら静かに憤っていた。
「人間は普通、よその子まで面倒を見ないんですよ」
「自分の子どもすら、まともに面倒見ない親も多いしね」
アロンの言葉に、私も付け足した。
言わずもがな、この世界でのお父様とお母様のことである。自分の子どものくせに、私たちをボロ雑巾みたいに扱った人たち。ああ、ほんとに、大っ嫌い。おっと、忘れちゃならない、兄のギドもね。
彼らのことは、すでに敵認定してある。もし直接戦うことになっても、私はためらわない。
──だめだな、ちょっと心が黒くなってる。
孤児たちを見て、昔をリアルに思い出したせいかもしれない。
「あのね、ちょっと前まではときどきごはんをくれるばしょがあったけど、さいきんはそれもなくなったって」
ウィルがトテトテと戻ってきながら言った。
女の子たちは……うん、お手々繋ぎ合ってるから大丈夫っぽい。
すごいね、どうやって仲直りさせたんだろ。
「君たち、少し話を聞かせてくれないか」
改めて、アロンが孤児たちに問う。
あ、ウィルが女の子たちを仲直りさせるためにどんなテクを使ったか、ではないよ。『ときどきごはんをくれるばしょがあった』件について。聞けば、色々とわかった。
炊き出しをしてたのは、領主の館。つまり、ノヴァ侯爵家だった。アロンの実家。
侯爵の死後、突然始まったという孤児向けの炊き出しは数カ月続いたけれど、ある日ぱったりとなくなったという。その時期は、アロンの弟が隣国に逃げ出した時期と一致する。
アロンの弟は、父が残した負債をなんとかしようと頑張ってはいたらしい。
◆
「ごめん。だって、うん、もうしないから。ねぇ、だからきげんなおして?」
惜しまれながら孤児たちと別れて入ったカフェで、ブルーサファイアの青い小鳥・アオがしきりにウィルの手をくちばしでつついている。
何やらお怒りのご様子。
会話から察するに、「わたしがあげた宝石、他人にあげるなんて信じらんない! ぷんぷん!」といったところ。
「まぁまぁ」ってかんじで、お猿のジョージがアオをなだめてる。
「一度やった物なのだから、それをどう使おうがあとは本人の勝手だろうに」
アオたちの会話に加わるハティを見て、私は思い出していた。
そういえばウィルのお誕生日、ハティはちょっと変わったプレゼントを渡してたなって。約束してたって言う方が正確かな?
"なんでもひとつ願い事を聞いてもらえる権利"
プレゼントはそれがいいって、ウィルに頼まれたんだって。
願い事はまだ聞かされていないってハティは言ってた。
何を頼まれるか気が気じゃないって。苦笑しながら、でも楽しそうに。
ウィルはいったい、何を願うんだろう。
私は色々と想像をめぐらしながら、注文した緑茶をすすった。ほうと息をつく。美味しい。カフェで緑茶が飲めるなんて、さすが醤油が名産・主食は米の国だけある。
「緑茶、『創造』できるかもしれないな。紅茶の茶葉も少なくやってきたことだし、帰ったら試してみるかな。
紅茶も緑茶も、実は同じ茶葉からできてるんだよね。違いは発酵の程度。色々試行錯誤すれば自分好みのお茶がカスタマイズできるかもしれない。ドライフルーツを入れて、フルーティーなお茶を作ったりとか。おお、楽しそうじゃん! ──ねぇ、どう思う? アロン?」
「え? ああ、うん。なんだっけ?」
アロンがぼんやり私を見る。
何か考え込んでいたようだ。
「もう、だからね───」
しかたなく、もう一度説明しようと口を開いたときだった。
「お願いします! 娘なんです! 思い出してください、見ませんでしたか?」
女の人の必死な声に、カフェがざわついた。ハッと顔を上げると、顔色の悪いその女の人と目があった。
「お願いします!」
目の粗い茶色い用紙を渡される。人相書きだ。そこに描かれた人物を見て、私は固まった。
「娘なんです。半月ほど前から行方不明なんです」
黒髪の可愛い女の子だ。その笑顔から、目が離せない───
次話は9月17日・木曜日に投稿します☆





