90 ミナヅキ王国、オトヅキの街
ハティの背中にまたがり、見上げても果ての見えない塀をひとっ飛び。誰もいない裏路地に音もなく着地すると、遅れて私たちの存在に気づいた鳩が、ばばばばと慌ただしく空に飛んでった。
アロンが侯爵になれば受け継ぐはずのノヴァ領、『オトヅキの街』にはすんなり入れた。
ハティの人化を待って、私たちはそそくさと行動を開始。ローブ脱いで、平民風の格好をあらわにする。広がった私の髪は、薄茶色。ハティは赤毛。どこへでも紛れ込める、ありきたりな庶民色。
私たちの髪はウィッグだ。これは勇者・コウタロウの持ち物だった。水の神様がくれた袋に入ってたんだ。男物、女物、ざっと10種類くらい。
ウィッグは貴族の趣向品で、街ではなかなか手に入らない。だからすごく助かった。
勇者・コウタロウも、黒髪・黒目だったんだって。だからか、袋には変装道具がたくさん入っていた。
勇者といえども、黒髪・黒目の容姿ではやっぱり生きにくかったのかな……。
袋は物理的な大きさを無視して、大量の道具が入る仕組みになっていた。時間停止機能でもついているのか、保存状態もかなりよくて。
ウィッグを手にして思い出したことがあった。ずっと前、私は自分の黒髪を明るく染めようとしたことがある。茶色い染め粉の原料になーれ!って念じながら新しい植物を『創造』すれば、染髪料も作れそうな気がした。
だけど、イヴの大反対に合い、計画はあえなく中止に。生来持って生まれた色を変えることに、ハティもいい顔はしなかったけど、イヴはものすごく怒ってた。
私も色を変えるのは正直嫌だったし、ローブの変装でなんとかなるうちはそれでよかった。だから髪を染めることはなかったけれど……
なんの話だっけ。そう、ウィッグが助かったっていう話。
さすがにカラーコンタクトは入ってなかったけど、黒目は遠目に見れば暗い茶色に見えなくもないし、前髪で軽く隠せば問題ないかな。
ゴーン、ゴーン───
正午を告げる鐘の音が響いた。
そう、私たちは真っ昼間に"不法侵入"をやらかしている。
人の多い時間だけど、しかたない。市場と教会が開いてる時間じゃないとダメだから。
『しゅういにいじょう、ありません!』
頭の中にウィルの声が響く。
『路地を右に進んで。"七つ通り"に出るはずだ。人魚の噴水を見つけたら教えて』
アロンの指示も、同じ箇所から聞こえる。
ウィルとアロンはいま、私の『亜空間No.2』にいる。出発前に『収納』してきたんだ。
ちなみに、ビビ・セオ・イヴは拠点でお留守番。もし何かあったときは全員で捕まるより、救出に向かえる人員が別に残っていたほうがいいという判断だ(もっとも、イヴはただ引きこもりたいだけだけど)。これはセオの提案。さすがは元・騎士団の副隊長で冒険者。人との戦い方を心得てる。
「二人きりで出かけるのは初めてではないか? 楽しいな」
ハティははしゃいでる。赤毛のハティって、なんか変な感じだ。少年っぽいボサボサの短髪のせいか、普段より若く見えた。
「遊びに来たんじゃないんだよ?」
そうたしなめつつ、私もワクワクしてた。
ハティと私は恋人同士で、二人きり(正確には違うけど)で出かけてて、これってつまりデート。
ぶわっと頬が熱くなった。
ダメダメ、ほんとにお遊びじゃないんだから! 気を引き締めないと!
パチンと両頬を打ってみる。
なのにハティってば、私の意識を一瞬でぼんやりさせる天才で。
「許してくれ。今日一日ララを独り占めできると思うと、どうにも舞い上がってしまって」
目尻を下げて、ちょっと悲しそうに私の頬を手の甲で撫でる反則技を繰り出してきた。
「家族が増えて、家が賑やかになり、ララが楽しそうにしている姿を見るのは俺も嬉しかった。だがそのぶん、ララは俺に構う時間が少なくなったろう? それはとても、寂しいのだぞ」
ぐぅ……
基本、余裕ぶってるくせに、たまにこうして弱った顔を見せてくるとか、ほんとにずるい。
「……羽目を外しすぎない程度に、楽しもうね」
「うむ!」
気づいたら、白いしっぽがぶんぶん振られている。ま、まずい!
右見て、左見て、人の目がないことを確認。
「だめだよ、ハティ! しっぽ引っ込めて!」
「あ」
ハティは慌ててお尻をおさえる。いつも無自覚にだしちゃうんだよなぁ。
『もしもし、こちらにも会話が聞こえていることをお忘れなく。それと、ハティ様の手綱はしっかり握っておいてよ。まったく、ひやひやさせられる。目立つようでは、護衛の意味がないよね。──私はいつでも代わるから』
そうは言ってもアロンの姿をこの街に晒すのはリスクが……
『なに?』
何でもないです、すみません。
「行こう、ララ」
アロンのお小言が聞こえないハティは、満面の笑みで私の手を握った。尖った犬歯がキラッと光る。歯が見えるくらい大きく笑うのは本当に珍しいことだった。そこまで嬉しそうにされると、照れる。
だけど、その前に。
私はハティを待たせて、首からネックレスを外した。ウィルからもらった10億円のアレキサンドライト。街でなくしたら大変だ。
『収納』っと。
大粒の宝石はけっこう重いはずだけど、『怪力レベルMAX』を持つ私には羽のように軽い。落としたところで、すぐに気づけそうもなかった。
◆
人魚の噴水を見つけたと報告すると、
『噴水の正面にアーチのかかった道があるでしょう? 時計台のほうを目指してまっすぐ進んで。そうすれば市場に出る』
『亜空間No.2』は、中から外の景色は見えない仕様になっている。外の音は、中にいても聞こえるけど。
アロンは街の喧騒や私とハティの会話を頼りに、"道案内"をしているのだった。
「やつは何と?」
「そこのアーチの道をまっすぐって」
それから、『亜空間No.2』の中にいる者が発する音はスキルの所持者である私にしか聞こえない。道行く人々やハティには、アロンとウィルの声が聞こえていないんだ。
ハティは、「『収納』された者は、その存在すら感知できない」と憎々しげに言っていた。そういえば、前に私が『亜空間No.2』で眠ってしまったとき、ハティは必死になって私を探していたっけ。
神様からも身を隠せる『亜空間No.2』はたぶん、空間そのものが完全にこの世から切り離されている。干渉できるのは私だけ。その空間の神様は私なのだ。すごい機能だよね。
もっとすごいのはウィルだけど。
『アーチのほうも、いじょうなしです!』
上空を旋回している鷹が、ウィルに同意するように鋭く鳴いた。
『亜空間No.2』に閉じ込められたら、外との交信は絶たれる。普通は。ハティやイヴの神様ズですら、眷属に連絡を取ることができなかった。でもウィルは違う。ウィルは"お友だち"の鷹と視界を共有し『真実の目』で外の世界を『見る』ことができる。さらに必要であれば、ほかの"お友だち"と連絡をとることもできる。この世から切り離された空間にいながら、この世に干渉できるのだ。
ウィルにスキルを与えた神様たちですらできないことを、ウィルは当然のようにやってのけた。不思議なことが起きている。
しかも、外の監視を続けながら、
『わーい! またぼくのかち!』
『なっ、なぜだ……』
『こゆびがちょんってあたってたよ』
『くっ……』
アロンと『ジェンガ』をしています。バラバラって、積み木が崩れる音がそれまでも何度もしていた。目はふたつしかないのに、片方を外の監視に、片方を遊びに使っているのかな。器用すぎる。
やっぱり私の弟は天才だ。間違いない。
『亜空間No.2』の中で退屈を紛らわせるため、住居っぽく整えた空間に、ウィルは色んなものを持ち込んでいた。お菓子、本、トランプ、ジェンガ、それから例の"お友だち"まで。
今回のお供は、お猿のジョージと、ブルーサファイアのアオの2匹。水戸○門の助さん格さん並に、普段からウィルの両わきを固めてる2匹だ。
それともう一匹。いつもいっしょにいるトルネードスネイクのスゥもついてくると思ってたけど、姿が見えない。あれだけしつこくウィルにつきまとってたのに、喧嘩でもしたのかな?
ま、蛇がウィルから離れてくれるっていうなら、私は大歓迎だけど。だって蛇、嫌いなんだもん。ウィルの首に巻き付いてると、ハグするのにも苦労するんだよね。
市場での買い物は、急ピッチで終わらせた。しばらく買い物に出なくてもいいように、必要な物はだいたい箱買い。買っては裏路地に持ち運び、『収納』してを繰り返す。怪しまれないように、色んなお店をちょこちょこ回って買い物をした。
バター、チーズ、パン、肉、醤油、味噌、砂糖、酒、スパイス類。自分じゃ作れないものを大量買い。
もちろん、相当頑張れば作れなくもないけど、頑張らずに手に入るならそれが一番だ。
あと、市場の端でカゴを並べてたオジサンから"ある生物"も購入。コケーッと鳴く彼らをすみやかに『亜空間No.2』へ収納。『わぁ!』『げっ』って、それぞれの反応が聞こえてにやりとする。
スパイス屋さんに入ったとき、「冬ごもりの準備かい?」って、店主に聞かれた。購入した大量の塩を見て「燻製肉を作るんだろう?」と。
そうなんですって答えるまでに、ちょっと時間かかっちゃった。
燻製肉を作ったり、野菜は干し物にしたり、この世界の冬ごもりの準備はとても大変。冬場は食料が手に入りにくいから、大量の保存食を作るのだ。
コーネットの屋敷では使用人たちに仕事を押し付けられて、私も指先にひび割れを作りながら頑張ったっけ。こしらえた食料のほとんどは、私とウィルの口には入らないのだけど。
──そんな当たり前の冬ごもり準備の大変さを、私はすっかり忘れていた。
時間停止機能付きの『収納』と『冷凍庫』があって、野菜は常に新鮮なものをいつでも『創造』できる。そんなイージーモードな生活を続けているうち、「日持ちする食料を確保しなきゃ!」って考えが抜け落ちてたんだ。
久しぶりに実感する。うちは普通じゃない。
それにしたって、冬ごもりの準備には早すぎると思うけど。まだ9月になったばかりだし。
それから適当に入った服屋で、家族全員分の秋・冬用の下着や服を買った。子ども用の赤いマントがあったので、それも購入。ウィルに着せたら絶対可愛い。
『君のセンスにまかせるのは不安だなぁ』
って、アロン、ちゃんと聞こえてるんだからね!
私だって、いつまでも黒だけに固執するララじゃないんだから。イヴのファッション指導で、だいぶ美的センスが磨かれたと自負している。
と、服選びに夢中になっていると、ハティが女の店員さんたちに捕まってしまった。白銀の長髪を封印したところで、ハティの美貌はまったく損なわれていない。それどころか、庶民的な格好をしているせいで親しみやすいイケメンになってるから大変だ。
イライラした。
私の恋人にちょっかいかけてんじゃないですわよ!
「あなたぁ〜」
って、わざと甘えた声を出してハティの腕に手を絡めてみた。
「この下着、どうかしら? グッとくる?」
スケスケえろちっくランジェリーを指でつまみ上げて、体に沿わせてみせる。
ぐふっと、ハティが変に咳き込んだ。すぐに持ち直してたけど、明らかに動揺してた。ちょっとにんまり。
「最高だ。しかし造りが繊細すぎるな。これでは一晩で使い物にならなくなってしまう」
ずくんとお腹に響く甘い声。"俺がビリビリに破ってしまうからな"って、耳元で囁かれる。
お、思わぬ反撃! 私の頬は真っ赤になってしまった。
女の店員さんたちが悔しそうな顔で撤退していく。とりあえず、店員さんを散らすことには成功したっぽい。
「買わないのか?」
私が棚にえろちっくランジェリーを戻すのを見て、ハティが残念そうに聞いた。
「か、買わないよ!」
「そうか。見たかったな」
「……」
私はこっそりえろちっくランジェリーを購入した。
い、いつかね! そう、ハティとの約束の一年後、来年の夏あたりに使うかもしれないし? そのとき子どもっぽい下着じゃちょっとね。これは大人の女として当たり前の準備なんだ、うん。だから恥ずかしくないぞ!
(『亜空間No.2』の中からこっちの様子が見えなくてよかった!)
次話は9月14日・月曜日に投稿します!
その2日後、16日は私の誕生日……
成人後はあっという間ですね〜〜
ハァ、やだやだ(^v^)





