89 『判定式』を受けさせるために
うにゅう、とソファで幸せそうな寝言をたてるイヴ。むき出しのおなかにタオルケットをかけてあげてから、私はゆっくり振り向いた。
「あのさぁ」
「だめだよ」
早いっ! アロンの反応が早すぎる。
そして笑顔が怖い。
「まだ何も言ってないんだけど?」
「どうせよからぬ企みでしょう?」
「決めつけよくないと思う」
まぁでも、さすがに鋭い。
よからぬっていうか、危険な企みをしてるのは事実だから。
その相談をアロンにしようとしてたんだけど。
むぅと頬を膨らませて黙り込むと、アロンは盛大にため息をついて私の方へ体を向けた。
アロンはいつものごとくキッチンを占領して『藤の花』の研究中だった。先日裏庭に『創造』した藤はこの世界にない植物だったらしく、新薬開発に燃える薬師様の研究対象としてマークされてしまった。マメ科の植物がたいてい有する毒性が薬に応用できるかもしれないとかなんとか。
「それで、今度は何をしようっていうんだい?」
「えっとね───」
事のはじまりは、一昨日にさかのぼる。
朝から森へ出て、お昼を食べに帰ってきたウィルが新しいお友達を連れて帰ってきた。
ウィルの身長と同じくらいありそうな、大きな鷹。
新しいお友達? と聞くと、
「えっと、う、うん、そうだよ」
ちょっと歯切れが悪かったのは気になったけど、ウィルが言うには、新入りは"ただの鷹"で、魔物じゃないそうだ。それにしては大きすぎる気がしたけど。黄色いくちばしとカギ爪は鋭利で、私とウィルの柔肉なんて簡単に切り刻めそうな。
うえ、やな想像しちゃった。いまのナシ。
ウィルはその子に、近隣の街の様子を見てきてほしいと頼んだそうだ。つまり、追手がいないかどうか、偵察を頼んだのだ。
「でも、鳥に偵察なんて難しくないかな。誰が追手か、見分けもつかないだろうし」
もっともな指摘をしたつもりだったけど、ウィルは自信たっぷりに「だいじょうぶ!」と請け合った。
「スゥ……じゃなくて、スベンはあたまがいいからぼくのおねがいのイミもぜんぶわかってるよ。それに、ぼくが『目』になるから」
ウィルと鷹の"スベン"は、視覚を共有できるらしい。スキル『真実の目レベルMAX』のひとつの機能なのか、とにかくウィルは近隣の街の様子を上空から鷹の目を通して『見る』ことができるという。ウィルが見れば、誰が追手でそうじゃないか、その者の腹積もりまでぜんぶ見通せる。安全な街がわかる。
「姉さま、牛乳と卵がなくてこまってるって言ってたでしょ? ぼくがアンゼンなまちをみつけてくるから、そしたら、いっしょにかいものに行こ?」
……ああ、ほんとに、
「なんて良い子なんでしょうかッッ!!」
感動に打ち震える私に、「君も相変わらずだな」とアロンが呆れてる。
「私としては新たに発覚したウィルくんの"とんでも能力"のほうをぜひ掘り下げたいのだけど。まぁ、それはひとまず置いておくとして。つまり君は、私に外出の相談をしたいわけか。ということは、安全な街をすでに見つけているんだね?」
「そゆこと。アロンは話が早くていいね」
はぁ────
と、ここ最近で一番のため息をお見舞いされてしまった。厳しさを反射させたように、メガネがきらりと光る。ああ、こりゃ揉めるな。そう覚悟したけれど、予想に反して、アロンが怖い顔をしたのは一瞬だけ。あとは諦めたように唇をゆがめた。
「だめだ。……と反対したいところだけど、もう行くことは決定しているんでしょう? ウィルくんが『見て』安全だと言ったなら、イヴ様もハティ様も反対しないだろうし。しかし、急だね。目的は本当に買い物だけ?」
ううむ。
他に目的があるんでしょう? と言いたげなアロンの視線に思わず舌を巻く。
「アロンってば、ほんとに頭イイね」
私の言葉に、なんか皮肉に聞こえるんだよなぁとアロンは苦笑した。
「あのね、ウィルに『判定式』を受けさせたいの」
コーネットから逃げ出した当時6歳だったウィルも、ついに7歳になった。
7歳といえばそう、『判定式』を受ける歳。
『判定式』を受けるのは、国・性別・身分関係なくこの世界に住まう全人類の義務だ。この儀式(おそらく『鑑定』が行われている)で、魔法素質とスキル(称号)の有無が明らかになる。
この義務を放棄──つまり、『判定式』をすっぽかしたらどうなるか。
居場所がわかる者の元へは憲兵が行って無理やり教会へ連行する。あと、親には罰金が課せられたり、ひどいときには逮捕されたり。
各国がここまでするのは、『判定式』を受けるのは神が定めた義務だからって建前もあるけど、優秀な人材を漏れなく発掘するためだろうってアロンなんかは睨んでる。スキル(称号)は平民にも孤児にも保有者が現れるから、そういう人材を見つけ出し早々に確保したいのだ。それが国力を高めることにも繋がる。
まぁ実際のところ、『判定式』をすっぽかす人なんて誰もいないけどね。たぶん義務化しなくても、みんな喜んで受ける。
だって『判定式』は国民にとって一攫千金、成り上がりのチャンスだから。1日1食がままならない貧民だって、優秀なスキルが判明すれば軍や官僚に登用されうる。そうなれば、一気に大金持ちだ。
"うちの子は金の卵を産む鶏かもしれない"
親はみんな子どもに期待して、一生に一度の宝くじを引く覚悟で『判定式』に挑むのだ。
だから、子どもに『判定式』を受けさせない選択をする親は誰もいない。
じゃあ、本当にまれなことが起こって、『判定式』を受けないまま大人になった者がいたとしたらどうか。
その人はこの世界で、とても生きづらいことになる。
7歳のときに受ける『判定式』の結果は、そののまま身分証明書になる。この身分証明書は、様々な場面で提示が求められる。たとえば宿に泊まるとき、家を借りるとき、就職するとき。国に属さない中立的な組織である冒険者ギルドの登録にだって、必要となる。剣士として個人でやってくにしても、雇い主に見せるべき身分証明書がないことには雇ってもらえない。
そう、これはウィルの将来にかかわる問題なのだ。
「ウィルに『判定式』を受けさせなきゃ。オトヅキの街なら安全だし、教会もある」
「………ミナヅキ王国か」
「そう、アロンの故郷」
「しかも私の、ノヴァの領内にある街だ。そこが安全とは……なるほど、灯台下暗しというやつだね」
「その言葉、ウィルに教えたでしょ? 『とーだいもとくらしだよ!』って言ってた。策士っぽい笑い方までそっくり!」
「はは、あの子は優秀な弟子だからね。誰かさんと違って物覚えが良い」
その誰かさんって私ですよね。
くっ……だけど正論! 私とウィルは頭の出来がぜんぜん違うからな! あの子は天才だ。親のひいき目とかじゃなく。
「しかし、教会で『判定式』を受けた瞬間、ウィルくんが他国の貴族であることはバレる。無事に街を出られるだろうか」
この世界で、苗字を持つのは貴族だけ。ウィルの『鑑定』結果に出る"コーネット"の苗字から、他国の貴族であることはすぐに知れるだろう。貴族がなぜ自分の所属する国じゃなく、わざわざ他国で『判定式』を受けるのか。疑問はすぐに疑惑に変わり、最悪、教会のその場で追及が始まる。だから、
「教会には口をつぐんでもらわなきゃね」
私が意味深に笑ったものだから、アロンはますます疲れた顔をする。
「何か考えがあるのだね」
「うん、まぁね。そういうわけで私たちはオトヅキの街に行くつもりだけど、アロン、ついてきてくれる? できれば道案内とか、お願いしたいなーって……」
だけどそうなると、アロンが帰りたくないという故郷に、ざわざ連れて行くことになる。私たちの勝手な都合で。それはすごく申し訳ない。
でも、オトヅキの街を知り尽くしてるアロンの手助けがあれば心強い。もちろん、アロンのことは全力で守るつもり。あの胡散臭い執事に、みすみす渡したりなんかしない。
アロンの返事は早かった。
「行くよ。勝手知ったる故郷だ。私がいたほうが何かと都合がいいだろうしね」
「ありがとう。私たちの都合で振り回すことになって、ごめん。アロンのことは絶対守るから」
「はいはい。そのへんは信用してるよ」
話が一区切りついたところで、「たっだいまー!」と元気な声が飛び込んできた。
玄関口に目を向けてびっくり。土人形がふたつ。大きいのと、小さいのと。小さいほうが「姉さま!」と言うからさらにびっくり。土人形の小さいほうはウィルだった。そして大きいほうは……
「みんなして沼に落っこっちまって。──ウィル、そのまま家に入るなよ。汚しちまうだろ」
セオだった。よく見れば見慣れた茶色い目がふたつ。
ウィルたちは被った泥が乾いて土人形になっていたのだった。
「おっこっちゃった! おっこっちゃった! どろどろ〜どろんこ〜!」
セオに捕まえられたウィルはひたすらテンションが高い。泥んこ遊びが相当楽しかったんだね。
だけど、泥のせいでせっかくの可愛いお顔が大変なことに! そっこくお風呂に入れなければ。姉さまがいっしょに入って隅々まで丁寧に洗ってあげるからね!
いつも一人で入りたがるウィルも、今日ばかりは私の同伴を許してくれるはず。だってこんなに汚れてるのに、一人じゃきれいにできないもんね? ぐふふ。
泥んこ、ばんざい!
庭に出ると、そこにはスレンダーな土人形がもう一体。あれは……ビビだな、たぶん。
これまた泥んこな巨大生物(?)と格闘している。上に乗ったり、叩いたり、しきりに暴れる泥んこのかたまりをおとなしくさせようとしてる。
そのそばに、美しい白銀の毛並みをした狼が立たずんでいる。ハティはちゃっかり泥んこを回避したらしい。
ハティは私に気づくと駆けてきて、目の前で人化した。人の指で私の頬や二の腕を堪能したあとは背後から抱きすくめる。すんすん、うなじの匂いを嗅がれてくすぐったい。
「また薬師と長く話し込んだな。やつの匂いがする」
まったく、狼さんはこれだから。
私は身をよじって、ビビが格闘する泥んこのかたまりについてたずねた。
「ねぇ、あれなに?」
おとなしくしろ〜!
ビビの声は半泣きだ。気づいたウィルが、助けに入っている。途端に泥んこのかたまりがおとなしくなった。「ムモウ〜」と甘えた声を出している。
「ああ、アレは『モウモウ』という牛型の魔物だ。沼地に住んでいてな、おかげで捕獲には難儀した」
「捕獲?」
「アレは牛と似た乳が出る。必要なのだろう? アレの存在を教えてやったら、ウィルが捕獲に行こうと言い出してな」
「うそ。ウィルは"捕獲"なんて言い方しないもん」
ハティはくすくす笑って、ごまかすように私の目尻に唇をよせた。
「そう目くじらを立てないでくれ、ララ。たしか『きょうりょくしてくれるようにお願いしにいく』とか言ってたか。なぁ、同じような意味だろう? アレは今日からここに住むぞ。雌牛は好いた雄にしか股を開かん。乳搾りはウィルにさせよう」
銀色の長髪をかきあげるハティ。言い方、エッチに聞こえちゃうのは私の耳がイカレてるからでしょうか。低い声で、しかも耳元で言われるとなんかこう……お腹のあたりがぽかぽかしてくるというか……変な気分になるの!
だけど、私の体はがっちりホールドされてて逃げ場がない。心も体も四面楚歌だ。いや、最後の手段、伴侶の『命令』を使うって手もあるんだけど、それをしてまで離れたいとは思わないんだよね。……えへ。
でも、そっか。雌牛は女が嫌いと。それでビビがあれほど拒絶されてるわけか。蹴飛ばされそうな勢いだもんね。うむ、私も近づくまい。
「モウモウさん、ミルクいっぱいくれるって。姉さま、うれしい?」
「うん! ありがとうね、ウィル」
本当にこの子は、なんて優しい子だろうか。私が牛乳を欲してるのは、ウィルの骨を丈夫に育てたいからなんだけど。そんなこと、ウィルは知らないだろうし。純粋に、「姉さまが欲しがってるから」で動いてくれたんだ。
わぁぁっと私の太ももめがけて駆けてくるウィル。私も手を広げて待ち構える。だけど私たちの感動的なハグは、アロンによって阻まれてしまった。許すまじ! だけど、アロンにも言い分はある。
沼に落ちたとセオが話したときから、アロンはぞっとしたように身を震わせていた。森の沼地にはどんな危険が潜んでいるかわからないって。主にバイキン的な意味で。
「はい、そこに並んで。病原菌を洗い流すよ。目をつむって5秒ほど息を止めておいてね」
ウィルとビビとセオ。3人を並ばせて、大きな水球をバシャーっと浴びせる。アロンのスキル『水牢レベルMAX』で作った水球だ。最初の頃より細かい操作ができるようになったようで、巨大な水球で3人を包み込み、中の水をぐるぐる回してる。水球洗濯機だ。
しかもなんと、水中には殺菌作用のある薬草を入れてるというから、さすが薬師様らしいアレンジ方法というか。
5秒後、水球から開放された3人はお風呂上がりかな? ってくらいきれいな状態だった。そこへ、ビビが『疾風レベルMAX』で強風を起こし水気を弾き飛ばす。そくせき乾燥機だ。
すごい。うん、ほんとにすごい。感動した。だけど私はそれ以上に絶望した。
がくっと原っぱに膝をつく。
「うえーん! これじゃウィルといっしょにお風呂入ってラブラブ洗いっこできないじゃーん!!」
次話は9月10日・木曜日に投稿します!





