88 『憩いの場』と桃のシャーベット
ログハウスに飛び込むと、真夏の陽気でほてった体を涼しい空気が包み込んだ。キッチンで作業中のアロンを見つけてる。
「ねぇ、アロン! すっごいの作ったの! 来て来て!」
満面の笑みで駆け寄ったのに、アロンの返事はそっけない。
「いまお仕事中です」
「え……」
「『何言ってるの、頭大丈夫?』みたいな顔するのやめてくれない? すごく傷つくから」
「だってアロンいま仕事してないでしょ。お客さんにお薬売りに行けてないんだもん」
「それでも薬は作ってるし、研究だってしてるんだよ。君には薬草を刻むぼくの手元が見えていないのかい?」
「いいから来て」
ぐふっと変な声を上げるアロンの手を無理やり引いて(やだ、もしかしてスキル『怪力レベルMAX』のせいで必要以上に強く掴んじゃった?)、私はログハウスの裏へ向かった。
「まったく。レディなのだから少しは慎みを持った行動をしなさいと毎日──」
腕をさすって文句を言いかけたアロンは、だけど裏庭を見た瞬間言葉をつまらせた。
「う、わ……」
「どう? すごいでしょ」
アロンが言葉を失うのも無理ない。
眼前に広がる景色は今朝までのものと、まるで違っているから。
水の神様が作ってくれた池は、青い宝石を溶かしたみたいにキラキラすごくきれいで。眺めながらお茶したら最高だろうなぁ、との思いつきから私とイヴの計画は始まった。
池の側に『憩いの場』を作ろう、と。
まず、池の側に藤棚のテラスを作った。というか、作ってもらった。木製の物作りは"植物の神様"であるイヴの十八番だ。指をパチンと鳴らすだけで、あっという間に出来上がる。すごいよね、私のスキルじゃできない。
私のスキル『植物創造レベルMAX』はあくまで生きた植物を生み出すものだから。木材となる木を生み出すことはできても、いきなり家具を作り出すことはできないんだ。
木組みとテラスの板張りを作ってもらったら、今度こそ私の出番だ。藤の花を、木組みに絡ませるように『創造』する。春の花を、真夏に咲かせる。
花の色は白、ピンク、紫、迷ったけどぜんぶ咲かせることにした。うねる太い幹から枝を伸ばし、つたを這わせ、重たげな花が咲き誇らせた。
イヴはテーブルとイスも追加で作り、テラスに設置。これがまたオシャレで、木製なのにアイアンでできてるんじゃないかってくらい造りが繊細なの。
藤棚のテラスは、もう最高の仕上がり。和の落ち着いた雰囲気をかもし出す藤の花と、ヨーロピアンなテラスの雰囲気とがなぜかすごく合ってて、その空間はたまらなく完璧だった。
それから、池にも手を入れた。周囲に色んな種類の花を『創造』しまくって、カバノキ──白い幹の細い木も10本くらい『創造』してみた。
その間に、イヴは木製の小舟と船着場を作った。湖に浮かべて遊ぼうって考えより、ビジュアル重視で。つまり、あったほうがなんか美しいからって理由。
まぁ、ウィルやビビなんかは、大喜びで遊ぶだろうけど。
こうして裏庭の『憩いの場』は完成した。コンセプトは"絵画で描かれるような世界"。想定以上にすんばらしい仕上がりで、私は嬉しくなってアロンを呼びに行ったというわけ。
藤の花に囲まれたテラスで、イヴが紅茶を飲んでいる。立ちすくむアロンをあざ笑うかのような優雅さだ。
「あら、意外と落ち着いてるわね」
イヴが憎まれ口を叩くと、向かいに腰かけたアロンは苦笑した。
「さすがにもう慣れっこですよ。いちいち騒ぐのは疲れる。変化は楽しんだほうが勝ちだと悟りました」
「いまのうちに心臓を鍛えておくのは良いことだわ。ララちゃんたちは、もっと驚くようなことをたくさんしでかしてくれるだろうし」
「そこにはあなたも一枚噛んでいるのでしょうけどね」
うふふ、とイヴはきれいに笑う。「あなたもね」
「じゃあ、さっそく驚かせてあげる」
私はにっと笑って、『収納』からクリスタルの器を3つ取り出した。薄桃色のアイスがこんもり盛ってある。
イヴは瞳をきらめかせた。
「まぁ、可愛い!」
「これは『桃のシャーベット』。牛乳とコンポート……桃の砂糖漬けを潰して混ぜ込んで、凍らせたの」
夏はやっぱりアイスだよね!
この世界で氷菓子は高級品だそうだ。地下に氷冷室を持つ貴族でも、簡単には食べられない。冬の間に湖から切り出した氷で冷やす氷冷室は、夏場にはほとんど氷が溶けてしまってあまり使い物にならない。だから夏場に氷菓子を作って食べる、というのは無理があるわけ。水属性の、それも氷の魔法が使える貴族がいる家は例外だけれど。
ま、うちにはそんな世界の事情など関係ない。元の世界の技術の結晶『冷凍庫』で、魔法が使えなくても氷菓子くらい簡単に作れちゃうのだ!
「はふぅ。真夏に木陰で涼みながら、キンと冷たい氷菓子を食べる。最高に贅沢ねぇ」
「でしょう?」
頬に手を添えて緩む笑顔を浮かべるイヴの横で、「うっ……」とアロンが苦しげにうめく。こめかみを指で抑え、目をぎゅっと閉じて……ああ、なるほど。
「キンときた?」
「頭が痛い。コレは、こうなるのが普通なのかい?」
「もしかして、アイス食べるの初めてだった?」
「ああ、うん……」
この世界で氷菓子は高級品だって教えてくれたのはアロンだし、存在を知らなかったわけじゃない。それに、侯爵家のぼっちゃんなら、食べる機会もたくさん巡ってきたはずだ。実家の食卓でも、パーティーでも。
「すごく甘いと聞くし、これまでは食べるのを遠慮してたんだよ」
「そいえばアロンってあんまり甘いの好きじゃない人だった」
「うん。だけどこれは美味しいよ。きっとララが作ったものだからだね。優しい味がする。……頭はキンとするけど」
そう言って、メガネの奥の目元をくしゃっとさせる。ずるい笑顔だ。
「……そ、そうやって一口にたくさん食べるから頭がキンとするんだよ! ゆっくり、ちょっとずつ食べなきゃ」
うまくかわしたはずなのに、アロンは見逃さない。
「いま誤魔化したね」
「な、なんの話?」
「私の発言で動揺した。顔を赤くして、視線を泳がせて」
「別にっ。アロンが急に素直っぽいこと言うから! びっくりしただけ!」
はぐ、はぐ、シャーベットを食べる。くぅ。頭にキンときた。「あらあら」とイヴがにやついている。
そこへ、チャカチャカ。防具のこすれる音が近づいてきた。森からみんなが帰ってきたのだ。ビビとセオとウィル。3人はこのところ毎日ハティの護衛で魔物と戦い、熱心に修行に取り組んでいる。戦闘スキルのレベルアップに必要な"経験値"を積んでいるのだ。
狼の姿をしたハティは一足先に私のところへ戻ってきて、頬をすりよせてきた。チラッとアロンを見る視線が鋭い。たぶん、いまのやり取り聞いてたんだ。しっかり牽制してる。
「おかえり、ハティ」
「ただいま」
ハティはそのまま私のイスを守るように腰を下ろし、弟子たちの到着を待ち受ける。今日は狼の姿でいたい気分らしい。
藤棚の木陰に寝そべって涼む気持ちよさに、早くも気づいたのかもしれない。
「わぁ、おふねがあるよ!」
ウィルがさっそく池に浮かんだ小舟を見つけて騒いでいる。その声につられ、小鳥たちがウィルの頭上へ飛んで行った。「おかえり!」「おかえり!」と熱烈歓迎ぶり。"絵画で描かれるような世界"で小鳥とたわむれるウィルは、物語の中の住人だった。この光景を百人が見たら百人が感動の涙を流すと思う。妖精さんかな?
「どうだ、ララ。"レベルアップ"したか?!」
ビビが食い気味に聞いてきた。
「うわ、顔じゅう泥んこだよ」
「今日の戦いはいつも以上にハードだったからな。だが、そのおかげで強くなれた気がする! 蜘蛛の魔物、アラクネとも互角に戦ったのだぞ!」
えっへん! とビビが鼻を掻く。泥の汚れがますます広がった。
私はさっそくビビに視線を固定して『鑑定』をかけた。
「うーん、残念だけど『剣術』レベルは7のままだね」
「な、なんでだー!! あんなに頑張ったのに……」
「俺は?」
かっこいい仕草で盾を回して、背中に装着するセオ。おお、様になってる。
「セオの『盾術』は、おっ、1上がってる。レベル6だよ! おめでとう」
「おっしゃ!」
今でこそ、スキルのレベルで一喜一憂するビビとセオだけど、元々は"レベルアップ"の概念すら知らなかった。
それもそのはずで、『鑑定』は普通人生に一度きり、7歳の判定式でしか受けない。だから事あるごとに『鑑定』をかけ成長率を具体的な数値で把握する、という習慣がないのだ。戦いに勝ったらなんとなく強くなる気がする、そんなふうに感覚的に思ってるだけ。
だけど、いまでは私のスキルで毎日『鑑定』が受けられる。成長が数値として目に見える。するとやる気もアップするみたいで、ビビたちは張り切って経験値を積んでいるというわけ。
「ぼくは?」
ウィルが膝に飛び込んてくる。
「ウィルはねー、わぁ、『剣聖』レベル4だよ! 一気に2もアップしてる! 何したの?」
「えへへ。オーガをたおしたの」
「オーガって、鬼の魔物の?」
驚く私に、「本当にすごかったぞ!」とビビが口を挟んだ。
なんでも、今日のウィルはハティに聖剣の使用を禁止されていて、ただの木刀で戦ったそうだ。森の王者とも呼ばれている、オーガ相手に! 血の気が引く話だけど、とくに私が心配する展開はなかったらしい。怪我一つなく、あっという間に倒してしまったと、ビビは興奮気味に締めくくる。
「また新たな伝説ができたな!」
一個目の伝説はもちろん、『ジャイアントベアーをフォーク1本で倒した伝説』だ。
「でもあのひと、すっごくつよかった。ツノがかっこよくてね、こんど"すででたたかうほうほう"をおしえてくれるって」
私はウィルの話を苦笑しながら聞いた。またヤバイ魔物と仲良くなってきたのねって。
なるべく魔物を殺したくないウィルが最近新たに編み出した戦術。それは、相手を徹底的に叩きのめして力の差を見せつける! というもの。そうすればこっちを殺す気満々だった魔物たちも、ウィルの"お話"を聞いてくれるようになるんだって。一度勝ってしまえば、お友達ってわけだ。そうしてウィルは、『中立の森』の中で、変わったお友達を着実に増やしていってる。
殺さなくてもレベルアップのための"経験値"は得られるようだし、この方法でも問題ないらしい。ウィルが心理的に楽ならそれが一番だ。
そういえば、と私は思い出す。
この前森の中で『ジャイアントベアー』に遭遇したときはびっくりしたな。ムチで倒そうとしたら、『ジャイアントベアー』さん、いきなり土下座しだすんだもん。私のとなりにいたウィルに向かって。そのあと、ウィルを肩車して歩き出すし。
ウィルはニッコニコだし、天使だし、でも、なんだろう。ウィルの将来が少し不安になっちゃった。
かつて勇者・コウタロウは、魔物を従える魔王を悪として成敗したのだった。
魔王は魔物を従えて人間を襲う存在だ。ウィルは人間を襲わない。そんなの考えられない。だからウィルが魔王になる、なんてことは絶対にありえない。
でも、魔物と仲良くしてることで、魔王だって決めつけられて後ろ指さされることも、あるかもしれない。人間の脅威と手を取り合うウィルは、人々の目にそれ以上の脅威と映るのではないか。勇者の末裔で、すごく強くて、聖剣を持っていたとしても。だからこそ。
「姉さま?」
ウィルが心配そうに首をかしげる。
私はウィルの金髪を指でといた。私がプレゼントしたリボンでハーフアップにしてある。
大丈夫。ウィルは頭がいいし、スキル『真実の目』もある。トラブルはうまく回避できるよね。それにそう、アロンが植え付けた"常識"もあるし。まさか街中をジャイアントベアーに乗って練り歩く、なんてことはしないだろう。……だよね?
私の心配をよそに、みんなは追加で出した『桃のシャーベット』にむらがっている。新しく出現した藤棚のテラスにはツッコミなし。このログハウスは日々進化する。みんな変化に慣れきっているのだ。
「美味しいわぁ。太るわぁ。どうしよぉ。美味しいわぁ」
「女の人は、いっぱい食べて"ふくよか"にならなきゃだめだって、本にかいてあったよ? イヴはほそいから、もっとたくさん食べてだいじょうぶ」
「やだ、ウィルくんたらいつの間にそんなお世辞が言えるようになったの」
「ほんとうのことだよ」
「んまぁ! ララちゃん、どうしましょう! この子、女の扱いが上手すぎるわ! 将来はモテモテになって、何百人もの女を泣かせるのよ!」
「ウィルなら、一人の女も泣かせずにうまく立ち回りそうっすけどね」
「うんうん、あの包容力は7歳児とは思えんよな」
「なんてこと。見かけは天使・中身は腹黒なイケ男に成長してしまうのね!?」
「はは、それは最強だ」
「いやだぁ、天使のままでいてくれーっ!」
「ちょっと、勝手にウィルを小悪魔化しないでよねっ!」
私はウィルをむぎゅうと抱きしめた。ウィルは幸せそうな顔で、アイスを次々ほおばってる。だけど、残りがあと半分になったところで突然動きを止めた。眉を寄せてアイスを凝視して、すごく悩んでる。あと、ちょっと涙目。
「どうしたの、ウィル?」
「ぼくのおへやでおるすばんしてる子たちも、食べたいとおもう」
「え?」
「スゥも、あまいのだいすきだし。ぼく、ちょっとあげてくる!」
よいしょ、よいしょ、とイスからおりて、ウィルはログハウスへ走っていく。
私はぷるぷる震えた。自分も食べたいのを我慢して、お友達に分け与えようだなんて。
実はアイス、まだまだ『収納』にあるんだけどね。
うん、あの子は真正の天使ですわ。
腹黒成長説は全否定させていただきます!
もちろん、魔王成長説も。
「「「「全力で同意」」」」
「同志たちよ」
私たちはがっちり手を握りあった。
そんな中、ハティだけは蚊帳の外。くっと、抑えた笑い声をあげている。
こいつら馬鹿だなって思ってそう。むぅ。ノリの悪いハティはこうしてやる!
「お、おい、ララっ、やめ、ひゃうん!」
うりゃうりゃ、あごを撫でてお腹を撫でて、ふぁ、今日もすばらしいもふもふ具合である。
ハティは悔しそうに表情をとろかせていく。狼の姿のままなのが悪いんだよ。こんな滑らかな毛皮を惜しげもなく晒してさ。モフれって言ってるようなもんだよね。だけど調子に乗りすぎた。
「……仕返しは覚悟の上だろうな?」
「……ごめんなしゃい」
次話は9月7日・月曜日に投稿します!





