87 水の神様・レネとプレゼント
ごめんなさい、投稿が少し遅れました!
「ややっ、もしやこちらは『勇者・コウタロウ』の末裔たるララ嬢のお宅かの?」
お誕生日ソングを歌い、プレゼントをあげ、御馳走をかこんでワイワイしてるところに突然、お客様がやってきた。
アシメっていうのかな? 左右非対称の水色の短髪に目元を隠した、ひょろっとした体型の男の人だった。肩が出た水色と白の服は、神社の神主さんみたいだ。
「ちょっとそこまで散歩に出るつもりが、いやはや、意図せずここへ迷い込んでしまうとは……しかし良い時に来たようじゃの。なにやら祝の席のようじゃ。光栄に思うが良い、わしも参加してやろう」
彼は腰に手を当て、偉そうにまくしたてた。少年と青年の間みたいな不思議な響きのある声。
この突然のお客様を、私たちはぽかんと見つめた。ええと……どちら様で?
玄関の扉を開けて対応したのは、イヴだった。数秒の沈黙後、イヴはそのまま黙って扉を締めた。くるっとこちらに向きなおり、何事もなかったように話し続ける。
「ねぇ、次はジェスチャーゲームしない? きっと楽しいわ! 勝ったチームへの賞品はわたしが用意する。わたし特製『ベッドの上でも使える木机』なんてどうかしらぁ!」
フゥ〜〜〜! と盛り上がる面々。いやお客様は? ってツッコミは、賞品への興味で吹っ飛んだ。みんな目の色変えて、我先にとゲームの参加表明をする。
私もうっとり、賞品を手に入れた自分を妄想した。『ベッドの上でも使える木机』、あれ、すごくいいよねぇ。あれがあればベッドで読書ができる。映画でみたイギリス貴族のように、フカフカのクッションに囲まれた怠惰な食事も。フゥ〜〜〜!
「おいー!! わしを無視するなっ」
バン!と扉が開かれ、水色髪の彼が勝手に入ってきた。イヴが冷たく振り返る。
「『ぼくもパーティーに入れてください。お願いします』は?」
「なっ」
「あなた、今日がウィルくんのお誕生日パーティーだって知ってたんでしょ? でもお呼ばれしなかったから、寂しくて来ちゃったのよね? うふふ、正直に言ったら仲間に入れてあげてもいいわ」
にやぁと笑われ、彼は悔しそうに唇を歪めた。うつむいて、聞き取れないくらいの小さな声でボソボソ。「聞こえないわ」とあおる意地悪お姉さん。彼はついに大きな声で訴えた。
「ぼ、ぼくもパーティーに入れてください。お願いします!!!」
彼の名前はレネ。かつて『勇者・コウタロウ』から名前をもらったという、水の神様だった。
◇
「誤解しないで。わたしだって、コウタロウに名前をもらったわ。だけど、あの名前はコウタロウにしか呼ばれたくないの。だから、他には教えないだけ」
水の神様・レネの隣で、イヴは不機嫌に弁解した。
「はいはい、イヴが『勇者・コウタロウ』ラブだってことはわかったから、落ち着いて。……えと、レネ様? その節はお世話になりました」
さっきは賞品に目がくらんでつい無下に扱っちゃったけど……ごほん。ずっとお礼を言いたいと思ってた。ミミズ型の魔物が原因でウィルが病に倒れたとき、水の神様はイヴといっしょに『エクストラポーション』を作ってくれた。
"死からも蘇らせる"赤い小瓶の薬。
レシピが失われた神話級の薬だ! とアロンが騒いだあの薬はけっきょく使うことはなかったけれど、いま、私の『収納』に大事に保管されている。
ウィルと二人でその時のお礼を言う。だけど、あれ? 反応がない。
水の神様はうつむいて、縮こまっていた。ていうか、震えてる?
「ぼくのおたんじょうびパーティーに来てくれてありがとう。これ、ぼくのいちおし。シチューっていうの。おいしいよ?」
「そうだぞ。ララの料理は世界一だ! さっきは無視して悪かったな! これ食って元気だせ!」
ウィルとビビが食事をすすめるけど、反応なし。人見知りを発揮するにしても、突然すぎる。さっきまであんなに偉そうな態度だったのに!
それにしてもビビってば、たくましくなったなぁ、と感心する。初めて神様と対面した日は「ひぇぇえええお許しをぉぉおお」って土下座してたのが懐かしい。不思議なこと盛りだくさんのうちでの非日常は、ビビの中ですっかり日常になっている。
セオも動じず静かなものだ。
「いやあれ、直立不動で気絶してない?」
こちらも余裕しゃくしゃくのアロンが小声で耳打ちしてくる。
「まさか、目開いてるよ?」
そのとき、ぶつぶつ、水の神様がなにか言っているのに気づいた。ちょっと耳を澄ますと、後悔を滲ませた独り言が聞こえてくる。
「植物のは本当に獣のとつるんでおったのか。これはまずいところに来てしもうた……」
ここぞとばかりに披露されたイヴの暴露話によると、水の神様は大昔、ハティにちょっかいをかけて返り討ちにされ……以後、ハティを恐れているのだとか。
なーるほど、ハティを見つけて態度が急変したんだね。
当のハティは迷惑そうだ。
「お前は相も変わらず弱ミソだな」
「おぬし……こそ……相変わらず目つきの悪い……」
「ああん?」
「な、なんでもないのじゃ……!」
どんな魔物も一撃必殺の強い神様にも、敵わない相手がいる。誰って、それはもちろん私。ハティを力づくで従わせちゃう特別な『命令』能力を持ってるし、惚れた弱みってやつなのか、ハティは私に逆らえない。つまり、私が最強ってわけ。
「ハティ?」
私がむぅと睨むと、このとおり。ハティはバツが悪そうに視線をそらした。
そんな力関係に安心したのか、水の神様がにわかに元気を取り戻した。狙い通りっ。
「レネで良いぞ、ララ嬢。堅苦しいのは嫌いじゃ」
「じゃあ、私もただのララで」
ウィルと二人で改めてお礼を言うと、水の神様は「よいのじゃ」と初めて笑顔を見せてくれた。そのとき前髪が割れて、おや、と思う。一瞬見えた瞳は、不思議な琥珀色だった。
「今日はな、これを渡そうと思ってやってきたのじゃ」
まだ口実作り? と呆れるイヴに「違うわい!」と返しながら、レネは短い呪文を唱えた。
「わぁ!!」
私たちは目を見張った。床の一部がぐるぐる渦を巻いて、ザァァと水が湧き出したのだ。底が見えない、大きな水たまり。レネはそこに手を突っ込んで、何かを引っ張り出した。
大きな……黒いゴミ袋? 床に置かれると、ガシャンと重そうな金属音がした。
勇者の遺産だ、とレネは言った。すかさずイヴがかみついた。
「あなたが持っていたの!?」
「やつが貴族になる前に、わしに託したのじゃ。防具、替えの剣、各地で集めた薬、細々した冒険道具。色々ある。ぜんぶわしの中に置いてった」
真っ赤な顔をして黙り込むイヴには、色々と思うところがあるようだ。神様たちと『勇者・コウタロウ』の間には、私とウィルでも入り込めない絆がある。特にイヴは。彼とは恋人だった、と語って以来、イヴは勇者との思い出をあまり詳しく語りたがらない。時々ぽろっと名前が出ることはあるけど。
イヴ、気づいてるかな? 私を見つめる目が、懐かしそうに細まるときがあるってことに。
「おぬしの冒険に役立つじゃろう」
「ありがとう、レネ」
レネはウィルのハグをぎこちなく受け止めた。少し寂しそうにつぶやく。
「ふふ……このかんじ、久しく忘れておったわ」
レネはやっぱりハティに遠慮があるのか、食事もそこそこに、すぐに帰っていった。庭に見送りに出てびっくり。ログハウスの裏に20メートル四方の池ができてた!
「これはわしからのもう一つの贈り物じゃ。わしが住む川と直結しておる。魔物はおらぬが魚は豊富じゃ。釣りでもして楽しむがよいぞ」
なんて言ってたけど、最後にぼそっとつぶやいた言葉を私はしっかり聞いた。
「これでまたいつでも、わしが遊びに来られるでの。ひひっ」
ポチャン。
軽い音を響かせて、レネは池の中に消えた。
「さ、仕切り直しよ!」
イヴが明るくみんなを急かす。
◇
夜、私はツリーハウスのブランコに揺られながらウィルからもらった手紙を読んだ。
『姉さまへ
いつも、いっぱいあいしてくれてありがとう。おいしいごはんもありがとう。ぼくはまいにち、とってもたのしいです。
おおきくなったら、けんしになって、いっぱいお金をかせいで、姉さまにらくをさせます。
姉さま、だいだいだいすき。ずっといっしょだよ。
ウィル・コーネット』
字がだいぶ上手になってる。いっぱい、練習したんだろうな。
ニヤニヤしすぎて、顔の筋肉が変になってきた。表情を引き締めようと唇をすぼめても、すぐに緩んでしまう。
「んっ。くすぐったいよ」
「もう百回は読んだろ。そろそろ俺の相手をしてくれ、ララ」
ぎゅうとおなかに回された腕の力がこもる。
ブランコには、ハティに後ろ向きで抱っこされた状態で揺られていたのだった。
「今夜は俺を甘やかしてくれるのだろう?」
そう、そういう約束だった。ウィルをログハウスから連れ出すために一日じゅう私と離れることになるから、夜寝るまでの時間はハティにあげる。てわけで、疲れ切ったみんなが雑魚寝しだし、なし崩しにパーティーがお開きになったところで、私はハティに拉致されたのだった。
二人っきりになるのは久しぶり。ちょっと……ううん、かなり緊張してる。うるさく鳴る心臓の音が、どうかハティには聞こえませんように! ……無理か。無理だな。狼は人の何倍も耳がいいし、そもそもこんな爆音、耳の遠い人間のおじいちゃんにだって聞こえるだろう。
実を言えば、私が最強なんて嘘だ。惚れた弱みっていうなら、私だって立場は弱い。
「なんか怖いな。幸せすぎて。どこかに落とし穴がありそう」
「心配ない。俺がついてる。それに、あの者たちも。俺の力が及ばぬときは、助けてくれるだろう」
「おやおや、珍しく素直だね」
「あの者たちは信用できる。なにより、ララに誠実だ」
「ん」
目元にキスされる。緊張をごまかすために、ウィルからもらった木箱をくるくる回していると、クスッと笑いながらハティが言った。
「開けてみたらどうだ? まだ中身を見ていないのだろう?」
「うん……」
木箱の中身は大きな宝石のついたネックレスだった。2センチくらいある石は涙型にカットされている。紐の部分は革だ。
「俺はほとんど手を貸していない。洞窟で宝石を掘り出したのも、形を整えたのも、穴を開けてなめした革紐を通したのも、すべてウィルだ。あいつは器用だが、今回ばかりは少し苦戦していたな。よく頑張っていたぞ」
「キレイ……」
濃い紫の宝石。ログハウスから漏れる光の加減で、黒にも、赤にも見える。不思議。
何ていう石だろう。
こんなとき、『鑑定』さんは本当に便利。
ただし、覚悟して結果を待ち受けないと、あまりにヤバすぎる情報を突然知らされて、パニックになることがある。そう、こんなふうに……
《アレキサンドライト。光や温度により色が変化する、極めて希少な宝石。別名『神様のいたずら』。15カラット。推定10億円》
「ひょえっ」
びっくりしすぎて手を離してしまったネックレスを慌ててキャッチ。よ、よかった落とさなくて。し、心臓痛い!!
「は、は、ハティ、ここ、これ、やば、やばい」
「くく、何を驚くことがある。魔力も含まぬ、ただの石ころだ」
いや、いやいやいや! じゅ、じゅうおくえんの宝石だよ……!? アレキサンドライトって、ダイヤモンドの1000倍貴重なんだよ?
ていうか、15カラットってなに。
私もいっぱしの女の子として、前世でもそれなりに宝石に憧れたけど、その知識が言っている。私の知るアレキサンドライトは、2.2カラットで世界最大とか言われてた。叶姉妹が自慢してた。それより6倍以上の大きさって……異世界こわい!!
「それより俺に集中しろ」
私の手からネックレスを取り上げて、ぽいっと草の上に放るハティ。もちろん、めちゃくちゃキレました。
次回は31日月曜日に投稿します!





