84 その頃、追手たちは
▷第三者視点
ララとウィルが消え、3ヶ月以上が経っている。その間、コーネット伯爵とボルドー侯爵は二人の捜索を必死に続けてきた。必死になる理由は、それぞれ違うが。
ボルドー侯爵はどうしてか、ララにいたく執着している。嫁入り前に差し入れられたララの絵姿に恋でもしているのか、それをおさめた額縁を大事そうに抱え、気持ちの悪い視線を絵姿に這わせる。うっとりと、そうして妄想の世界に浸っている──かと思えばボルドー侯爵は突然顔を上げ、周囲の者に当たり散らすのだった。
「早くこの子を連れてこいと言ってるだろ!!」
26歳とまだ若いボルドー侯爵だが、肥満体型と油の浮いた顔、そして薄くなった頭髪のせいか、見た目は40代に見える。
これまで多くの女性に執着し、あくどい方法で手に入れてはその女性の命が尽きるまで性玩具として使い潰してきた。正式に妻として迎え入れたのは、貴族令嬢と身分のつく4人だけだが、ボルドー侯爵は当たり前のように使用人や自領の領民にも──たとえその者に夫がいようと関係なく──犯し尽くした。
このようなボルドー侯爵の野蛮な振る舞いは他の王侯貴族も承知している。女の体のことしか頭にないゲス豚、などと嘲笑しているが、それはあくまで陰でささやくだけ。誰も表立ってボルドー侯爵に苦言を呈することができない。
ボルドー侯爵は国で一番の産出量を誇る銀山を自領に有している。ゆえに軍事力、経済力、ともに強大。さらに身分は侯爵。王、公家に続く高い地位。──他貴族が文句を言えようはずもない。言えるとすれば王、公家だが、彼らにはボルドー侯爵を断罪できる理由がない。毎年多額の税を納め、さらに王、公家にだけ安く銀を譲ってくれる侯爵。王宮で開かれる評議会でも良い提案を出す優秀さも見せている。彼らからすればボルドー侯爵の悪癖は、少々女好きがすぎる、くらいの評価にしかならないのだ。女好きを理由に断罪できようはずもない。王、公爵も人の事は言えないのだから。
では、娘を奪われた貴族家はどうか。なりふり構わずボルドー侯爵を攻撃するような悪感情を持っているか? といえばそうでもない。彼らは娘と引き換えに、多額の結納金(謝礼金)をもらっている。いらない娘を売るだけで自家で自由にできる金が手に入る。ありがたがりこそすれ、憎むなどありえない。
ボルドー侯爵はどこから噂を仕入れているのか、必ず一族に冷遇されている令嬢を所望する。したがってトラブルになることなく、トントン拍子に望む令嬢を手に入れてきた。
コーネット伯爵家のララも、同じ理由で白羽の矢が立ったのだった。──しかし、ララは逃げ出した。これに侯爵は憤慨した。それと同時に、ララを益々手に入れたいと願うようになる。
手に入らぬものを欲してしまうのは人の性なのか、ララは『初めて自分から逃げ出した令嬢』として侯爵の中でブランド化してしまった。侯爵はララを手に入れるその日まで、決して諦めないだろう。
ボルドー侯爵は謝礼金を予定の半分しか、コーネット伯爵家に払っていない。残り半分はララを捕らえてからと条件を出している。
コーネットは何としても、ララを見つけ出さねばならなかった。借金返済に当てる金を手に入れるためだけじゃない。ララを無事ボルドー侯爵に嫁がせねば、侯爵の不興を買う。それは貴族社会で干されることを意味している。なんとしても、それだけは避けねば。
また、コーネットがララを追う理由はもう一つある。
代々一族に伝わる『聖剣』が、ララと共に消えた。
あの日、ララの嫁入り当日、コーネットの屋敷からは様々な品物が消えた。細々とした装飾品が消えるのはまだわかる。コーネット伯爵夫人が疑ったように、嫁入り準備のどさくさに紛れて使用人が盗んだと考えることができるからだ。しかし、すぐに持ち出せないようなソファやベッドが消えたのはどういうわけだろう。──夫人はキングサイズのベッドが消えた自室の光景を前に啞然と立ち尽くした。使用人どもをまとめて折檻し、疲れて横になろうとしたらベッドがない。屋敷のあちこちで、"ありえない"事態が起きていた。
まもなく居間の壁から『聖剣』が消えているのをギドが発見し、彼はあまりのショックで気絶した。それはコーネット家当主の証。ギドが受け継ぎたいと切望していた剣だった。
コーネット伯爵は、この大規模窃盗事件は『収納』の称号持ちの仕業だと結論づけた。にわかには信じられないことだが、そう結論づけるとすべての辻褄が合うのだ。『収納』が伝説通りの代物ならば誰にも気づかれず短時間に大量の品物を持ち出すことが可能である。
しかし、200年前の勇者以来、『収納』持ちが現れたという情報は聞かない……
ララが犯人ではない。『判定式』で無能力を証明しているからだ。同様の理由で、使用人も犯人たりえない。
コーネット伯爵家で『判定式』を受けていないのはまだ6歳のウィルだけだ。
状況はウィルが『収納』持ちだと告げていた。伝説の勇者と同じ……
この事実に思い至ったとき、伯爵は悔しさのあまり自室で暴れまわった。自らの身体を硬化させる無属性魔法を行使し、手当たり次第に物を破壊した。
──本人はその事実を知らないが、勇者の末裔たる伯爵も、普通では考えられない強さを持つ人物だった。それでも『剣聖』だった彼の父、そして息子のウィルには遠く及ばないが。
伯爵は気づいた。『収納』を持つほどの傑物だ。ウィルは次の『剣聖』に違いない。それもこれも7歳の『判定式』で明らかになるであろう、と。
そのウィルは、姉のララと共にコーネットから逃げ出した。二人の絆の深さを見ればほぼ間違いない。
ウィルは愛人の子。妻に引け目があり、冷遇されるウィルを見てみぬふりをしてきたことが今更ながらに悔やまれる。
──連れ戻さなければ。ウィルを、『聖剣』と共に。
そのためにも、ララを必ず見つけ出す。
伯爵はかたく決意する。
ウィルをいま連れ戻せば、次期当主として必要な教育をほどこすにも間に合うだろう。
『剣聖』亡きあと衰退したコーネット伯爵家の再興は、ウィルにかかっている。
◇
中立の森。東の砦付近。
「どうして俺がこんな目にあわなくてはいけないッ!」
ララの2つ年上の兄、16歳のギド・コーネットは汗まみれのくすんだ金髪をかきむしった。
歪んだ顔は日に焼け、ところどころ赤くただれていた。
父であるコーネット伯爵の命令により、ギドはここ2ヶ月、ずっとララとウィルの捜索を続けている。
兵士にさせれば良いものを、なぜ自分が。
「ボルドー侯爵に誠意を見せるためだ。次期当主まで使って積極的に探している、その事実が重要なのだ。お前も貴族の息子ならば体裁が大事であることくらい、理解できるであろう」
父は息子の文句に取り合わず、10人の兵士と共にギドを出立させた。
ギドは面白くないと思いながらも、『次期当主』の響きに少しばかり機嫌を良くした。母はウィルの存在を警戒し、ギドの将来を不安に思っている様子があるが、ギドにしてみればその心配はナンセンスだ。
──俺は長男。強力な火の魔法だって使える。次期当主は自分以外にありえないのだ。
しかしウィルにも困ったものだ、とギドはニヤニヤと考える。
──『収納』持ちだかなんだか知らないが俺の『聖剣』を持ち出すとはいい度胸だ。父上は見つけ次第、ウィルを連れ帰るようにと仰せだが、やつのような穀潰しを連れて帰ったところで何になる。……体裁など気にせず、さっさと殺せば良いものを。ああ、そうだ。お仕置きも兼ねて、この俺の炎で焼き殺してやろうではないか。
そうして機嫌よく捜索に乗り出したギドだったが、1ヶ月、2ヶ月が経っても、ララとウィルはいっこうに見つからない。
目撃情報をもとに、タリス王国の田舎町にも行ってみたがすでに姿はなく……
リーベル王国を飛び出し、すでに捜索網は他国にまで及んでいた。そんな大規模な捜索でも見つからない。
ボルドー侯爵や父上からは、露骨な嫌味を書き連ねた文句の手紙が送られてくる。自分たちの配下を使って別口でも捜索を続けているようだが、そちらにも進展がないらしい。その怒りを、自分に向けてきている。
ギドはもう、我慢ならなかった。
──次期当主たる俺が汗にまみれ、なぜこんなにも泥臭い捜索作業を続けねばならないのか。
怒りはすべて、ララに向く。
──そもそもあいつが逃げ出したのが悪いのだ。
おとなしく侯爵の玩具におさまっておれば良いものを。
鈍い光をたたえた、ララの瞳を思い出す。神から嫌われ者の烙印を押されて産まれてきた黒い娘。──汚らわしい。生きる価値もない、恥ずかしい存在。母の言い分を、間違っていると思ったことは一度もない。一緒に虐めて、罪悪感を覚えたことも一度もない。
しかし虐めても虐めても、あいつの瞳からは最後まで光を奪えなかった。殴っても蹴っても、まっすぐに俺を見つめてくるあの目。あの目が嫌いだった。まるで自分が、ララを「気持ち悪い」と思う自分が、間違っているような気持ちにさせられるから。
──大嫌いだ、妹よ。俺のために早く捕まってくれ。
とそのとき。
はるか上空から巨大な質量の塊がびゅんと風を切って飛んできた。ドスン!! 激しい地鳴り音を響かせ、それはギドの顔面スレスレの地面にめり込んだ。
直径3メートルはあろうかという大岩だった。
「ひぃぃ!」
一拍遅れ、ギドが尻もちをつく。
じわりと股間に熱いシミが広がっていく。
兵士たちの同情的な視線に、プライドの高いギドが耐えられるわけがなかった。
──なんなんだ、なんなんだ、この森は!!!
襲い来る魔物の群れを必死にまいたと思ったら、こんどは空から岩が飛んでくる。自分を狙い撃ちで、殺そうとするかのごとく。ギドの脳は、プレッシャーと恐怖で焼き切れる寸前だ。そして……
ギャッ──と後方で悲鳴があがり、ギドはハッと振り返る。バキボキ、嫌な音と悲鳴。そこには巨大な蜘蛛の魔物がいる。ギドはとっさに火の魔法を放った。火だるまになった蜘蛛が兵士を吐き出すが、もう助からないだろう。
また一人、兵士がやられた。コーネットから連れてきた兵士は、残り4名のみとなった。その一人が、ギドに詰め寄る。
「ギド様、森で火を使うのはやめてくださいとあれほど……!」
「うるさい!」
ギドはついにキレた。手のひらから炎の玉を放ち、兵士の腹に叩き込む。「フベッ」と短い声を上げ、兵士が吹っ飛ぶ。
火だるまになり暴れる蜘蛛の体から、火が、木々に燃え移っていた。夏の日差しと炎の熱で暑さの増した風がギド一行を包み込む。
「も、もうすぐ『東の砦』跡です。少し休憩を取りましょう」
「うるさい! うるさい! うるさい!」
手当たり次第に放った炎が森を燃やしていく。兵士たちはいよいよ腰を抜かした。このままでは魔物に殺される前に、主人に殺されてしまう!
頬を青ざめさせ、荒く息をするギドは「おい」と一人の男に声をかけた。"謎の男"がよこした傭兵のうちの一人だ。コーネットの兵士と違い、傭兵どもはいくらか落ち着いていた。普段から気難しい雇い主のもとで仕事をこなす彼らは、貴族の坊っちゃんの癇癪など慣れたものだった。とはいえ、ここまでえげつない炎を使う貴族を相手にするのは初めてだったが。
「『追跡装置』の発信源はこの辺りで間違いないのか」
「ええ、はい。そのはずなんですが……」
男が見せた四角い箱の中央で、赤い光が点滅している。ララたちの居場所がわかるというこの装置も、傭兵と共に"謎の男"がくれたものだった。
謎の男。良家の執事ふうの彼がギドの前に現れたのは2日前のことだった。
"ララ・コーネットとウィル・コーネットの居場所を知っている。彼らは『中立の森』にある屋敷に住んでいる" そう、男は言った。
ギドはその情報を一笑に付した。
『中立の森』など、人の住めるような場所ではない。冒険者でさえ、強力な魔物を恐れて近づかないと聞く。ララのようなか弱い娘が森へ入れば、5分と経たず魔物に食い殺されるだろう。
しかし男は引き下がらなかった。余裕を感じさせる笑みを浮かべ、「信じてくださらなくとも結構。こちらは親切で情報を提供しているだけですから」とぬかす。
「美しいお嬢さんですね」
続いた男の言葉に、ギドは胸を突かれるような思いがした。こいつはララを知っている、見たことがあるのだと確信した。
「私も困っているのです。どうやらそちらのお嬢さんが、うちの坊っちゃまをたぶらかして、森の中で一緒に暮らしているようで。うちの坊っちゃまは魔法が使えますし、魔物よけの薬も作れますから、それで『中立の森』でも無事に生きながらえているのではないかと」
男は最後まで身分を明かさなかったが、仕える『坊っちゃま』が魔法使いということは、貴族家の使用人──その中でも、高位の執事なのだろう。
なるほど、弱いララも男の力を頼れば生きながらえることはできるか。
「とはいえ、『中立の森』は危険な場所。入るのではあれば十分備えなければ。これらを少しでもお役立てください」
そう言う男は最後に、傭兵10名とタリス王国で作られたという『魔道具』をいくつか置いて去って行った。
かくしてギド一行は『中立の森』へやってきたのだが、見通しが甘かった。森へ入って30分たらずで、馬がすべてやられた。その後3時間で、兵士が6名やられた。『中立の森』に住む魔物は噂に違わず強力だった。まず、姿が違う。一番弱いはずの一角うさぎでさえ、通常より一回り以上大きく、角は2倍の長さがある。ほかもそう。この森の魔物は、ありえないほど巨大化している。人の力だけでは、太刀打ちできなかった。ギドの魔法でなんとかしのぐも、魔力が枯渇すれば使えなくなる魔法だけでは心もとない。そこへきて、謎の男が置いていった『魔道具』が素晴らしい働きをした。火、水、土、風。それぞれの属性魔法を、さらに強化して放たれる兵器。『魔道具』のおかげで、ギドたちはなんとか生き延びている。
──しかしもう、限界だ。
いくつかの『魔道具』は壊れた。ギドの魔力も、先ほどの乱発のせいで枯渇寸前。
引き際だ。
しかしなんの成果もなく帰れば、父上はもちろんボルドー侯爵にも叱責されることは目に見えている。
ギリリと奥歯を噛み締めたギドであったが、そのとき、あることを思いつく。
──そうだ。この森はミナヅキ王国に接しているのだったか。かの国は黒髪を多く飼っていると聞く。ララの代わりに何人か捕らえてボルドー侯爵に献上すれば、しばらく怒りを鎮めることができるのではないか。うまくいけば、それで満足してくれる可能性も……
「ギド様!」
考えに沈むギドのもとに、一人の兵士が駆け寄ってきた。心なしか、表情が明るい。
「『東の砦』跡にこのようなものが落ちていました」
ギドの休憩所を確保するため、その兵士と3人の傭兵はギドらに先行し、『東の砦』跡に出向いていたのだった。200年前、勇者が拠点に使っていたという砦だ。当時の古い地図をもとに、兵士たちは半壊した砦を見つけ出していた。そこで、思わぬ物を発見する。
兵士から手渡されたのは、一冊の本だった。薄茶げた古い紙。すべてのページ裏に、文字でも練習していたのか、稚拙な文字で名前が書き込んである。
『ウィル・コーネット、ウィル・コーネット、ウィル・コーネット……』
ああ、なんと詰めの甘い。
「……見つけたぞ、ウィル」
ギドはおかしくてたまらず、声を上げて、腹がよじれるほど笑った。





