80 神様ブートキャンプ
期間を一週間と設定されたハティ(獣の神様)監修、ワクドキ筋肉ブートキャンプ一日目。ひたすら走り込み。
「ハァ……ハァ……ぐ、おえっ」
「その足は飾り物か? シャキッと走れ! 死にたいのか!」
「ひぃぃぃ!」
ハティがびりっけつを走るアロンを追い立てる。
ウィルはぶっちぎりの先頭を行く。ビビとセオも額に汗を浮かべているも余裕だ。
私も超がつくほど余裕。汗一つ流していない。だって私、走るハティに抱っこされてるから自分の足使ってないんだもん!
二日目、三日目。ひたすら筋トレ。
腕立て伏せするアロンのお腹の下にハリネズミみたいな魔物が三匹配置される。アロンはぷるぷる震える腕を必死に伸ばしてなんとか串刺しにならないように耐えている。
ウィルは指一本で体重を支えて超高速の腕立て伏せを披露。その光景に刺激されたビビとセオも負けじと変な体勢の腕立て伏せを見せつける。ロープや剣を使ったりと、もう曲芸のレベルなんだけどなにそれ!?
私もある意味曲芸披露中。スーパーマンみたいに手足をピンと伸ばして宙に浮いてるところ。脇に添えられたハティの手により、勝手に視線が上下する。
四日目、五日目。腕が千切れそうになるまでひたすら木刀を振らされる。
「みんなお待たせ〜! とびっきり丈夫なのを作ったわよ〜!」
よっこいせ、と地面におろされた木刀はズドンとちょっとありえない音を立てた。
イヴ作成の………えと、これ木刀というより丸太では?
「ぐぬぬぬぬぬっ」
「剣先を一度でも地面につけてみろ。罰として広場十周だ」
真っ赤な顔で力むアロンに、ハティが容赦なく言い放つ。
「ぬあ!?」
ウィルとビビとセオは、何やら勝手に勝負を始めてる。誰が一番多くの木刀(丸太)を持って素振りができるか、だって。と、そのとき。セオが振り抜いた木刀の一本が彼の手をすり抜けてブンッと飛んだ。恐ろしい風斬り音を立てる木刀を目で追うと、ズドーン!とアロンの足元に落下。
「ひぃあああああ! せ、セオ、お前私を殺す気か!?!?」
「あ、すまん」
「もっと気持ちを込めて謝れええええええ!」
わぁ、アロン切れてるなぁ……
微妙にキャラ崩壊起こしてるし。
ところでなのですが、ハティ教官? 私の木刀が見当たらないのですけど。え、私がいま手に持ってるのが私用の木刀? えーと……どう見てもただの小枝なんですが……
六日目、(本物の)丸太を担ぎ森の中を疾走。
「新兵の頃の訓練を思い出すなぁ!」
「ええ、懐かしいっすね。ビビ様ってば俺の見学に来てただけなのに、新人と間違えられて地獄のブートキャンプに強制参加させられてましたよね。で、そのまま軍に入隊。気づかれるまでに3年もかかりましたっけ」
「ちょ、バラすなよ恥ずかしい!」
「はははは」
ビビとセオは余裕しゃくしゃくだ。軍隊式の呼吸法を使って楽に重いものを運べるんだって。ウィルも横を走って教えてもらってる。
「スースースーハー?」
「スースースー、ハーハーハー。3回吸って3回吐くんだぞ」
「うん、わかった! スースー………」
ていうかビビさん、お姫様のくせに自国の軍隊にも所属してたのね。そうなった経緯もだけど、びっくりだよ。普通自国のお姫様が軍隊に紛れ込んでたら気づくよね!?
あ、でも……
ビビは黒髪を理由に嫌われてたみたいだし、もし私みたいに存在を隠されて育ったのだとしたら……臣下がお姫様の顔を知らなくても不思議じゃないのかな。
そういえば私たち、小さい頃の話とかあんまりしたことないな。境遇について触れるのはなんだか遠慮があって。同じ黒髪同士なのにね。聞いたら教えてくれるのかな。
「無駄話はせず集中しろよ。でないと───」
バサバサッと音がして、みんなの足が止まる。一番後ろを走ってたアロンが消えていた。うう、と声がする方へ行くと……
「もうお家に帰りたい……」
落とし穴の底でアロンがすすり泣いていた。
「───ああなる」とハティが締めくくる。
ハティはランニングコースに無数の罠をしかけてるんだって。その一つの落とし穴に、アロンはハマったと。
やだ可哀想すぎる……
私も気をつけなきゃ! って、私が落とし穴にハマることは百パーセントないんだけどね! だって私、ハティに丸太の代わりとして担がれてるし!
むきゃーーーーっ! もう我慢できない!!
「もうもうもう! ハティってば、私を強くする気ぜんぜんないでしょ!」
「すまん……つい……」
「むーっ」
ポカポカ胸を叩くのに、なんだかハティは嬉しそう。これ別にイチャイチャしてるわけじゃないんだからね?
ハティの白銀の長髪はいま、私があげた黒いリボンで結ばれている。そのリボンの端を引っ張り、頭を振って髪をほぐす。木漏れ日に反射して、キラキラ綺麗だなぁ。見惚れている私にニッと笑いつつ(やば、気づかれた)、ハティが宣言する。
「一時間の休憩だ」
私はすかさず燃え尽きて真っ白になってるアロンのもとへ駆けよった。
「だ、大丈夫? アロン……」
「私は文官タイプなんだよ……こんなイカレたトレーニングにあっさりついていける脳筋連中とは違うんだ……」
ふむ。こりゃ相当まいってるみたい。
「よしよし。ちょっと待っててね」
私は『収納』からお外で使いすぎてもはやお外用になった絨毯を取り出して土の地面に敷いた。それからガラスポットとグラスを取り出す。
「ほら、このジュースをお飲み」
時間停止機能付き『収納』のおかげで冷蔵庫から取り出した状態のままキンキンに冷えたこのジュースの名は『ポ○リスエット』!
運動後の水分補給にいいかなと思って作ってみたんだ。水・塩・砂糖・果汁を混ぜ合わせるだけでかんたんだし。今回はそれに回復薬の原料の薬草も入れてみました(回復薬自体はハティから摂取禁止令が出てるけど、ジュースにほんのちょっと薬草混ぜるくらいならいいよね)。
「ああ、ありがとうララ……」
気だるげにグラスを受け取って、ポ○リを口に含む。変化は劇的だった。アロンはカッと目を見開いたかと思うと次々ポ○リを喉に流し込み、5杯も飲んだ頃には顔色もずいぶん回復していた。
「なんだこれはっ!」
「う、旨すぎる! 神の水だ! ララ、もう一杯ちょうだい!」
セオとビビもごくごく飲む。
「はいはい、いくらでも〜」
『収納』の中にはまだたくさんストックがあるからね。味のバリエーションも6種ほど。
「みんなでなかよくのむんだよ〜?」
ウィルは自分の分のポ○リを、森の動物たちに振る舞ってる。動物たちの目線に合わせて小さくしゃがみ込んでる背中がとっても可愛い……でへへ。
て、いけないっ! ウィルにもちゃんと飲ませなきゃ!
最近はめっきり暑くなってきて、もう夏といってもいい季節。熱中症、危険! ウィルの健康は姉さまが守るからね……!
絨毯の上に座って作業をしていると、ふいに膝が重くなる。ハティがごろんと横になり私の膝に頭を乗せてきたのだ。
すごいね、膝枕って。頭の重みと熱が下腹にもろに響くし、顔がものすごく近いの。銀のまつ毛に縁取られた切れ長の瞳に見上げられると、息が止まりそうになる。
ハティは腕を伸ばして私の頬に指を滑らせ、横髪をさわさわ撫でた。くすぐったいのに気持ちいい、未知の感覚に戸惑ってしまう。
「俺にも飲ませてくれ、口移しで」
「ひゃ!? む、無理に決まってるじゃん!」
「しかしグラスはみんなウィルが持って行ってしまった。これでは俺が干上がってしまう。なぁ、可哀想だと思うだろう?」
「ピッチャーから直接飲んで下さいっ!」
二人きりでいるときには色々と気遣ってくれて優しいのに、人前だとなぜだかハティは意地悪になる。特に、アロンの前だと。
ハティは私の膝に頭を乗せたまま、アロンにニヤニヤと視線を投げかける。
「羨ましいか?」
「いえ、別に。膝枕くらい、他の女性で何度も経験しておりますので」
「他の女だと? ララをそこらの雑草といっしょにするな!」
「面倒くさいおひとですねぇ……」
どんどんヒートアップしていく二人の会話を聞きながら私ははぁ、とため息をつく。
この分なら寝室でもこの調子なんだろうなぁ。
知っての通り、うちには寝室が3つしかない。キングサイズベッドのある1階の部屋と、2階のビビとセオが使ってる部屋と、ウィルの部屋。
アロンがうちに滞在するようになってから、私は2階のウィルの部屋に。一階の寝室はアロンとハティに使ってもらってる。
毎夜お通夜ムードで寝室に向かう二人。でも、しょうがないよね。未婚の男女が同衾するなどはしたない! ってアロンが騒ぐんだもん。
と、回想してるうちにアロンとハティの言い争いは佳境に。だいたいなぁ! とハティが大声を出す。
「他の女を見てみよ、ここまで魅力的で柔らかな餅など持っておらぬだろう!」
「───なっ!?」
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
満足げに言い切ったハティの手は、私の胸をガッツリ掴んでいた。繊細な指先がぎゅうと脂肪に沈み込む。
ぷるぷると震えていると、さすがのハティもマズイと気づいたらしい。「あ」と間抜けな声を出して苦笑いを浮かべる。だけどもう遅い。
「ハティの馬鹿ぁ! エッチ! 変態! おすわりー!」
「きゃうん!?」
ハティは跳ね起きると、地面の上で『おすわり』の体勢になった。うむ、『命令』はうまく発動したようだ。無意識だったけど。
『命令』の反動でぼんやりしたハティの肩に、アロンがぽんと手を乗せる。
「あまりやりすぎると、嫌われてしまいますよ? まぁ、私には好都合ですが」
遅れて事態を理解したハティの顔が屈辱に染まる。ヒヒヒと悪魔のようにあざ笑うアロン。……ここぞとばかりにブートキャンプのやり返しを図ったわけね。でもねアロン、あとできっと倍返しされるよ……。
ワクドキ筋肉ブートキャンプ七日目。
私たちはひとふりの剣のみ持たされ、森の奥深くに放置される。危険な獣や魔物がたくさんいるけどそれをやっつけながらログハウスまで自力で帰ってこい、だって。
ハティ、おこである。
読者の皆様、いつも読んでくださってありがとうございます!
この度新連載を始めましたのでお知らせします。
【長編・現代ファンタジー】
「ある日突然『魔女』になりまして」
25歳高校教師の一般人がある日突然魔女になり、仕事に恋愛に魔法にがんばるお話です。よろしくお願いします☆
なお、本作も引き続き連載を続けていきますのでご安心ください。





