81 訓練最後の仕上げ
森に放り込まれて数時間。オレンジ色の夕日が木々の表面を照らす頃、私たちはやっとの思いでログハウスのある原っぱに到着した。いまではすっかり原っぱ全体を覆うドームになだれ込み、そこで気力が尽きた。もうどんな魔物も私たちを襲えない。すぐそこまで迫ってきてるジャイアントベアーとゴブリン(初めて見たけど、本の姿とだいぶ違う。緑の体なのは一緒だけど、主に大きさが……)の大群も。
どぎつい紫色の巨大蜘蛛とか、太ったミミズとか、二本足で歩く凶悪な顔した豚とか、真っ赤な肌で頭に角を生やした鬼とか、その見た目のグロさもさることながら『中立の森』に住まう魔物たちは魔物とのガチンコバトルが初めての私でも異常と感じるほど強かった。ムチを振るって手足をちょん切っても、瞬時に再生。ったく、こっちはグロ映像に倒れそうになりながら渾身の一撃を放ったっていうのに。
元(?)冒険者のビビとセオによると、普通の森に住む魔物と違い、『中立の森』に住む魔物は体内にある『魔石』を破壊しない限り再生を繰り返し襲い続けてくるんだって。その情報を聞いた私は思った。ほぼゾンビじゃん。怖すぎ。
ぎゃーーー!!!
目の前で繰り広げられるホラー映画さながらの攻防に理性がぷっちんと崩壊。がむしゃらにムチを振るいまくった結果、周囲の木々を壊滅させてしまった。「また子どもたちを傷つけたのね」ってあとでイヴに叱られそう。あーあ、気が重い。
私はスキル『収納』の『亜空間No.2』っていう避難所を持ってるし、魔物とバトルせずに亜空間に逃げ込んでやり過ごすこともできた。みんなも一緒に連れて。
だけど当のみんなは殺る気満々で、瞳を爛々に輝かせちゃって、アロンですらふっきれたのか勇ましく剣を構えだすし。なんでそんなにやる気なのって首を傾げて、ああ、と思い出す。そういえばこれ、ブートキャンプのプログラムの一貫だった。強くなるためには戦わなきゃ。
そこからは私も意識を切り替えて、理性にかじりつきながら頭を使って戦った。私のムチは可動域が広いぶん、小回りがきかない。一撃の威力は大きいけれどもし打ち漏らしがあって、そいつが一目散に向かってきたら、次の攻撃にわずかに間に合わない。そこで、近くの敵は地面から生やした『ツタアケム』で仕留めることにした。位置を指定し、スキル『植物創造』を行使。品種改良でしびれ毒を持つトゲを付与しているので、ツタアケムのツタに拘束された魔物は毒で弱る。そして、動けなくなった魔物の心臓部にある『魔石』をアロンが一突きし、決着。この戦い方が一番効率が良かった。
軍人や冒険者としてこれまで生きてきたビビとセオの戦闘技術はたしかなもので、連携も素晴らしかった。お互いの存在を意識しつつ、背中合わせで無駄なく剣を振るう。信頼しあってるんだなって、ちょっと羨ましくなったり……ほら、ハティは私を背にかばうばかりで背中を預けようとはしてくれないから。
ウィルは……
正直、ちゃんと戦えるのかなって心配してた。戦闘力の高さは疑いようもないけれど、ウィルは魔物と言葉が通じるから。命を奪うという行為に踏み切るには、その分、私たちよりハードルが高い。
でも、ウィルはちゃんと戦えてた。少なくとも、私にはそう見えた。
ウィルはもはや対話をしなかった。その代わり、相手の殺気の強さを測ってる……らしい。殺気とか、私にはまるでちんぷんかんぷんだけど、「肌がピリッとして、心臓がドクドクする」のが殺気を向けられた感覚だって、もう少しつたない表現だったけどウィルが言ってた。殺気の強さから、説得が通じるか通じないかがわかる。で、通じないと判断すると、ウィルは迷わず戦い、相手を倒す。
ウィルはコーネットの屋敷から持ってきた『聖剣』を武器として使ってる。ウィルが剣を振るう度、刀身がわずかに金色に光って、それはまるで歴史の教科書に壮大なストーリーを提供してる『勇者』を思わせる鮮やかな戦いぶりだった。
戦う姿は、とても頼もしい。ウィルは強い。絶対に負けないという安心感がある。でも、ウィルが魔物を倒すたび、私の心にはちょっとずつ寂しさが募っていった。なんだかウィルが、どんどん私の手から離れていってる気がして。
とまぁ、色んな思いがめぐりつつもなんとか戦いには勝った。途中、軽い怪我をすることも何度かあったけど、そこはアロン特製のお薬があるので問題ない。
ただ、敵の数が多すぎたし、数時間も森を走り抜けたので、スキル『体力∞』を持つ私やウィルさえも疲れ切ってしまった。
5人で原っぱに寝そべり、夕日を受けてオレンジ色に輝くドームの壁を見上げていると、ふいにハティの端正な顔が視界いっぱいに広がった。近づいてくるの、全然気づかなかった。
「ララの帰りを待つ数時間は、身を切られるほどに辛いものだった」
歪められた唇から紡がれた声音は、本当に辛そうなものだった。私は手を伸ばして、つい数時間前にハティがしてくれたようにハティの横髪をさわさわ撫でた。灰色の瞳が気持ち良さそうに細められ、柔らかな銀髪が手のひらに押し付けられる。
「もし私だけお留守番にしてたら、何日か口きかないくらい怒ってたとこだった」
「うむ。そのような予感がしたんで行かせた。つい心配してしまうが、本来ララは強い」
にっと笑い合う。なんだ、あるじゃん。私たちの間にも"信頼"が。
「いつまでも休むな、さぁ起きろ! まだ訓練の途中だぞ!」
鬼教官ハティの掛け声に、ビビとセオとアロンは唸りながらのっそり身を起こす。ウィルはもう立ち上がっていて、「次は何するの?」と笑顔でハティの足元にまとわりついている。元気すぎるウィルの様子にアロンたちがげんなりした顔を作ったのは言うまでもない。
一方の私も、もう完璧に回復してる。『体力∞』の超回復の恩恵で。すごいスキルだよね。ま、当たり前か。だってあのハティがくれたんだもん。さすが私の未来の旦那様。強くて格好良くて、そう、指先なんか女の私よりもずっと繊細で綺麗で……と視線を投げてぎょっとした。ハティは鋭い牙で、自分の手のひらをガリッと噛んだ。途端、したたり落ちる鮮血。
「ひゃっ、は、ハティが……!! あ、アロン薬、薬!! ハティが死んじゃうー!」
「落ち着け、ララ」
慌てふためく私と違って、ハティは顔一つ変えない。テキパキした動作で胸元からグラスを取り出すと、そこに血を注ぎ入れる。それからぐいと差し出して、
「飲め」
「………」
圧倒的に説明が足りないよ!!
ひえって声を上げたのは私だけじゃなかったと思う。
よくよく話を聞くと、ハティはワイルドな自殺を図った……ってわけじゃなかった。なんでも、ハティの血には"覚醒する力"が宿ってて、人間が飲むと強くなれるんだって。
ハティは言った。人間は極限状態にあってこそ成長するのだと。
ハードな筋トレをして、最後は森で死闘を繰り広げて、疲れ切った今の状態で飲んでこそ、ハティの血は最大限の力を発揮する。
「やっかみで死地に送り込まれたと思っていましたが、ちゃんとした考えがあってのことだったんですねぇ……」
「当たり前だ。俺は無駄なことはしない。わかったら早く飲め。鮮度が良いほど得られる効果も高い」
アロンの皮肉に、ハティが大真面目に答える。
鮮度……うへぇ……
そんな吸血鬼みたいなことできないよ、と思ったら横からグビグビ聞こえてきて、見ると、ビビが目を見開いてグラスの鮮血を一気飲みしてた。力を求めるその貪欲さ、あっぱれである。
ビビ、言ってたもんね。もうセオを危険な目にはあわせない。自分が守るんだって。
『中立の森』で狩りをしようと提案したのはビビだった。そこで死にかけて、ビビは自分の軽はずみな言動と弱さを呪った。
だから強くなりたい。
私も私の大切な人達を守りたい。安心して背中を預けてもらいたい。強くなりたい。
ぐっと目をつむって、一気にグラスを煽った。思ったより、というかぜんぜん嫌な感じはしなかった。美味しいとすら感じちゃう。なんか、好きな人の血を飲むって、しかもそれを美味しいと感じるなんて、ちょっとエッチな感じする………て変態か!!
真っ赤になる私を、ハティは満足げに胸の中におさめる。たぶん、私の心中はぜんぶ筒抜けだ。
続いてウィル、セオ、アロンもグラスを煽っていく。
変化はそれから3日後、まずはウィルに訪れた。
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『転生令嬢は逃げ出した森の中、スキルを駆使して潜伏生活を満喫する』
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これからも更新を続けて行きますので、引き続きお付き合いのほどよろしくお願いします(*´ω`*)
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