75 答えは突然に
あとからわかったことだけど、この『亜空間No.2』、なんと中にいても外の声が聞こえる。だけど、このときの私はそんなことまだ知らなくて、間近で聞こえるハティの呼び声にひどく驚かされた。
「ララ!」
「!?」
飛び上がり、一瞬停止。ぼんやりした寝起きの頭で『ここどこだっけ?』と考える。
あ、そっか。ここは『収納』の中で、私は迷子で、いつの間にか寝てて……
「ララ!」
「は、はい……!」
焦った声音に急かされるように、私は一角ウサギを抱えたまま『亜空間No.2』を飛び出した。
「あ……」
険しい瞳が私を見つけ、失敗を悟る。
ひとりになれたのはいいものの、すぐ寝ちゃって、けっきょく、ハティやアロンのこと、何にも考えてない。それなのに、逃避行はこれで終了。あっけない。もうちょい隠れてたかったな。あと3時間くらい、それで考えるべきこと、しっかり考えるから……
なんて、のんきに思えるくらいだから、実のところ私は、迷子になっても危機感なんて少しも感じていなかったのだ。ハティがぜったい見つけ出してくれるってわかってたから。
「延長戦をば……」
「却下」
「ですよね」
それでお次は? ハティが余裕なく私を抱きしめて、感動的なシーンに突入。はいはい、わかってるって。私のもとから去るっていうのも、どうせ冗談なんでしょ? 私が泣き落とせば、すっかりその気も失せるくらいのさ。まぁ、ハティはいまお怒りぎみだし、ここは私が譲歩してあける。アメちゃんを横に下ろし、気だるげに両手を広げてハグ待機。
だけど、おかしい。
ハティは険しい顔を疲れたように緩めただけで、微妙な距離を開けたまま、近づいてもこなかった。
「ん? ……あれれ??」
「さぁ、帰ろう。みなが心配している」
「おぉ……?」
拍子抜けというか、ちょっと残念というか……
って、いやいや、これでいいんだってば。いきなり抱きしめるのは禁止って、約束してたんだし。ハティはぜんぜん守らなかったけど。
ハグ待機? なにそれ、寝てたせいでかたくなった体をほぐしてただけですけど? 伸びの体操してただけですけど?
言い訳のラジオ体操もどきも、ハティは見やしない。
急激にしらけた。
「私、どれくらいいなかった?」
ふと気になって、聞いてみる。
「3時間ほどだ」
「3時間も!」
信じらんない、私ってば、みんなに心配かけるだけかけて、3時間もぐーすか寝てたわけ? それなのに、得られたもの(ほら、どっちを選ぶかっていう答えや、答えが出なくともそのヒントとか)は何もなし。
すたすた、すたすた、ハティはどんどん先を行ってしまう。
アメちゃんまで、トコトコ元気に先を行く。
「わ、ちょ、待ってよ」
なにさ、いつもは姫抱っこのひとつでもしてくれるとこなのに。
ハティの背中を睨んでいると、だんだん恨めしい気分になってくる。どうにか振り向かせたくて、心配させたくて、私は足を止めた。
「足痛い、ハティおんぶして!」
ハティがくわっと振り返り……
「怪我をしたのか? どこだ? くそ、イヴも連れてくるべきだった」
おっと、ここまで取り乱すとは予想外。
すっごく慌てて、私の手足をまさぐってる。
ここで怪我人のふりでもして、しおらしくできたらよかったんだけど、正直者はバカを見るってホントだね。
「違う違う、怪我はしてないから!」
灰色の双眼がすっと細められる。「嘘つきめ、俺をだましたのか?」って顔。これは、正直大ショック。私に向けられた表情の中に、こんなに厳しいもの、なかった。少なくとも、いまこの瞬間までは。
……やっぱりもう、私のこと、嫌いになっちゃったんだね。
「嘘じゃないよ。疲れちゃって、足が痛いの。だから、おんぶしてほしいなーって思っただけで……」
「スキル『体力∞』を持ってる者は、めったに疲れない」
「それは、そうだけどさ! でもでも、私は疲れたの!!」
すたすた、すたすた。
なにさなにさ、結婚してくれって、頑張って姿を変えるほど好きだって、そう言ったのに!
私に対するハティの「好き」は、そんな、あっさり捨てられるほど軽い気持ちだったわけ?
「ねぇ、ハティ、ほんとはいなくなるつもりなんてないんでしょ?」
「……」
「そうでしょ? ハティがいなくなったら、私すっごく悲しくなる。心だけじゃなく、体まで張り裂けるかも。でも、ハティは私をそんな目にあわせないよねぇ?」
長く立ち止まっていても、ハティは迎えに来てくれない。唇を噛んで、地団駄を踏んで、それから、追いかける。せめてもの抵抗として怒ってる雰囲気を出すために、ずんずん足音を立てて。その足が、ハティの言葉で再び止まった。
「あいつが好きなら、あいつを選べばいい」
ハティが振り返る。やっと私を見てくれた灰色の瞳は空虚だった。なんの感情も読み取れない。神様がつくるポーカーフェイスは、少しのほころびもなく完璧だ。怖いくらいに。
「そうすれば、俺は去る。未練がましく、ララにつきまとったりしないと約束する」
そのとき、自分でも予想してなかったことがふたつ起こった。
ひとつ。ポロポロ、ポロポロ、あられのように大きな涙のしずくが急に溢れ出して止まらなくなる。
ふたつ。私はハティの胸ぐらをつかみ、引き寄せ、そして、キスをした。
「……行かないで」
口をついて出た懇願は、あまりにも弱々しく、なさけないものだった。
ほんとに、なさけない。拒絶されるまで、自分の気持ちに気づけなかったなんて。
「……えっ、えっ?」
挙動不審に、誰かに助けを求めるみたいに視線を泳がせるハティ。ここは森の中で、私の奇行について説明を加えてくれる人は誰もいないのに。
「え、いま、え?」
混乱してるハティの胸ぐらを掴んで、もう一度引き寄せる。ポーカーフェイスじゃない、びっくり見開かれたハティの瞳。そこに真っ赤な顔をした私が映ってる。そうそう、こうでなくっちゃ。水晶みたいにきれいなハティの瞳は、いつでも私を映してないと。
「いい、よく聞いて」
「う、うむ……」
「ララはね、ハティを選びます。アロンじゃなくて、ハティを」
ひゅっと音を立てて、ハティが息を呑んだ。





