73 レベルアップ〜『収納』レベル5
それは水が流れるように淀みない、まるで踊るような演武だった。白銀の長髪と刃が太陽の光にキラキラ輝いて、とてもきれい。
原っぱに戻り、思いがけず見ることになったハティの演武に、私は言葉を失って立ち尽くした。これは剣術指導の一環で、ウィルに向けられたものだってわかってるのに、私の心に強く訴えかけるものがある気がして、心臓がドキドキして、たまらなかった。
「いやぁ、これは……本当に素晴らしかったです、ハティ様」
セオが感嘆の声を上げた。それで気づく。演武が終わったのだ。
「適当な型で申し訳ないが。初めて人の姿で剣を振るうゆえ、手探り状態だった」
私は走り出した。ハティのもとへ、一直線に。かっこよかったよって、言いたくて。ハティの演武は本当に素晴らしくて、だからいま私達が微妙な状況にあるってこともつい忘れてしまってた。このときの私はあまりにお気楽だったと思う。でも、それにしたってこれはひどい。
「おい、こっちに来させるなと言ったろう」
ハティは私を拒絶した。掴んだ腕を、振り払ったのだ。私の方をちらとも見ずに。心底うっとうしそうに。
雷が落ちたみたいな衝撃を受けたって言うと、ありきたりな表現だけに軽く聞えちゃうかもしれないけど、このときは本当にそれくらいの衝撃があった。
だって、ハティが私を拒絶したんだよ!
私がいないと生きていけないって顔して、いつでもどろどろに甘かったあのハティが!
信じらんない!
「休憩しましょうよ。あまり根を詰めるのはよくないわ」
怒りを向けられたイヴは、それでも冷静に対応した。
「……30分だ」
言うなり、ハティはさっさと森へ消えてしまう。
「ケンカでもしたのか?」
立ちすくむ私に、ビビが遠慮がちに声をかけてくる。
「大丈夫。ケンカしたわけじゃないから。ただ、ちょっと怒らせちゃっただけで、すぐ元に戻るから」
頭の中が、メリーゴーランドみたいにぐるぐる、ぐるぐる、回ってる。流れる音楽のリズムが狂ってるから、終わりが近いんだと思う。寂しい。悲しい……
「姉さま……?」
心配そうに私を見上げるウィル。少し汗ばんだ頬を撫で、笑顔で言った。
「お昼ごはんにしよう。姉さま、お弁当作ってきたんだよ。ウィルの好きなおかずもたくさん入れたんだから」
「からあげ!」
「うん、卵焼きもね」
「わーい!」
だけど、休憩後、戻ってきたハティは相変わらず不機嫌で、私は2度目の拒絶をくらってしまった。
「話しかけるな」だって。「愛してる。結婚してくれ」と言ったのと同じ口で、あれからまだ幾月も経ってないのに、ずいぶんな変わりようだ。
もしかして、私のこと、もう嫌いになったわけ?
煮えきらない態度を取ってるのは自覚してる。だけど、待つって言ったのはハティだよ!
それからすぐ、3度目に無視されたとき、私の中で何かがぷっつんと切れた。
こうなったら無理矢理にでも私の方を向かせてやる!と勢い勇んでハティを追ったのは3回目の休憩時間のことだった。
「いったい、何を考えているのかしら」
イヴの声に、足が止まった。
私の体は反射的に壁際に隠れた。そっとのぞくと、ハティとイヴが向かい合っている。
盗み聞きしよう、なんて考えたわけじゃない。ただ、イヴの声音が剣呑だったから、ちょっと気になっただけ。
「ララちゃんが可哀想よ!」
なるほどイヴは、私のために怒ってくれてるらしい。
「無視するなんて、ひどいわ!」
そうだそうだ!
いいぞイヴ、もっと言ってやれ!とは思ったけど、これは余計。
「あの子の顔、見た? 泣いてたじゃないの!」
ちょっと、泣くなんてまさか、冗談でしょ。そんなに私、弱くない。……涙目にはなってたかもだけど。
それで、ハティの返答はいかに?
と耳を澄ませていると、ハティの恐ろしい宣言が私の鼓膜を震わせた。
「俺は近く、ここを去る」
これは私の聞き間違えか、もしくは妄想だ。そうに違いない。だって、ハティが私のもとを去るなんて、そんなのあり得ない。
「このままララの側にはいられない」
うそうそうそ。
そのとき、自分でも信じられないくらい大きな悲鳴が喉をついて、二人が一斉に私を見た。
「ララちゃん……」
ハティのあの宣言は、どうやら聞き間違えでも妄想でもないらしい。だって、イヴがすっごく痛ましそうに私を見てる。
「ハティ、いなくなるつもりなの? ねぇ!」
ハティは下を向き、ただ黙ってる。
背中が急激に冷たくなるのを自覚した。全身がブルブル震えだす。
「嘘つき! ずっと私の側にいるって言ったくせに!」
「それは──っ」
ハティは何か言いかけ、ぐっと飲み込んだ。そらからふっと無表情になったかと思うと、私にそっぽを向ける。
涙が嗚咽と共にこみ上げ、感情が爆発した。
「ねぇ、なんで無視するの! やだ、やだ、やだ! こっち向いてよぉ」
すぐ振り返ってくれると思った。それで、私を抱きしめてくれるんだと思った。私が泣いてるんだよ? いつものハティなら、何をほっぽりだしても私を慰めてくれる。
だけど、ハティは私に背を向けたまま、ぴくりとも動かなかった。
「もう、もう知らない!」
ハティの背中を強く叩いてから、私は走り出した。向かう先にあるのはログハウスなのか、森なのか、確かめもせずに。
閉じこもりたい、と思った。ひとりきりで、誰もいない空間に。
ハティにも、アロンにも好きだって言われて、だけど自分の気持ちがわかんなくて、二人の気持ちを見ないふりして、ぼんやりやり過ごして、そうして、二人ともを傷つけてきた。わかってる。だけど、はっきりさせられない。
だって私、嫌なの。ハティもいて、アロンもいて、みんながいて、いまがすごく楽しいから、幸せだから、変わっちゃうのが嫌なの。
ふと気づいたとき、私を取り囲んでいたのは物言わぬ木々で。どうやら私は森の中を突っ走ってきたらしい。
どの辺だろう、ここ。
振り返ってもログハウスは見えない。
スキル『体力∞』を持つ私は、疲れて立ち止まることがない。たぶん、かなり遠くまで来てしまってる。
まだ夕方には早い時間だけど、森の中は薄暗く、私の不安を煽った。
あーあ。こんなことなら、走って向かう先はイヴの胸の中にしておくんだった。たとえ、イヴの独断で始まる"女子会"の中で問題に直面させられることになったとしても、暗い森の中で迷子になるよりはマシな気がした。
とそのときだった。
《レベルアップ!『収納』レベルが5になりました。亜空間No.2を開放します。生命体が収納可能となりました》
久しく聞いていなかったレベルアップのお知らせが頭の中に響いた。
「ほぇ? 『生命体が収納可能となりました』……?」
人間も、神様も、何か恨みでもあるのってくらい、時に私をひどくわずらわせる。だけど、スキルは違う。スキルはいつでも私の味方だった。





