71 動き出す気持ち
ウィルのベッドは控えめに言って天国だった。狭いのを口実にくっつき放題。別々に眠るようになってまだそれほど経ってないけど、ミルクの匂いとやわらかい温もりが、すでに懐かしかった。
寝覚めもすっきり。
うーんと伸びをして体を起こすと、胸元から何かが転げ落ちた。
「うっ……わ、びっくりした」
ウィルのお友達のお猿さんだった。
安眠を妨害されたからか、文句を言ってる。私は動物と意思疎通できるスキルなんて持ってないし、詳しい内容はわかんないけど、たぶん、急に動くな!とかなんとか。
「ごめん、ほら、ぶどうあげるから許してよ」
『収納』から取り出したぶどうを一粒手渡す。けれど、ぺしっと弾かれてしまった。
「くっ、ならこれでどうだ!」
一本千円の皮ごと食べられるっていう高級バナナ!
デパートの試食で味わったあの芳醇な甘さは忘れない。
お猿さんの目が変わった。しかし! 急に飛びつくのはプライドが許さないのか、興味ないふりをしてる。ぜんぜんできてないけど。
「ほれほれ、欲しいだろう?」
「キ、キィ……キッ」
ふんって首を振って見せてるけど、よだれの量でわかる。本当はのどから手が出るほどほしいはず。でしょ?
なんて、しばらく焦らしてたけど、涙目のお猿さんがだんだん可哀想になってきた。これじゃ私がいじめてるみたい。やだ、気まずい。
「ほら、あげる」
「キィ……」
「もう、素直になりなよ。ほら」
「キッ」
奪い取ったバナナを一気にほおばるお猿さん。頬をとろけさせて、満足げ。
それを見てたのか、微妙な距離にいた小鳥たちが催促にやってきた。頭や肩や膝に乗られて、最初こそ、
「わ~、小鳥と仲良しなんてディ○ニープリンセスみたいでステキ!」
なんて喜んでたけど、これ違う。
ただのカツアゲだ。
「待って、ちゃんとみんなにもあげるから! ぶ、髪食べないで! ハゲるわ!!」
小鳥の中には魔物も混じってる。つまり、私の眷属も混じってるってことだけど……ご主人様にカツアゲって、もしかして私、すごくなめられてない?
「うにゅ、姉さま……?」
キィキィ、ピーピー
この騒ぎで、ウィルも起きてしまった。
「ウィル、助けて。ひゃぁ!」
「こらー! みんなメッ!だよ!」
天使の一喝の威力はすさまじく。
その場は水を打ったように、一瞬で静かになった。
空中で羽ばたきを止めた小鳥が、ころっと床に落ちる。
「ぼく、姉さまをいじめる子はきらいです」
なんということでしょう。
小鳥たち+お猿さんが「ごめんね」というようにウィルにすりすりしだした。遠慮がちに、上目遣いに、みんなウィルに嫌われるのだけは耐えられないみたい。
私への態度とえらい違いだ。
「ふふん、ウィルは私のことがいちばん好きだもんねー?」
ウィルを抱きしめながら、小鳥たち+お猿さんをによによ見下ろす。いい気分だ。
「チッ」
「はい、誰ですかー、いま舌打ちしたの。私のウィルが許しませんよ~!」
うへへ。負け犬どもめ!
私たちのラブラブを存分に見よ!
「姉さま、どーしてここにいるの?」
ウィルがきゅるるんお目々で見つめてくる。
細い金髪があちこち跳ねてて、衝撃的な可愛さ。
「んー? 久しぶりにウィルとぎゅーってして寝たかったから。ぎゅーっ」
「きゃはは、くすぐったいよ姉さま」
「むぎゅーっ」
ウィルの顔色は良い。ジャイアントベアーを殺してしまったと泣いていたあのときの暗い影はもうどこにもない。
ハティはウィルをツリーハウスへ連れていき、そこで何かを話した。帰ってきたウィルは、すっかりショックから立ち直っていた。
いったい、どんな話をしたんだろう。聞いても、ウィルは教えてくれないんだよね。『おとこどうしのひみつなの』とか言って。ずるい。けど、なんかいいよね、男同士の秘密って。特別なかんじがする。
ウィルと仲良く手を繋いでおりた1階。居間に足を踏み入れたとたん、淀んだ空気がからだにまとわりついてきた。
なにこれ、なんというか、黒い……負のオーラ?
「ララ! ああ、ララだ! ララの匂い! ララ! ララ!」
「どふっ」
巨大なサンドバッグが激突してきた。言うまでもなく、ハティのことだけど。ちなみに、人間の姿。さいきん、眠るとき以外は、ずっとそう。5本指のほうが細かい作業ができて便利なんたって。
「うぅ、ララぁ、ララぁ」
すーはーすーはー私の髪の中で深呼吸してる。
「ど、どうしたの、ハティ」
「臭うだろう? べっとり、たっぷり、あの男の匂いがついたのだ! ああ、絶望だ、死んでしまう。ララを補充しなければ、いますぐに」
目尻に涙をにじませ、嘆くハティはとてもきれい……って、見惚れてる場合じゃない!
「こら! どさくさに紛れて際どいとこ触らないの!」
「ララは俺が死んでも良いと言うのか?」
「ハティは死なないでしょ、神様なんだから。ていうか……」
食卓のイスには、生気の抜けたアロンが沈んでる。負のオーラはあそこから?
「なにあれ、またケンカしたの?」
さっと視線を逸らすハティ。……怪しい。
「してないぞ! ただ、男と肩を寄せ合って眠るなど、ぞっとする。だから、ほんの少し文句を言ったり、蹴飛ばしたりしただけだ」
「一方的に? 無抵抗のアロンに? それってただの暴行じゃん! ケンカより悪いよ!」
「だっ───」
「だっては許しません」
「クゥゥン……」
狼に変身したハティの頭を、ウィルがよしよしする。こんなときだけ、可愛い姿に戻るんだから。
「……やぁ、ララ。おはよう。悪いけど、お茶、勝手に淹れさせてもらったよ」
「あ、うん……それはもう、どうぞご自由に……」
アロンの目の下には、濃いクマができている。青い瞳の色と同化して、空洞のよう。
未婚の男女が一緒に眠っていたことについて、朝からお小言があるかと思ったけど、アロンにその気力はないみたい。私が望んだ通り、単に忘れてるだけかもしれないけど。拍子抜けには違いない。
アロンがふらふらと立ち上がった。いままで気づかなかったけど、来たときのように衣服が整えられている。もちろん、髪もしっかり結わえてある。いつもより、若干ほつれ髪が多い気はするけど。メガネはなし。結局、見つからなかったみたい。
「帰るの?」
「うん。街で部下を待たせてる。行かないと……ビビたち用に調合した薬を持って、明後日また来るよ」
「だいじょうぶ? そんな調子で馬に乗れるの? 朝食だけでも、食べていかない?」
「朝食はまたこんどで。ズィは優秀だから、上で眠ってても私を家に送り届けてくれるさ」
ズィというのは、イヴの眷属の植物馬のことだ。たしかに、彼に任せればアロンは安全。
ここはおとなしく引き下がり、アロンを見送りに出ることにした。
ウィルは"めそめそハティ"を慰めるのに忙しいし、ビビたちやイヴはまだぐーすか寝てるので、私一人で。
早朝の森は薄い霧に覆われている。しめった空気がむき出しの肌にひんやりと冷たい。
私たちの気配を察してか、植物馬のズィが静かに現れた。アロンはズィに挨拶し、鞍を整える。
「アロン」
「うん?」
「アロンがいてくれて、助かったよ。ビビたちのこと、私一人だったら冷静に対応できなかったと思う。もちろん、ハティやイヴも助けてくれたけど、人間の視点で、しっかり私に意見をくれるアロンがいてくれて、よかった」
青い瞳が見開く。
しばらくして、ふう、と吐かれた息は決意に満ちていた。
手を取られ、あっと悟る。また、あの空気。だけど、強く握られた手からは逃れられない。ドキドキして、背中のあたりがムズムズして、我慢できなくて、私はやっぱりおどけてしまう。
「もう、アロンってばどうしちゃったの?」
「お願いだから、真面目に聞いて。真剣なんだ」
繋いだ手が熱い。アロンの顔は真っ赤で、いつもまっすぐな瞳がいまは下を向いている。
「私は、私はね……」
ダメ。ダメだよ、言わないで。
止める声は虚しく響き、
「君のことが、好き…………らしいんだ」
その瞬間、私を襲ったのは、予想以上の動揺だった。心の中が激しくかき乱される。
「と、とにかく、私という選択肢もあると、知っておいてほしい」
ぽつんと固まる私を置いて、アロンを乗せた植物馬は駆けていく。
どうやってログハウスに戻ったか、よく覚えてない。だけど、目の前にはみんながいるから、ここが家の中だってことは確実で……
じっと私を見るハティと目が合った。
言葉がのどにつかえる。何か言うべきだと思った。でも、何を?
ドタバタと、誰かが階段を駆け下りてくる音が割り込んできた。ビビとセオだ。
「「すみませんでしたーっ!!!」」
私の前に素早く滑り込み、二人して鮮やかな土下座を披露する。
「昨夜は調子に乗って飲みすぎてしまった。本当にすまない。我々はこの家の厄介者で、そのようなことが許される身ではないのに……て、聞いてるかい、ララ? どうした? 顔が真っ赤だぞ?」
さっと顔に手を当てる。
「うそでしょ……」
あっつい……





