70 悪夢の二次会
「まったくもう! 飲みすぎだよ!」
居間の絨毯の上、生気をなくして転がる5人。私はその間を行ったり来たりして、みんなに水を飲ませていく。
『仲を深めるには、お酒の席が一番!』
イヴの宣言で始まった飲み会は本日2回目。
そう、忘れてるかもしれないけど、イヴ・ハティ・アロンは今朝一度、へべれけになるまで飲んでるんだ。そこにビビとセオが加わって、だからこれは二次会なわけ。
病み上がりに酒など冗談じゃない!と止めるアロンを巻き込んで、ビビはハイテンションでお酒を飲み続けた。ビビは酔うとオヤジくさくなる。アロンの首根っこを捕まえて、貴族のなんたるかについて延々と説教。
ビビの変身に驚いて気絶してたセオもすぐに復活して、当たり前のように飲み会に参加。ほどなく、セオは泣き上戸だと判明。自分の剣の腕をひたすら嘆き続ける。かと思えば、ビビとアロンの距離が近いとキレだして、剣を抜くケンカに発展。
イヴとハティはやんわりとケンカの仲裁をしつつ、何百年も昔の話で盛り上がり……
ワインにエールにウイスキー、用意したお酒はことごとく消え失せた。
お父様が自慢してた、年代物のお高いお酒も。どれがそれだかわからないけど。
ああ、泣かないで、お父様。ただのコレクションだったお酒が、いまでは神様と皇女様を満足させる貢物に変わってるんだから、喜ばしいことじゃない。
そうして2時間も経てば、みんな仲良しこよし。肩を組み、意味不明な曲を陽気に歌う。
アロンだけはちょっと、ていうかかなり逃げ出したそうな顔で助けを求めてきてたけど、私は知らんぷりを決め込んでた。なんたって、あそこは魔窟だ。助けに行けば、私まで食われてしまう。
てことで、アロンの尊い犠牲に感謝。アーメン(?)
みんながお酒をあおる間、私はウィルを2階の寝室へ寝かせに行ったり、おつまみを作ったり、それが終わると、めずらしく主不在の高級ソファで本を読んだりしてた。
居間がしんと静まり返るまでは……
「信じてたのに……ぐす。助けてくれなかったね……ぐす」
横になったまま膝を抱えて鼻をすするアロン。いつも一つに結んである灰色の長髪がほどけてる。メガネもどこかで無くしたみたいで、悲壮感ただよう姿は、なんだかか弱い女の人みたいに見えた。
「ごめんよ。ほら、薬湯飲んで」
アロンの指示で煎じた酔い覚ましの薬湯を飲ませ、背中をさする。
「……ぷは。ああ、人間が恋しい。有象無象の群衆の中に埋もれたい……」
「何言ってるの。人間なら目の前にいるじゃない」
睨まれた。なんで?
「この家に"人間"はいないよ。"自分を人間だと勘違いしてる何か"ならいるけどね。まず、勇者譲りの規格外な『称号』をもつ姉弟、それから神様と、さっきまで死にかけてたのにあっという間に怪我を治して元気に飲んだくれる理解不能な肉体を持つ主従と───」
「はいはい。もう、ごめんってば……! 機嫌直してよ」
「知らない」
向けられた背中からは、もう一言も話したくないっていう意思が伝わってくる。
そんなに怒らなくてもいいじゃん。
「ねぇ、アロン?」
表情が見えないと不安で、手を伸ばして灰色の髪を払った。するとまぶたが開き、青い瞳が私を捕まえた。どきりとする。だって、その瞳があまりにも深い色をしてたから……
「待って、ララ」
引っ込めかけた手を、アロンがつかむ。ざらついた、あの感触。
なんでドキドキするんだろう。
たぶん、これはお酒のせいで上気したアロンの肌がみょうに色っぽいせい。はだけたシャツがそう感じさせるのかも。肩へ流れる長髪とか。気だるげな雰囲気で、それが……
「ララ、私は───私はね、」
「まだお水、飲む?」
つい話を遮ってしまった。続きを聞くのが怖い気がして。
「いや……」
「そうだ、今日は泊まってくといいよ。もう遅いし」
「ああ……うん、そうさせてもらうよ」
微笑んだアロンは、もういつものアロンだ。
それ以上、何も語ろうとしない。
ほっとする。
「あ、でも空き部屋はビビたちで埋まっちゃったし、どうしよう」
「このまま床で眠ればいい」
答えたのはハティだ。いつの間にか起き出して、私のとなりを陣取ってる。長い指が私のまぶたに触れた。
「さぁ、こんな根性無しは放っておいて、俺たちは愛の巣へと帰ろう。二人きりで抱き合って眠るのだ。いつものように」
ちょっとー!? 言い方!
「二人きりで……抱き合って……?」
「違うんだよ、アロン。たしかに同じベッドで寝てるけど、ハティは狼の姿に変身してるし、時々しっぽを"抱き枕"にすることはあるけど、抱き合うとかはしてなくて」
───あれ、何を必死に言い訳してるんだろ。
別にいいじゃん、私が誰とどこで寝たってさ。アロンには関係ない。
と、アロンに両肩をつかまれ、首が揺れた。
「未婚の男女が同じベッドで眠るだと!? 君の貞操観念はどうなってる!」
ひぃ……!
顔怖いよ!!
「で、でもさ、ハティは狼の姿で」
「姿がどうだろうが関係ない。一緒に眠っているのは、君のことが好きだと公言している男だぞ! 男なんだ! 力ずくで、君を好きにできてしまう!」
なまじ身に覚えがあるだけに、反論できない。すーっと視線を反らすと、その仕草でアロンにはすべてわかってしまったらしく……
「バカ! ほんと、君ってば無防備にもほどがある! ハティどの、未婚の男女が寝所を共にするなど、あり得ない。人間のルールはご存知でしょう。ララの無知につけ込まないでいただきたい」
「俺は神だ。人間のルールなど知らん」
「じゃあ、いま知れ!」
「ララは俺と眠りたいだろう? 『ぬくぬくして気持ちいい』とよく言っているものな」
「だめだ! ララ、嫌だと言うんだ。はっきり言ってやらないと、このバカ神はわからない」
「ええっと、ええっと……」
二人とも酔ってて、ハティは意地悪だし、アロンは口調が荒いし、なんだか怖い。
「わ、私は2階でウィルと寝る!」
「なっ」
「うん、それがいいね」
絶句するハティと、満足げに腕組みするアロン。
「だから、私のベッドはアロンとハティで使うといいよ!」
「「……は?」」
「二人でいっしょに寝て! ね、キングサイズだから二人でも問題なく広く使えるよ!」
うんうん、ナイスアイデア!とばかりに、二人を続き部屋のベッドルームに押し込む。
「ララっ」
「仲良くするって約束したでしょ、ハティ。ちゃんと二人でベッドで寝てね。どっちかが床とか、だめだよ? じゃ、そういうことで。おやすみ!」
すがりついてくるハティの腕をほどき、呆気に取られてるアロンの鼻先で扉を閉める。それから私は一目散に二階へ駆け上がった。
面倒くさいことは明日考えよう!
どうせ今日のいざこざも、酔っ払いの二人は明日になったら忘れてる。たぶん。





