61 お酒の力で仲良く?
開け放った窓から植物馬の蹄の音がしたので、食器洗いを中断。スカートの裾をたくしあげて、急いで庭に出た。
一週間に一度から、3日に一度に変更した薬草取り引き。今日はアロンがやってくる日だった。
植物馬からおりてこちらに歩いてくるアロンを発見。小走りで駆け寄る。
「どう? 可愛い?」
くるんと回って黄色いワンピース姿をお披露目する。恥ずかしい。けど、喜んでるところを見せるのが、買ってくれた人への礼儀だから。と、思って頑張ったのに、
アロンってば、ぽかんとしちゃって、何も言ってくれない。からかいでも何でもいいから、何か感想を言ってほしかったのに。
笑顔でくるんと回ってみせたりして、私、バカみたい。
みるみる顔が熱くなった。
「"馬子にも衣装"ってかんじ?」
ふざけて言ってみると、
「馬子だって?」
思いの外、強い声が返ってきた。
「君は元から美人だし、黒い服のままでも怖いくらいきれいだったよ。衣装が整えば、それはもう破壊的な───」
言ってから、ハッとしたように口をつぐむ。
「あ、暑いね、今日」
たしかに、今日は暑い。ローブなしのアロンの軽装(細身の黒パンツに、ゆったりとした白シャツと前開きの青いベスト)も、そのためだろう。
でも、アロンが言った「暑いね」は、誤魔化しだった。
アロンは咳払いをひとつして、さっさとログハウスの戸をくぐる。
私はしばし呆然。
とんでもないもの見ちゃった。
アロン、顔、真っ赤だった。
にんまり笑う。もしかして、可愛いワンピースを着た私に見惚れたの?
アロンの国では黒髪は珍しくないそうだし、その点で"ララ"の容姿に嫌悪感はない。そうなると、アロンが見惚れるのも仕方ないよ。私ってば、イケイケの妖艶系美少女だし。ふふ、アロンも男の子だね~。
「ねぇねぇねぇ、こっち見てってば」
「うるさい」
私があんまりからかうから、アロンは真っ赤な顔を手で隠して、すっかりへそを曲げてしまった。
「ケンカしたのか?」
ハティが聞いてくる。ちょっと嬉しそう。
「してないから」
「なんだ、違うのか」
「約束したでしょ?」
「"みんなで仲良く"。わかっている」
うんざりしたように、ハティが目を回した。
「ありがとう」の意味を込めてたくましい腕をさすってから、キッチンへ。
『冷蔵庫』からオレンジジュースの瓶を取り出す。今朝のしぼりたてだ。ちなみに、ハティ作。あの大きな手にかかれば、ジュース作りは一瞬だ。
うん、よく冷えてる。
時間停止機能付きの『収納』のおかげで食材の保存には困っていないけど、『冷蔵庫』は別の意味でたくさん活躍している。
たとえば、下味をつけた食材を、味が馴染むようにちょっとねかせたり、パン生地を低温発酵させたり。もちろん、ジュースや果物を冷やしたりね。冷凍庫もあるから、氷も作れる。
オレンジジュースをグラスに注ぐ。アロンと、ハティとイヴの分。ウィルの分はなし。ウィルはいま、小動物たちと一緒に森へ行ってて、ログハウスにいない。
さいきん、ウィルはハティの護衛なしで森へ入ることを許されている。ハティがいなくても、ウィルをしっかり護れる(ハティがそう断言してる)『眷属』の魔物たちがいるからだ。
台風を起こせたり、治癒の魔法を使えたり、火を吹けたり、眠くなる霧を出せたり、彼らがウィルの側にいれば、ウィルは安全なんだって。おかげで、以前にも増して、ハティが私の側を離れなくなった。
オレンジジュースのグラスを、アロンの前に置く。アロンは冷えたジュースを一気に喉に流し込んだ。寒くなったのか、ぶるっと震える。
「助かる。今日は暑いから」
「そうだね、今日は暑いから」
話に乗ってあげたのに、キッと睨まれてしまった。
これ以上にまにま笑ってると本格的に怒られそうだから、この辺でやめておく。
と、ドカッと音を立てて、ハティがアロンの真向かいの椅子に腰を下ろした。
「おい、人間」
まっすぐアロンを射抜く、灰色の双眼。
突然話しかけられ、アロンは困惑した顔をハティに向けた。
「仲良くしよう」
「は?」
ハティ、ド直球。良くも悪くも、まっすぐなんだよなぁ、ハティって。
ていうか、そのしかめっ面。「仲良くしよう」の顔じゃない気がするけど。
ソファに座るイヴと目配せ。イヴはにやにや笑って、成り行きを見守るつもりだ。
「ララの望みだ。ものすごく嫌だが、俺はお前と仲良くする」
「なるほど、そういうことですか……」
「とりあえず、その堅苦しい敬語をやめろ」
「いえ、それはさすがに。あなた様は、神様ですし。一応」
"一応"に、ぴくっとハティが反応した気がする。口の端がわずかに震えてる。
「では、堅苦しくない程度に抑えろ」
「……努力します」
「はーい、じゃあ仲直り記念に握手しましょうね~」
パチン、と手を叩いてイヴが立ち上がった。床まで届く緑の長髪を揺らして、テーブルまでやってくる。
「俺たちは別に、ケンカをしていたわけではないぞ」
「いいから、いいから~」
「お、おい、やめっ」
イヴはアロンとハティの手を取ると、無理やり握手させてしまった。
ハティは本気で抵抗してたのに、それでも握手を成功させちゃうイヴって……もしかして、ハティより強い?
「ララちゃん、お父様のコレクションがあったわよね?」
お父様のコレクション。コーネットの屋敷に溜め込まれていたたくさんの貯蔵酒のことだ。
腹いせに根こそぎ奪ってきたそれは、いまでは料理の香り付けにちびちび使っている程度。
でも、お父様のコレクションのこと、イヴはどうして知ってるの? 話したことあったっけ?
「あるけど、どうするの?」
「仲を深めるなら、お酒の席が一番なのよ」
そこから大人三人の酒盛りが始まった。この国の基準では一応成人、だけど、気分的には未成年な私はさっさと退散する。
まだ朝と呼べる時間なのに、部屋の中は早くもお酒臭い。匂いだけで酔っぱらいそうだよ。換気しなきゃ。
絨毯の上に座り込んだ三人は肩なんか組んじゃって、すごく楽しそう。見てる私まで楽しくなってくる。
お酒で仲が深まるっていうのは、本当なのかも。でろでろに酔ってるし、「仲良く」した記憶が明日まで持ち越されるか怪しいとこだけど。
顔を寄せ合って、何を話してるんだろう?
耳をそばだてると……
「笑顔」
「えくぼ」
「左目の下にある泣きぼくろ」
「照れたときに怒った口調になるとこ」
「バカがつくくらいお人好しで騙されやすいとこ」
"ララの可愛いところを上げよ"ってお題で盛り上がってるらしい。恥ずかしすぎる。ていうか、アロンまで普通に参加しないでよ。
おつまみにと思って作ったアスパラの肉巻きを三人の真ん中に置いて、私は庭に逃げ出した。
「ララちゃーん、『シャインマスカット』持ってきて~!」
背中にイヴの命令を受けたので、またすぐ戻らなきゃいけない。にひひと笑う酔っ払いのイヴは、たちが悪そうだ。戻ったら絡まれること間違いなし。突如始まったファッションショーに着せ替え人形として参加させられるかも。昨夜の悪夢を思い出して、ひやっとする。
「姉さま」
ハッとして、振り向く。
嫌な予感がした。私を呼んだウィルの声が震えていたから……
そして、嫌な予感というのは当たってしまうものだ。
涙をいっぱいにためたウィルが、血だらけでそこに立っていた。





