52 日本人の心を思い出す
キッチンに立ち、朝食作りに取りかかる。
お醤油を使ったお料理か。何がいいかなぁ。
『収納』の中にある食材を確認。意識を集中させれば、頭の中にリストが現れる。お肉か、魚か、順に見ていくと、鶏肉に目が止まった。アカツキの街で、新鮮だと勧められて購入したものだ。
照り焼きチキンでも作ろうかな。パリパリに焼いたチキンを醤油と砂糖で甘辛に味付けして、それをパンに挟んで、サンドイッチに!
マヨネーズを塗って、レタスとトマトとチーズを挟んで……うん、完璧!
トウモロコシがあるから"コーンバター醤油"も作ろうっと。ステーキの鉄板の上に付け合せとしてよく出てくるあれ、美味しいんだよなぁ。
じゅるり、と口の中が潤う。
「ぼく、オクラ食べたい! とってくるね!」
ウィルの最近のお気に入りはオクラだ。マヨネーズがあれば、延々と食べ続けてる。
オクラとマヨネーズのコンビは最強だと思うけど、うちにはもっと他に、美味しい野菜や果物がいくらでもあるじゃない? なのに、あえてオクラ。変わってる。
私はあのネバネバ、小さい頃苦手だったよ。
ウィルは好き嫌いなく色々なものを食べてくれるんだけど、好きなものはずっと食べ続けるっていう偏食傾向がある。気をつけて見てないと。
熱したフライパンに、鳥肉を投入。パチパチと油が跳ねた。
………しかし、気が散るなぁ。
「あのさ、ハティ、お願いだから少し離れて」
「嫌だ」
アロンがやってきてから、ハティはずっと私の背中に抱きついてる。ちょうど、子どもがお気に入りのテディベアを抱えて離さないように。
妙に体がポカポカするのは、ハティの体温のせいか、私が緊張してるせいか、それはわからない。
「火、扱ってるから危ないの。火傷しちゃうよ」
「ララが火傷するのは、駄目だ……」
ハティが火傷しちゃうよって意味だったんだけど。
しぶしぶといったかんじで体を離すハティ。と思ったら、私のワンピースの裾を握ってる。
ねぇ、ハティってこんなに甘えん坊だったっけ?
………そうだったかも。これまでは狼の姿だったから気に留めていなかったけど、ハティはいつも私にくっついていた。
ハティの態度はこれまでと変わらないのかもしれない。でも、狼の姿と人間の姿とじゃ、受け取る印象がぜんぜん違うよ。
例えば、今朝、まぶたの上に軽く落とされたキス。
あの仕草は、狼の姿のハティがよくしていたものだけど、"キス"って印象は受けなかった。だけど今では、「あ、キスされた」って思っちゃう。で、顔が真っ赤になって、挙動不審になるの。
私が変に意識しすぎなのかなぁ。
「ハティ、パン切ってみる?」
ずっと後ろで裾を握られてるのもなんだからね。
聞くと、ハティは目を輝かせた。
「やってみる」
包丁を握るのは初めてのはずだけど、ハティの包丁さばきは完璧だった。長い指が、なめらかに動く。
「すごい、上手!」
「ララの作業をずっと傍で見ていたからな」
口元が緩んでる。褒められて嬉しいとか、照れるとか、そういう感情がぜんぜん隠せていない。
人間の姿になるって、こういうことなんだなぁと思った。これまで、狼の姿ではわかりにくかった表情の変化が、簡単に見て取れるようになる。
ハティはこんなに、表情が豊かなんだ。
「いい香りだね」
まったく気づかなかったけど、アロンはさっきからそこにいたみたいに、壁に背を預けていた。
ハティが警戒モードに移行する。ようするに、私はまたハティのテディベアになったってわけ。
勘弁してよ。せっかくいいかんじの距離を保ててたのに、まったく。
アロンとハティの視線が絡み合う。いたって穏やかな目をしたアロンからも、いらだちが透けて見えるのはどういうわけだろう。
この二人はいつまで経っても仲良くなる気配がない。
と、アロンが視線を外し、今度は私を見た。やれやれと首をふる。
「君って、やっぱりちょっとずつ残念なんだよね」
はぁ? 急に何? 喧嘩売ってるのか? おうおう、買うぞ?
「口元、タレがついてる」
なんですと!
急いで口元に指をはわす。
さっき味見したときかな。恥ずかしいな、もう。
「違う、そっち」
「ここ?」
「ここ」
ふっと表情を緩めたアロンが、腕を伸ばしてくる。唇を撫でられ、思わずびくっとした。
「あ、ありがと……」
ハティとは違う、少しざらついた手だった。職人の手っていうのかな。薬作りで荒れてるのかも。
頑張ってるんだなぁ……
「触るな!」
「うおっと」
後ろに引っ張られ、ハティの胸に後ろ頭が当たる。
ぐるる、と低い威嚇音が喉から漏れてる。
降参ポーズをするアロンに視線で謝ってから、ハティには「めっ」とお叱りを飛ばしておく。「だって」は許しませんからね。
「……なるほど、厄介だな」
「ん?」
一瞬、アロンの「なるほど」が何に向いているのかわからなかった。
「これ、」
指差され、ああ、と頷く。
照り焼きチキンサンドのことね?
「醤油で焼いた鳥肉をパンに挟んでるのか」
メガネのわきを親指と中指でくいっと押し上げながら言う。
意外そうな声だった。
「ミナヅキ王国では、こういう食べ方は珍しいの?」
「醤油を使った料理なら、まず"米"を合わせるよ。パンと合わせるのは珍しいかな………どうしたんだい、ララ?」
このときの驚きといったら……!
私はわなわなと震えていた。
こ、米、米………!!!
「この世界にもあるの!?」
「あ、ああ」
「それも勇者が!?」
「そう、よくわかったね」
おお、勇者様。あなたは神様ですか。この世界でも、お米が食べられるなんて。ありがとうございます。ありがとうございます。
「よければ買ってこようか。あ、でも君なら『植物創造』でいくらでも作り出せるか」
……………え?
えぇ!!!!!
そうだよ、なんで思いつかなかったんだろ。作れるよ、お米。田んぼがなくても、たぶん。だって『植物創造レベルMAX』は、季節も土壌もガン無視で、どんな植物でも『創造』できちゃうんだから。
「ああああああああああ」
絶望だ。日本人だった記憶を取り戻りて約2ヶ月。お米食べたいなぁって、どこかで思ったことが何度も………え、あれ? なかったかもしれない。
嘘でしょ。
うわ、うわ、これがパン食に慣れきってた弊害か。
「いやぁぁああああああっ」
ごめんなさい。日本人の心を忘れていたことをお許し下さい。誰に謝ってるかわかんないけど、とにかく、申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!
突然の私の錯乱に、ハティとアロンがおろおろしてる。ごめん、今は放っておいて。思う存分、落ち込ませてくれ。
「姉さま、だいじょうぶ? なんでないてるの?」
いつの間にか床に突っ伏していた私。顔を上げると、しゃがみこんだウィルと目が合った。いい子いい子してくれる。最近、姉さまをいい子いい子するの、好きだね。マイブームってやつかな。そのブーム、一生続いてください。
「大丈夫。いま希望の涙に変わったところだから」
いま気づけたのは幸いだったよねっ。これから『創造』すれば問題ナッシングだ。日本人の心は取り戻せる。きっと。
「復活!」
「わーい!」
パチパチ、ウィルが拍手してくれる。
お米があるということは、米酒も、みりんも、味噌もありそうだな。よーし、アカツキの街に買い占めに行こうっと。
そんでそんで、ウィルにたっくさん美味しい和食を食べさせてあげるんだ!





