43 ミナヅキ王国進出計画 レベルアップ〜『収納』レベル4
「あの町に、コーネットの追手がもうすぐ到達するとの情報が入ったんだ」
午後のティータイム、紅茶で一息ついたアロンは、突然、そう話を切り出した。
あの町とは、私がいつも買い物に出る、アロンが住む町のことだ。
心臓がぎゅっとなる。
彼らはまだ、私達を諦めていない。
「買い物に出るなら、もうあの町はやめたほうがいい」
何も知らずに町へ行き、追手と鉢合わせするシーンが頭に浮かんだ。怖すぎ。
「わかった。情報ありがとう」
こういうとき、つくづく感じるよ。アロンが味方になってくれてよかったって。
代わりの町が必要でしょ?とアロンは続ける。
「ここから西の方向に、ミナヅキ王国のアカツキという街があるんだけど───」
私達が拠点にしている『中立の森』は、4つの国に接している。
接しているのは、以下の4カ国。
・リーベル王国
・ミナヅキ王国
・タリス王国
・トランスバール帝国
リーベル王国は、私の故郷。
ミナヅキ王国はアロンの故郷。
いつも買い物に出ている名も無き町が所属するのが、タリス王国だ。
アロンが指定したのは、彼の故郷、ミナヅキ王国にある街だった。
「私もこれを機に、アカツキに拠点を移す。もし買い物に出るなら、街中を案内するよ」
「私は助かるけど、アロン。わざわざミナヅキ王国の街に拠点を移すなんて、大丈夫なの?」
アロンはミナヅキ王国のノヴァ侯爵家の跡取り息子。だけど、家を継ぎたくなくて薬師をしながら世界中を逃げ回っている……たしか、そうだったよね?
「国に帰ったら、お家の人に捕まるんじゃない?」
「大丈夫。アカツキを治める辺境伯は私の顔を知らない。領内をうろついても、私がノヴァの跡取りだとはバレっこないさ」
逃げることに関して、アロンは相当の自信があるらしい。黒い笑みはどこか面白がっているふうすらある。
「アロンがそう言うなら、いいけど」
「さっそくだけど、来週はどうかな?」
「へ?」
「取り引きのあと、アカツキの街へ出ない? それまでに引っ越しは済ませておくからさ。ここからなら、"植物馬"に乗って2時間もあれば到着できるはずだよ」
ぱしっと、稲穂しっぽが私の足を叩いた。ハティだ。また不機嫌になってる。
「………俺が送っていくからな。馬に二人乗りは駄目だ」
「うん! ありがとう」
頭を撫でて笑いかけると、ハティはたちまちフニャ顔になる。
アカツキは、辺境伯の直轄地だけあってかなり大きな街で、これまで買い物をしていたタリス王国の田舎町よりもずいぶん発展しているらしい。
タリス王国の田舎町になかった物も、手に入るかもしれない。
たとえば、生地の良い服とか、調味料とか。
楽しみだなぁ。
「それから、君の『称号』の件だけど」
「ほへ?」
いけない。だらしない顔で振り向いちゃった。
アロンの眉間にシワがよる。
すみません、ちゃんと真面目に聞きます。
「君が調べてほしいと言っていた『安寧の地』、やはり未確認の称号だったよ」
アロンには、私のスキル(称号)『安寧の地』を他にも持っている人がいるのか、調べてもらっていた。
教会は『判定式』で判明した『称号』を公表している。問い合わせれば、ここ200年ほどに出た『称号』ならば、けっこう簡単にわかるらしい。
しかし、"未確認"か。
『安寧の地』は、私だけのスキルなのかな……
そうだといい。
敵やその攻撃を一切通さないドームに囲まれる、インフラ設備のすべて整ったログハウス。
もし戦いになったとき、『安寧の地』の性能を知らない敵は、きっと混乱する。そのぶん、こちらが優位に立てる。
ちなみに、『植物創造』『真実の目』『体力∞』は、私とウィルだけの称号だってことはわかってる。過去、誰にもあげたことがないと、ハティとイヴが証言しているからだ。
しばらくすると、アロンとイヴの薬草談議が始まった。私とハティはこっそり席を離脱する。
薬師にとって植物の神様が目の前にいるのは最高にテンションのあがる状況らしく、アロンは鼻息は荒く、様々な植物についてイヴと議論を戦わせる。面倒くさがりなイヴがちゃんと相手をしているのは意外だ。
……て、それはいいんだけど、アロンは私とハティまで無理やり議論に参加させようとするから嫌なんだよね。議論の内容なんて意味不明だし、私はハティをモフってるほうが楽しい。ハティも私にモフられてるほうが楽しい(たぶん)。てことで、二人で避難。
「さて、引っ越しの準備もあるし、そろそろ私はお暇するよ。薬草をお願いしていいかな?」
一時間ほど経ち、アロンが満足顔で手を鳴らす。たいへん、肌艶の良いことで。
アロンを連れて庭に出る。なるべく新鮮なものが欲しいというアロンの要望に応えて、その場で『創造』したものを渡す。
アロンは畑にしゃがみこみ、青い目を爛々と輝かせている。
薬草が『創造』される場面を見るのは、アロンのお気に入りの一時だ。
今回の注文は、三種類の薬草。
何に使うのかなぁ、と『鑑定』すると…
《月草。ハイポーションの素材。高原の岩場に独生。10年の年月をかけ月の光を栄養に育つ》
《下虫草。下剤の素材。川辺に群生。クダシ虫の死骸を栄養に育つ》
《ナナホシの花。惚れ薬の素材。砂漠に独生。硫黄を栄養に育つ》
惚れ薬!! アロンはそんな怪しげな薬まで作ってるんですか。ちょっとびっくりだよ……
とはいえこちらもプロですから、薬の用途については深く突っ込みませんけどね。
ていうか、『月草』、育つまでに10年かかるんですか。
『ハイポーション』が"伝説級"の薬になるわけだわ……
そうして「さよなら」の時間はやってきて、ウィルとハティと私で、アロンをお見送りする。
「またね、アロン!」
突進のようなウィルのハグにも、アロンは笑顔で対応する。仲良しな様子は兄弟みたいで、微笑ましい。
「───そうだ、ララ」
植物馬の鞍を調整し終えたアロンが、私を振り返る。
「『ミナヅキ王国』が黒に寛容だからって、変装なしでアカツキへ行こうなんて思ってないよね?」
どきっとする。
うん、まさに、ローブいらなくね?とか思ってました。だってさ、
「黒髪黒目が珍しくないなら、変装しなくても街に紛れ込めるんじゃないかな? 逆にローブで変装するほうが、『何かあるのか?』って怪しまれない?」
「君の容姿は、黒髪黒目が珍しくない街でも目立つんだよ。ローブのほうがまだ目立たない」
「でも」
「馬鹿」
頬をつねられ、顔を覗き込まれる。
不機嫌そうな深い青が私を射竦めた。
「君ね、そろそろ自分の容姿の美しさを自覚したほうがいいよ」
か、顔! 顔、近いよ……!
アロンこそ、自分のイケメン具合を自覚した方がいいと思う。心臓に悪いわ!
「ふっ……こうしてるとブスなのになぁ」
散々私の頬を弄んだあと、アロンは植物馬にまたがり「じゃあまた来週、ここで」と去っていった。ドギマギする私を残して。
………て、なんでドギマギしてるんだよ、私!
「クソが」と荒く吐き捨てたハティが、私の頬を舐めた。これでもかと、ずっと舐めてくる。
「わ、待って、ハティ、ちょ、やめ」
「じっとしてろ」
「や、くすぐったいよ」
その夜、新たなレベルアップの知らせが頭の中に響いた。
《レベルアップ!『収納』レベルが4になりました。容量300㎥を開放します》
・ララ・コーネット
・14歳
・スキル:『鑑定レベル4』『収納レベル4』『安寧の地レベル4』『体力∞』『植物創造レベルMAX』
・眷属:ピッピ他(一角獣×4)、アオ(ブルーサファイア)、モカ他(火鼠×5)
・ウィル・コーネット
・6歳
・スキル:『剣聖』『体力∞』『真実の目レベルMAX』
・眷属:ピッピ他(一角獣×4)、アオ(ブルーサファイア)、モカ他(火鼠×5)





