41 人たらしなララ
今日は週に一回の薬草取引の日。アロンが植物馬に乗って私達の拠点までやってきた。
「…………家、大きくなってないかい?」
ログハウスを見上げ、アロンは顔を引つらせた。
先週アロンが来たときは、まだ『簡易』ログハウスの時だったからね。
たった1週間でここまで様変わりしてたらびっくりもするか。
「レベルアップしたんだよ」
「レベルアップ……この家は成長するわけか……」
「そういうこと。さ、どうぞ」
アロンをログハウスに通す。
と、アロンがまた顔を引つらせた。
「………部屋が増えてる」
「あ、人間の男! また来たの?」
イヴがソファから立ち上がる。
……そろそろちゃんと名前で呼んであげてほしいな。
「お邪魔いたします」
挨拶するアロンは、イヴを見て目を瞬かせている。イヴの美しい容姿はあり得ないほど完璧で、見慣れるまでに苦労する。さすが、美の女神。
「あ、アロンだ!」
とてとてとウィルがやってくる。
アロンがハグで受け止めた。「やぁ」と挨拶する。
アロン、意外と面倒見がいいんだよなぁ。ウィルは『真実の目』でそのあたりを敏感に察知してるのか、アロンによく懐いている。
「あのね、おともだちがたくさんできたんだよ。きて、みせてあげる」
「………ララ、ウィルくんが腕に抱いてる生き物は何だい? 一角ウサギのように見えるのだけど……どうか見間違いだと言ってくれ」
「見間違いじゃないよ。その子は一角ウサギのピッピだよ」
「まさか、魔物を手懐けているのかい……?」
「ウィルは魔物や動物と仲良くなれる『スキル』を持ってるの」
「………本当に、君達姉弟はどうなってるんだ。会うたびに常識が破壊されていくようだよ」
「よかったね。常識にとらわれない、広い視野を持った人間になれるよ」
あれ、なんで睨むんですか。解せぬ。
「はやくいこうよ~!」
ウィルが腕を引っ張り、アロンを連行していく。
アロンはいつも、午前10時ごろにうちに来る。そこから、お昼までウィルの遊び相手をして、昼食をみんなで食べて、私達への"常識指導"をしたあと、帰り際にささっと薬草取り引きを済ませる。
アロンは薬草取り引きのためにうちに来ているはずなのに、最近ではすっかり、薬草取り引きが「ついで」の立ち位置だ。
「ララ、今日が私の命日にならないよう祈っておいて」
「大丈夫。ならないから。……毎度ごめんね、アロン。すぐにお茶を淹れて、持っていくね」
いつも進んでウィルの遊び相手になってくれるアロンだけど、今日は魔物の"お友達"も一緒だからね……心中察するよ。
顔面死んでるね。頑張って。強く生きて、アロン。
「ああ、そうだ。これ、お土産」
アロンが渡してきた麻袋を広げる。
「魚だ!」
「海の魚だよ。珍しく、市場で売り出されていたから」
あの町の近辺には海がない。時間停止機能付きの『収納』でも持っていない限り、生物の鮮度を保っての運搬は難しく、だから、町の市場に海の魚は滅多に並ばない。
けっこう大きな魚だな。『鑑定』っと。
《銀サコ。淡白な白身魚。深い海に生息する》
ふむふむ。淡白な白身魚なら、パン粉をつけてフライにしたらいいかも。
『創造』したトマトでソースを作って……
あ、クリームソースを加えても美味しいかも。
「ありがとう! 海の魚は久しぶり。お昼はこれを料理するね」
「お、今日も美味しい食事にありつけそうだね。買って来たかいがあるよ」
「さては、自分が食べたくて買って来たんでしょ」
「バレた?」
眼鏡の奥、青い瞳を細めるアロンはにっこにこだ。憎たらしいほどイケメンだな。
「アロン~、まだぁ~?」
「今行くよ。ララ、お茶はいいから、お水を一杯もらえるかい?」
冷たい水道水をコップに注いで、手渡す。ぐい、と一気に飲みほしたアロンは覚悟を決めたような顔をしていた。
ウィルに連行されていくアロンを、苦笑しながら改めて見送る。
さて。ちょっと早いけど、お昼ごはんの準備に取りかかりますかね。
「なぜあいつをここへ呼ぶ?」
キッチンで魚を捌き始めたところで、背中にすり寄ってきたハティが不満そうに言った。
『あいつ』とは、言わずもがなアロンのことだ。
ハティはアロンが苦手、なのはわかってるけど……
「かりかりしないで、ハティ。週一回の取り引きをここでするっていうのは、もう決まったことじゃん。それに、アロンは私達の潜伏生活を助けてくれる大切な協力者だよ」
「わかっている。だが、あいつはララに対してあまりに馴れ馴れしい。腹立たしくてかなわん」
「お友達って、そういうものじゃない?」
「そうだろうか。俺には友がいないから、判断がつかない」
「お友達、いるじゃん。私と、ウィルと、イヴ。私はハティのこと、親友くらいに思ってたけど、ハティは違うの?」
「………ララとウィルは、友ではなく、家族だ。イヴはただの居候」
ハッとする思いがして、調理の手を止める。
「家族、そうだよね。ハティは友達より、大切な存在だ。友達とは、違うか。ごめん」
「わかればいい」
パタパタとしっぽが振られる。もふもふ艶やかな質感に、たまらず抱きついた。
ふにゅ〜〜、気持ちいい。
表面は冷たいのに、毛の中に手を入れると温かい。
「………俺以外の男にあまり愛想を振りまかないでくれよ、ララ」
苦笑する。
「愛想振りまいてなんかいないよ」
「ララは人たらしだからな。みんなララを好きになる。これ以上変なやつを引っ掛けてこないか心配だ」
「そんなことないってば。もう、心配性だなぁ」
うりうりと顔のあたりを撫でると、ハティは気持ち良さそうに表情を緩めた。
ハティがいてくれてよかったなぁ。私一人だと、この潜伏生活は絶対にうまくいかなかった。確実に、逃走初日に魔物に食べられて死んでたよね。
いつも心配してくれて、守ってくれて、私とウィルは安心して過ごすことができる。毎日心が温かく満たされて、幸せ。
「それにしても、イヴが『ただの居候』っていうのは可哀想じゃない?」
「あいつに関してはそれくらいの扱いが丁度いい。一線を引いておかないと、一生付きまとわれることになるぞ」
「聞こえてるわよぉ~?」
イヴがキッチンの入口の壁にもたれかかっていた。
こうしてじっとしてれば、とんでもなく美しい女神なんだけどな。如何せん、残念な部分を見すぎて、この美貌にも気後れしなくなった。
するりと腕を絡められる。
「そんなに心配しなくても、一生付きまとうに決まってるじゃない。こんないい子、逃さないわよ」
「くそ、だからお前に頼るのは嫌だったんだ」
「んふふ、あの時のあんたの慌てようは見物だったわねぇ。百年は笑いのタネにできそうよ」
ジャイアントベアーに負わされた怪我を治してくれたのはイヴで、自分は治癒魔法が使えないからと彼女を呼びに行ってくれたのがハティだった。
もう一月半ほど前のことになる。そんなこともあったなぁ、と懐かしい。
「やだぁ、ララちゃんまたお胸が大きくなったんじゃないのぉ?」
う……確かに、そうなんだよね。最近、屋敷から持ってきたワンピースの胸元が苦しくなってきた。生地がいいからずっと愛用してきたけど、そろそろ買い替えないとだめかなぁ。
「ずるいわ。同じものを食べてるのに、どうしてこんなに差ができるのよ」
イヴはどちらかというと、スレンダーな体をしてるもんね……
でもそれが美しいんだけど。
と、長い指が胸元に侵入してきて、揉まれた。………は!?
「ちょ、やめてよイヴ……っ!」
一気に顔が熱くなる。ブラもないから、揺れる揺れる。
「いいじゃない。減るもんじゃなし」
やだ、もう、そんなところ誰にも触らせたことないのに……!
悲しいかな、前世も含めてな……!
「は、ハティ……」
涙目で助けを求めるも、ハティは顔をそむけて震えてる。
ちょ、えぇー! なんで、護衛騎士でしょ!
今こそ助けてよ〜〜!
イヴがにやにやとハティを見る。
「あら、反応しちゃった?」
「せんわっ!」





