37 『もしも』の時のエクストラポーション
「イヴ、薬を探しに行ってくれてありがとね」
アロンに"リンゴ絞り"を頼んでから、ソファでくつろぐイヴにお礼を言いに行く。
「いいのよ~。手柄はあの男に横取りされちゃったけどぉ。ま、今回不要になったこの薬はとっておきなさいな。『収納』しておけば効果が薄れることもないでしょ」
「くれるの? これ、すごく高価な薬なんじゃない? アロンは"神話級"の薬だって」
言いながら、手の中の赤い小瓶の存在感が増したように感じた。"神話級"など、いかにもヤバそうだ。たしか、死からも蘇らせるとかなんとか……
「せっかく作ったのだもの。もらってくれなきゃ困るわ」
「イヴが作ったの?」
でも、イヴは水属性の魔法が使えないから『ハイポーション』だって作れなかったはず。
「正確には、『水の神』との合作ね」
水の神……! 新しい神様が出てきた!
獣の神に、植物の神に、水の神! おお……!
ぜんぶで何人いるのかな。
「魔法で作り出す清らかな水をもらったんだね」
「そういうこと」
「この薬は、『死からも蘇らせる』って本当……?」
「本当よぉ。"死んですぐの生き物"って条件はつくけど、どんな生き物でも蘇らせることができるわ」
小瓶を握る手が震えてくる。
「そんな凄いもの、私の手には負えないよ……持ってるの、怖い」
「いいから、持っていなさい。ウィルくんや、将来できる大切な誰かに『もしも』があった時のために、ね」
『もしも』か。そんなことがないように願うけど……
たしかに、持っていれば心強いか。
「わかった……もらうね。ありがとう」
ぎゅっとハグをすると、イヴも応えてくれる。
「お礼はマンゴーとオリーブオイルでいいわよぉ」
やっぱりイヴはブレないね。くす、と笑ってしまう。
「今回は最高級『シャインマスカット』も付けさせていただきます」
「キャーッ、また新しい果物? 幸せの予感……!」
『エクストラポーション』は速やかに『収納』した。
「あの、絞り終わったけど、これはどうすれば……?」
二人がけのテーブルの上で作業をしていたアロンがリンゴ汁の入ったボールを持ってくる。
あちゃ、手がベダベタだ。
『キッチン(小)』に案内すると、蛇口をひねるタイプの水道にひどく驚かれた。
やはり、水道はこの世界にはない技術のようだ。
これでトイレに案内したら、また腰抜かすだろうな。ふふ、ちょっと楽しみ。
「甘い香りがするな」
背中にウィルを乗せたハティがボールを覗き込み、ぺろりと舌を出す。
甘い物好きだもんね、ハティ。
「めっ、だよ? ハティ。ちゃんとうつわについでもらわなきゃ。おぎょうぎがわるいんだよ?」
お兄さんぶって言うウィルが破壊的な可愛さで、ガツンと頭をやられた。
『めっ』てなんですか。『めっ』て。
私にも言ってぇぇぇぇっ!
「君ってばホント、美人なのに残念だよね……」
しみじみって感じでアロンが言う。
「そうなんだ。イヴは美人だけど残念系駄女神なんだよ……」
イヴってば、さっきまで喋ってたのに、もうソファで大の字になってぐーすか寝てる。お客様の前だっていうのに。
スカート、太ももまでめくれてるよ。際どい。
「違う。君のことだよ、ララ」
ハッと私は自分の姿を確認した。
変装用のローブは暑くて脱いでいた。顔半分を隠すレースつきのミニハットも、いつの間にか、無意識に、取っていて……
つまり、今の私は黒髪も黒目も晒してるわけで……
びっくりして、アロンを凝視する。
「私が? 美人?」
「うん、見かけは女神様にもまったく見劣りしないくらい美しいよ。見かけは」
『見かけは』を2回言ってくるあたりは気になるとこだけど、それよりも、
「アロンって目悪いの? 私の黒髪黒目、見えてる?」
「? 見えてるけど」
私の色を嫌悪してる様子もないし、それがどうした?と言わんばかりだ。
「なんで怖がらないの?」
「ああ、そうか。君の国では、黒は"死を運ぶ鳥"と同じ色ってことで恐れられてるんだったね」
「"君の国では"って、どういうこと? もしかして、他の国では違うの?」
困惑と、少しの期待とで、胸がドキドキする。
「私の故郷『ミナヅキ王国』では、昔から黒髪黒目の者は一定数産まれてくるんだ。だから、君の色は別に珍しくもないよ」
「うそ、え、そうなの……?」
てっきり、黒髪黒目の私の容姿は、この世界にいる全ての人が嫌うものだと思っていた。
でも、違う。
この世界には、私を受け入れてくれる国がある。
どうしよう。すごく嬉しい。
その『ミナヅキ王国』なら、変装なしでも紛れ込めるのでは?と期待に胸が高鳴る。
「しかし、このことも知らなかったのか。君は本当に世間知らずだね。いつか騙されて危険な目に遭うんじゃないかって、危なっかしくて見ていられないよ。神様二人に守られているのがちょうどいいね」
「なにそれ。私をポンコツみたいに言わないでくれる?」
「だって、ポンコツでしょ?」
「おい、人間。言葉遣いに気をつけろ」
私を隠すように、ハティがすかさず間に入る。
そうだぞ、人間! あんまり馬鹿にすると酷い目に遭わせるぞ! ハティがな!
「すみません……」
不服そうな青い目は、ハティの大きな体が遮ってくれる。
「姉さま、りんごじゅーすまだぁ?」
「おお、ごめんよ。いますぐ用意するからね」
いけない、天使をお待たせしてしまった……!
『収納』からグラスを出して急いで注いでいく。
待っててね。搾りたての濃厚ジュースですぐに渇きを満たしてあげるからね。
あの……アロン、ハティ。
その残念な者を見る目、やめてくれませんかね。
ジュースあげないぞ。





