38 嫉妬
今後、薬草の取引きはどこで行うか。
私とアロンは夕食後に話し合った。
「週一回、このログハウスに取りに来てもらうっていうのは?」
アロンには手間をかけさせて申し訳ないけど、私達はなるべく町に出ないほうがいいと思うんだ。追手に見つかるリスクを減らすために。
しかしアロンは、「無理だ」と私の提案をはねのけた。
「『中立の森』には、強力な魔物がうようよいるんだ。そんな中を片道数時間も歩いて来れない。馬で駆け抜けるのも不可能だろうね」
ここ『中立の森』が4つの国に接しているにも関わらず、どこの国にも属さない理由には様々な説が唱えられている。
曰く、強力な魔物が多く、統治が不可能だから放置している。
曰く、森に眠る手つかずの資源を巡って戦争が起こるのを回避するため中立を守っている。
曰く、神の土地であるため、祟を回避するために手を出さない。
以上、コーネット産の本より。
実際に『中立の森』に暮らす私に言わせれば、『強力な魔物が多く、統治が不可能』って説は間違い。そう、思ってたんだ。
だって、強力な魔物の脅威は今までほとんど(あのジャイアントベアー以外)感じたことがないし、ハティに瞬殺される魔物はとても強そうには見えないもん。
だけど……
「この森の魔物が強力なのは事実だよ」
「ソウナンデスネ……」
アロンはこの森に住むという、様々な恐ろしい魔物について語った。聞きすすめるにつれて、どんどん血の気が引いていく。
わ、私達、ヤバイとこに住んでるんだなぁ……
「まさか、か弱い君たちがこんな危険な森に潜んでいるとは、誰も思わないだろうね。まったく、ここはいい隠れ家だと思うよ」
そんな危険な『中立の森』の中で私達が安全に暮らせているのはひとえに、ハティの護衛とスキル『安寧の地』が作り出すドームのおかげ。
改めて感謝しよう。震える手で拝んでおく。
「じゃあ、ハティが町の近くまでアロンを迎えに行って、ここまで連れてくるっていうのは?」
私の提案に、ハティは露骨に嫌な顔をした。
ハティはアロンが嫌いなようだ。私とアロンが話していると、不機嫌になる。
嫌がるハティの横で、「それなら」とイヴが提案してくれる。
「私の眷属を貸してあげるわ」
イヴの合図で庭に現れたのは、1頭の馬……の姿をした、植物? 馬植物?
全身が木と葉っぱと苔でできていて、目や口は見当たらない。
なのに、この子しゃべれるの!
「お久しぶりでございます。我が主」
渋い感じのいい声だ。ハティには及ばないけど。
「なっ、植物……!? 馬!?」
アロンがのけぞる。
驚くときのリアクション、いつも大きいんだよなぁ。くすりと笑ってしまう。
私も相当びっくりしてたのに、アロンが驚きすぎるから逆に冷静になっちゃったよ。
「……彼は魔物かい?」
「木の精霊よ」
アロンの独り言のような質問に、イヴが答える。
「精霊……神に引き続き、精霊……」
「この世界の人たちにとっても、精霊って珍しい存在なの?」と私はアロンに聞いた。
「珍しいどころじゃない。神と同様、伝説として語り継がれている存在だよ。普通、会えない。───というか、『この世界の人たちにとって』って、いやに他人事だなぁ。君も『この世界の人』だろうに」
「まぁ、そうだけど。ほら私、実家ではまったく教育受けさせてもらえずに、閉じ込められてたからさ。この世界のこと、あまり知らなくて。だからか、この世界に属してるって感覚が薄いんだ」
それに、私の半分は『この世界の人』じゃないしね。それは言わないけど。
「教育も……ご両親には、そこまで疎まれていたのか」
あら、"独自の調査"とやらでアロンも知ってるかと思ったけど。
やだな、これじゃ私が一方的に不幸自慢したみたいだ。
あはは、と笑って流しておく。
イヴは眷属の植物馬に、これから先しばらく、町からログハウスまでアロンを送迎するよう命じた。
今後、アロンは週に一回、町の近くの森に待機する植物馬に乗ってこのログハウスまで来ることになる。
「じゃあ、頼んだわよ〜」
「おまかせください。魔物など寄せ付けぬスピードで駆け抜けてみせましょう」
イヴの頼みに、植物馬は頭を垂れた。
イヴの眷属なのに、イヴ以外に付き従うのは嫌なんじゃないかなと思ったけど、植物馬にそんなそぶりはなかった。
「そうだ、これを。渡すのを忘れるところだった」
別れるとき、アロンが大きな手提げかばんからクリーム色の布を取り出し、私に手渡してきた。
布は厚みがあって少し重い。なんだろう、これ。
「ローブだよ。君、黒いローブしか持ってないんでしょ。黒は目立つから、これを着るように」
「あ、ありがとう……」
「あと、これも」
アロンは『クダシ虫』除けのお香をくれた。川に入る前にお香の煙を浴びれば、寄ってこなくなるのだという。
『クダシ虫』はウィルの体内に入って悪さしてた昆虫型の魔物だ。
これがあれば、これまで通り川で水浴びができるんだね。とても助かる。
「じゃあ、またね」
ぽん、と私の頭をひとつ撫でて、アロンは植物馬にまたがった。
「ハッ」と威勢のいいアロンの合図で、植物馬が駆け出す。その後ろ姿が暗い森の中で見えなくなるまで、私はじっと見送った。
「ララはあの人間が気に入ったのか?」
いつの間にか隣にいたハティが、突然そんなことを言いだした。
眷属を貸し与えるというイヴの提案に「余計なことをするな」と怒っていたハティは、アロンの見送りにも出てきていなかった。
「まぁ、悪い人じゃないとは思うけど。ただ、口が悪いところはあるよね」
そうは言っても、はっきり物を言う人は嫌いじゃない。アロンとはいいお友達になれそうな予感がする。正直、少し浮かれてるかも。
この世界で歳の近いお友達ができるのは初めてだから。
「ララは……あいつに対しては遠慮がないように見えた。会話も、楽しそうだった」
なんだか、声が沈んでる。
「ハティはアロンが嫌い?」
「嫌いではないが……」
「が?」
「少し、苛つく」
「あはは。いい性格してるもんね、アロン」
わかるなぁ。時々イラッとくるよね。『こんな事も知らないわけ?ハンッ』って感じで偉そうに説教されると、「ムキーッ」てなるよ。
「そうじゃない。俺は、ララとあいつが楽しそうに話しているのを見ると苛つくんだ」
ハティの声は小さすぎて聞き取れなかった。
「ハティ?」
ログハウスの玄関が勢いよく開いて、ウィルが駆けてきた。ぽす、と小さな体が腕の中に収まる。
「アロンもうかえっちゃった? ぼく、さよなら言おうと思ってたのに」
食事のあとすぐに眠ってしまったウィルを、病み上がりだからと、アロンが帰る段になっても起こさなかった。
「アロン、もう来ない?」
「また来週来るよ」
「ほんと? よかったぁ」
頭を撫でると、ウィルは頬を擦り寄せてくる。顔色も良いし、病気だった面影は、もうどこにもない。本当に良かった。
ぎゅう、と抱きしめる。
「姉さま、くるしいよ」
「ハァ……可愛い。大好き」
「ウィルには誰も敵わんな」
ハティが乾いた笑みを漏らす。なになに、拗ねてるのかい? もう、しょうがないなぁ。
ぎゅーっとハティも抱きしめておく。
「ハティも大好きだよ」
「………そうか。俺もララが好きだ」
魅惑の重低音ボイスが重なり合った胸から直接伝わってきて、ちょっとドキドキした。
「だめだよ、ハティ。姉さまはぼくのなんだからね!」
ちっちゃな手で、私とハティを引き剥がしにかかるウィル。
ま、まさかこれは、嫉妬……!?
姉さま感激です!!!
「うんうん、姉さまはウィルのものだよ。下僕だよぉぉぉ」
と、イヴが近づいてきて、ウィルに何かを耳打ちした。
「やくそくのますかっとをはやくよこせ、だって!」
ああ……そうだったね。イヴはほんとにブレないなぁ。ていうか、なんでわざわざウィルに言わせたの?
もう少しラブラブしていたかったけど仕方ない。果樹園で最高級『シャインマスカット』を『創造』してから戻りますか。





