逃走
少し離れた場所から影を送り込んでいた闇魔導師は懐から音がしたことに気がついた。取り出した青い瞳――メルキトの依代に一筋の傷が入っている。
「馬鹿な……」
「茶番はもう終りだ」
頭上から声が降る。白い服を地で染めた魔術師に肩を借りながら、黒尽くめの魔術師が空に浮かんでいる。
「貴様にはまだ聞きたいことがある。――ファローンはどこにいる」
目の前の二人に、セゼルは口元を歪めた。
――ザイアス、おまえの弟子たちは見事だった。これほどの逸材を探しだしたとはのう。しかもこの者は……。
「答えろ!」
ユレイオンは地上に降り立つと老魔導師の胸ぐらをつかみ上げた。その唇や頬にできた無数の傷から血が流れ落ちた痕がある。
「……あの王子は安全な場所におる。あの王子の保護は、わしの仕事でな」
「ふっざけるな!」
「嘘ではないわ。ファティスヴァールの王直々の依頼よ。今ごろは西の国境辺りに着いておる頃であろうの」
「王直々の依頼だと!? なぜ貴様のような闇魔導師が……」
言いかけて、ユレイオンは口を閉じた。
今回のモントレーのように、力を求める者が闇魔導師を雇うのはあり得ることなのだ。
少しだけ手を緩めた隙に、黒魔術師はするりと手を抜けだした。
闇の気配が形を取ろうとする。が、メルキトの闇は形にならず、黒魔術師を覆った。
「待て!」
「……また会おうぞ。ザイアスの弟子たちよ」
老人の笑いを残して、闇は消え去った。
「ユレイオン、行くぞ」
地上に降り立ったシャイレンドルは相棒に歩み寄った。
「だが、ファローンの居場所が……」
「さっき、町の方から感じた石の気配。あれがおそらくファローンやろ。急ぐで」
腕を取ると、シャイレンドルは相棒ともども空に浮かび上がった。




