老セゼル
「うおっ!」
「うわっ」
足元をすくわれて二人は落っこちた。文字通り、地上一メートルほどの高さから。
下が砂地で幸いした。砂にまみれながらユレイオンはなんとか立ち上がった。
「空中に出るとかありえへんわ、ほんま」
「全くだ」
マントに付いた砂粒を払い落としながら同意する。風が砂粒をさらって流れて行った。
「で、どこやここ」
見渡す限り樹木がないところを見ると、アダの聖域からはかなり離れた場所であることが分かる。
ラナリアからウェルノールの館まで移動した時にはそれでも低木や樹木が砂防林として街道沿いに植えられていた。西の大国からここまで来る時も、街道沿いにはところどころではあったが砂防林があった。
となると、街道沿いでもなく、都市国家に向かう道もない砂漠の真ん中という可能性もある。
「ちぃと空から見てくるわ」
風の精霊を集め、シャイレンドルは飛び上がった。舞い上がる砂にユレイオンはマントで顔を覆う。
「少しは周りの迷惑考えろ!」
風を集めて砂を散らす。砂埃が消えると、上空にいる相棒が見えた。
ぎらつく太陽が眩しい。
太陽と己の影を見るに、おそらく昼過ぎ頃だろう。
足元から立ち上る熱と上から降り注ぐ熱線。遠方には陽炎さえ見える。夢でも幻でもなく、本当に砂漠にいるようだ。
「あかん、見渡す限り砂や。砂漠のど真ん中やな」
ゆっくり降りてきたシャイレンドルの表情は曇っている。
今がいつなのか、どこなのかも分からない。どっちの方向へ行けばいいかも見当がつかない。
「そうか……」
「喉乾いたな」
それはユレイオンも同じだ。だが水の精霊を呼びだそうにも、これほど乾燥した場所ではうまく行使できない。
「水のある場所につくまで我慢しろ」
「ちぇっ」
それにしてもこの場所は特異だ。ユレイオンは眉を寄せる。
「あの金の結界、闇魔導師の罠だったな」
「ああ、アレな。仕掛けた本人は通りぬけ可能に作ってあったんや。そこにわいとおまえの血使うて通りぬけ可能な対象に追加したんや」
「なら、モントレーの館にあれを仕掛けた後、闇魔導師もここに戻ってきたってことだよな」
「……そうや、その通りや。ユーリ、頭えーなぁ」
「抜かせ」
口を歪めてユレイオンは吐いた。それから周囲の魔力残渣を探る。だがほんの少しの欠片以外、闇の気配はない。
「何かありそうか? シャイレンドル」
「そうやな……ん? なんか、おかしないか? ここ」
「気がついたか」
「結構強い風が吹いてんのにあっちの方向、風紋が変わってへん。さっきわいが飛び上がった時、砂が飛んだやろ」
「ああ」
「せやのに、わいらがいてるここ以外、乱れてへん」
ユレイオンは足元の砂を蹴った。砂煙が上がり、風に吹き飛ばされていく。
「あかん、わかりづらいわ」
シャイレンドルは砂煙が飛んだ方向へ歩いて行った。足元の砂がへこんでいく。だが、少し行ったところで足を止めた。足元は沈み込まず、砂についた足あとが途切れている。
「どうした、その先には行かないのか?」
「壁や。壁がある」
ぺたぺたと手を広げてシャイレンドルは振り向いた。まるでどこかの祭で見たようなパントマイムの仕草だが、相棒の顔は笑っていない。
「光の檻か?」
「鏡やな。砂漠の光景を写しだしただけの」
ユレイオンもシャイレンドルの隣まで移動した。最初は砂に沈む足元に苦労したが、だんだん砂の感触が硬くなっていくのが分かる。
シャイレンドルの触っている辺りに手をやると、確かに硬い感触で先に進めない。軽くノックしてみるが、分厚い壁の感触ではないようだ。
「これ、割ってみるか?」
「いや……ちょっと待て」
手のひらに集中する。水鏡と同じ原理で、光を屈折させてどこかの砂漠を写しているに過ぎない。魔力を流しこんで水鏡を支配すると、四方の壁が全て暗転した。上を見ると、ずいぶん遠い辺りに太陽が見える。
「なんや……これ。さっき見た光景もまやかしやったんか」
「そのようだな。上に飛ぶことまで見ぬかれてる。……おまえの性格をよく知ってるようだな」
「なんやそれ、ムカツクわ」
シャイレンドルは壁を蹴飛ばしている。ユレイオンは水鏡を透明化させた。
防風林が見える。あれは街道沿いに植えられていたものだろう。その先、遠くに煙が上がっているのは……どこかの都市のようだ。
「ほう、それなりに使えるようじゃのう」
不意に聞こえてきた老人のしわがれた声に二人は振り向いた。
水鏡に囲まれた場所の外側に、黒い影が浮かんでいる。水鏡が写している現在の外の映像だ。




