黄色い石
「逃げられたようだの」
光の檻を内側から吹き飛ばして現れたメルキトは、闇に座す老魔術師の言葉にくすくす笑い出した。
「いいんだよ、あれはあれで。それにしても、面白いものに会わせてくれて感謝するよ、老セゼル。まさかこんなところで出会う事ができるなんて、僕はなんてラッキーなんだろう」
青い双眸をきらきら輝かせる。
「ほう、御身が気にいるとは」
「そうだねえ、面白いよ。彼は。記憶の底まで潜り込んで全ての記憶を覗いてみたけど、彼の中には昔の記憶が全く残っていない。いや、最下層よりさらに奥底に封じ込められているのだろうね。それをこじ開けることができれば! わくわくするねえ」
興奮気味にメルキトは語り続ける。
「それと彼の憎悪。あと一押しすれば、彼も仲間になるだろう。記憶の一部を意識して封じてあったから開けておいてあげたんだよねえ。今頃じわじわ記憶が戻っている頃だろうかねえ」
けらけらと高らかに笑いあげる。
「あまり暴れられても困るがの。さて、今頃彼らは聖域に着いておるころか」
黒魔術師は呪を唱えると目の前の空間に魔力の鏡を作り出した。二人が閉じ込められていた部屋が映し出される。
「ああ、そういえばあの空間、アダの聖域につなげてあったのか。道理で、道を迷いそうになったよ。向こうに迷い込んでいたら、僕も封じられてたってわけか」
「そうかもしれませぬな。あの白氏の司がアダの聖域を封印しなおしておりますからのう」
「そんな結界の中にどうやって道を作ったんだい?」
くすくす笑いながら聞くと、セゼルは青い宝石を取り出した。メルキトの依り代である、あの右の瞳だ。
「これがありますからの。入る方向への道は簡単にできるのです。結界がそのように作られておりますからの。じゃが」
と、セゼルは言葉を切った。
「出ようとすればものすごい抵抗を受ける結界、ってことか。迷い込まなくてよかったよ。せっかくあの檻から出られたっていうのに、また戻るなんて冗談じゃないからねえ」
「さすれば、あの二人がどうもがきあがくのか、とくと拝見いたしましょう」
「そうだな。そういえばあの子供はどうした?」
メルキトは辺りを見回した。囮の少年のことだ、と気がついてセゼルはうなずいた。
「あれはもう依頼主のところにやりました。今頃は街道を西へ向かっておることでしょう」
「ほう。単なる囮のつもりかと思っておったが、そうではなかったのか」
「事情がありましてな。……そうそう、これを差し上げまする」
セゼルは懐から取り出したものをメルキトに投げた。受け取ったそれは、金色の鎖につけられた、親指の爪ほどの黄色い石だ。
「これは?」
「囮の子供が持っていたものです」
それ以上語らず、セゼルは薄く笑った。
「これは……あの男のにおいがするな」
少し探ろうと指でつまみ上げたが、石は頑なに一切の力を跳ね返してくる。
「なるほど。面白い。預かっておこう。すぐ会えるだろうしね」
メルキトは鎖をブレスレットのように手首に巻いた。




