闇を抜けて
頭が重い。ユレイオンは体を起こした。目の前には相変わらず転がったままの相棒の身体がある。
「おい、シャイレンドル……」
まさか。そんなはずはない。
焦りが心を塗りつぶしていく。そんなはずはない。現に自分はここに戻ってきているのに、奴が戻れないはずがない。引っ張って――引き上げてくれたのはあいつのはずなのだから。
「……もう起きてるんだろう、シャイレンドル。起きろよ」
揺り起こそうと伸ばしたユレイオンの手は、白い旅装の相棒の体を突き抜けた。
「なっ……」
そのままさらさらと砂のように崩れていく。驚いて手を引くが、金の髪も血に汚れた服も靴も、さらさらと壊れていく。
――そんなはずはない。これは夢なのか? 俺はまだ、シャイレンドルの心のなかにいるのか……?
強い風が吹いてきて、足元にたまった砂を吹き飛ばしていく。やがて相棒だったものは全て暗い空に消えた。
遠くから子供の声が聞こえる。あの闇の中で出会った子供の声だ。
――おにーちゃん、起きて。
遠くから強くなったり弱くなったりしながら聞こえてくる。
風がひときわ強く吹いた。眼を開けていられなくなって、ユレイオンは眼を閉じた。
再び目を開けると、やはり目の前には相変わらず転がったままの相棒の身体がある。
ユレイオンは鈍痛がする頭を振った。
「今のは……夢だったのか?」
「どんな夢見てたんや」
「おまえが砂に……うおっ」
普通に言葉を返してから、ユレイオンは驚きに声を上げた。
横たわったシャイレンドルはゆっくり目を開いた。金色の、猫のような瞳。血の気の戻った唇が動いている。
「ちょぉ、手ぇ引いてくれへんか」
差し出された右手を引っ張ると、相棒はなんとか上体を起こした。
「シャイレンドル……」
「ユレイオン……あのなぁ、なんでおまえ、潜るなん……ぐはっ」
言い切る前に腹部にきつい一撃を食らって、シャイレンドルは前のめりになる。
「黙れ! 時間が惜しい。動けるなら行くぞ」
ユレイオンはそう言い、さっさと立ち上がるとぷいと背中を向けた。
見たくなかった相棒の過去の記憶のかけらが、まだ自分の中に残存している。知らなかった過去に戻れるはずがない。
シャイレンドルも同様に、自分の過去、醜い自分の姿を見て、何をか思っているだろう。
それを、相棒の表情の中に見るのは辛い。
それに幾つもの罠の中でずいぶん気を失っていた。どれほどの時間をロスしたか分からない。一刻も早くここから出なくては。
「この結界の出口を探すだけだ」
「壁をぶち抜いたらええんとちゃうか」
部屋の中をぐるりと見回す。ふとあの影……地の王が出てきた鏡を思い出した。
鏡ならば、繋げられるかもしれない。
水の精霊をかき集め、一枚の鏡を壁から外すと表面を洗い流した。ホコリやくすみ、蜘蛛の巣がなくなった鏡に薄く水を張り、ユレイオンは呪を唱え始めた。
「道を繋いでんのか?」
この部屋から外へ、出られるポイントを探す。流し込んだ水は結界のわずかなほころびを見つけると渦を巻き始めた。
「これ、どこにつながってるんや」
シャイレンドルがようやく立ち上がって歩み寄ってきた。
「わからん」
「わからんって……」
「出ればわかるだろう。たとえ罠だとしても、これ以外に部屋を出られるポイントはない」
「へぇ、お前にしては珍しいやないか。どこでもない場所に出て永遠にさまようことになるかもしれへんっちゅーに」
訛りのきつい言葉。ユレイオンは口元を緩ませた。
「その時はその時で考える」
おまえが一緒なら、退屈はしないだろう――。そう口の中でつぶやいて、ユレイオンは渦に足を踏み入れた。




