二人の導師、ファローンを探す
封じられた部屋を勢いよく飛び出した二人は、比較的危険の少ないと思われる屋根の上に立っていた。そこからはラナリアの街がまるで箱庭のようにかわいらしく一望できる。
だが、彼らはそんな気分では到底ない。
と、二人は黒の力を感じ取って思わず顔を見合わせた。ごく近くで黒魔術を使った者がいる。
「やっぱりな。思うた通りや。ここの主、黒魔術師を飼うとるようやな」
「ああ、それもかなり強力だ」
言葉にせずともその思いは共通らしい。金髪の相棒がうなずいた。
「えらい歪んどるで、この力」
どこか純粋でない黒々とした闇。これならまだ、シャイレンドルのほうがかわいらしく見える。
「これは……やっかいだな」
もしファローンが、この黒魔術の下に連れ去られたのならば、かなりの危険を覚悟しなければなるまい。何より、さっきのようにユレイオンには感じ取れぬほどの結界に隠されていたなら、見つけることすら自分にはままならない。
「どうやって見つけるんだ、シャイレンドル」
「簡単なことや」
こともなげに答える相棒に目を剥く。
「おまえ……」
「ほんまに気づいてへんかったんか? ユーリ。おまえらしくもない」
その言葉に意外という意味合いが含まれているのに気がついて、むっとしてユレイオンは言い返した。
「仕方ないだろう! あの方がいては」
本人と直接離す時以外はあの方と読んでいる兄の、ほのかに微笑む顔が浮かんでくる。
「あの方といると調子が狂うんだよ。……だから来たくなかったのに」
本音がこぼれ出す。それから、さらに居丈高に相棒に詰め寄った。
「どうやってファローンを見つけるって言うんだ」
くるくると変わる相棒の百面相を見ているのは実に飽きなくて好きなのだが、ヤケになられても困る。渋々彼は相棒の額を飾る青い石をはじいた。
「これや」
「……え?」
見れば彼の額にあの黄色い石はない。石をつけていないシャイレンドルを塔の中で見慣れているせいか、それが不思議でも何でもなくなっていたのだが、言われて初めて気がついた。
「わいの石をファローンに預けたままにしとったんや。お守りや言うてな。手放したり、奪われたりしてなきゃ、すぐに分かるやろ」
ユレイオンは黙ったままきりりとその赤い唇を噛み締めた。
どうしてこうも彼との違いを見せつけられねばならないのだろう。……それが努力の違いではなく、持って生まれた才能、能力の違いであればあるほど、ユレイオンには不条理に思えてならないのだ。
そしていくら努力してもその差が縮まらないことをどれほど歯がゆく感じてきたことか。
シャイレンドルは急に黙り込んだ相棒をじっと見つめていた。その瞳にいつもの享楽的な雰囲気はない。黄色い瞳が緑がかる。
「……早く探ってくれ」
「ああ」
シャイレンドルは、最も安定した屋根の一部に腰掛け、目を閉じた。闇が広がる中に自分を呼ぶ黄色い光を探す。いつも自分の中でさざめくように笑う。太陽の光にも似たあの輝き。
「こっちの方角……うん、こっちやな。少し離れたところに何か建物があるやろ」
目を閉じたまま指さす相棒の言葉通り、そこには古ぼけて使われていないと思われる物見の塔があった。
「ああ……塔だな」
「あそこや。あのてっぺんにおるはずや」
「やっかいだな……」
塔全体に黒い闇がまとわりついているように感じられたのは、ユレイオンだけではなかったようだ。
「しかも上空は封印されてるな。上から行くんはあかんか。難儀やな……ま、行くっきゃないやろ」
「そうだな」
うなずく。それ以外に選択肢はないのだ。
「ええんやったら行くで」
「ああ、頼む」
シャイレンドルの導いた風に乗って、二人は塔の前に降り立った。塔の扉には形ばかりの南京錠がかけられている。
塔には一人の兵士も詰めていなかった。つまり、兵士の護衛など必要ないほどの力で、この塔は支配されているということだ。
錆びてボロボロになった南京錠を蹴破り、中へ入る。
暗がりの階段をずんずん登っていく。時折姿を見せる闇側の精霊が彼らに何事かささやいているようだ。だが、彼らの耳には入らない。
突き当たった最後の鉄扉をも蹴破る。重そうな音と地響きを立てて転がった扉の先に、見慣れた太陽の色した髪がたゆたっている。
「ファローン」
思わず一歩踏み出しかけたユレイオンの服の裾を引っ張ったシャイレンドルは、自分で転がした鉄扉につまずく格好になった。
「うわっ」
「馬鹿っ」
将棋倒しにユレイオンをも巻き込んで倒れた。
その瞬間に空間が歪む。窓から差し込んでいたわずかばかりの光の帯も、扉の枠も、煤けた壁も、すべてがぐにゃりと曲がり、落ちていく。床というものがすでになく、深淵の闇が二人を飲み込もうと口を開けて待っていた。
「馬鹿やろぉ~」
どちらの口から出たかは定かでないが、その叫びだけを残して、二人は真っ逆さまに落ちていった。
新連載開始しています。
彼らの五年前を描いた「翠の瞳」
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幼く初々しくお馬鹿な彼らもお楽しみくださいませ♪




