エーリックと主
エーリックが主を探してテラスを訪れた時、ウェルノールは愛人の姿を見送ってそのままとろとろと眠りに身を任せようとしているところだった。
「お館様」
「……ああ、起きているよ」
近習がそっと声をかけたのに対して、意外としっかりとした答えが返る。年齢の割に仕えた年数が長い青年は、緊急の用事の時には主の楽しみを邪魔しても不興を買わないことをよく知っていた。
「……いよいよ動いたか?」
顔にほつれかかる長い銀髪をかきあげながら、ウェルノールが尋ねる。
「はい。この目で確かめて参りました。動いた軍勢の先頭にはラナリアとモントレー家の紋章が掲げられておりました。間違いございません」
答えた近習は、今日は紺のお仕着せではなく、目立たない普通の街人の格好をしていた。短めの黒い髪はこの地方の本来の色ではないが、他国の商人の多いラナリアでは特別目立つ姿というほどでもない。控えめに振る舞うことに長けた青年は、密偵としても有能である。
「それからこちらがただいま届きました書信でございます」
青年の差し出した手紙をさっと一読し、ウェルノールは薄い笑みを浮かべた。
「……マウレシアがわたしを悪党だと言っていたよ。だけど、こういうことをしていては確かに否定はしにくいな」
試すように、かつて自分が拾った青年を見やる。
「……リムラーヤはすでに他の四都市を抑えたそうだ。ギーランド殿はさすが若くしてリムラーヤ王を名乗るだけあって、反応も早くていらっしゃる」
「それでは、モントレー殿のもくろみもこれで……」
「終わりだろうな。あの老人には気の毒だが、彼もそろそろ第一線を退いて後進に道を譲ってもいい頃だ」
端正な顔に浮かんでいる笑みから好意は感じられない。冷徹に組み立てた計画が着実に進んでいることを評価する陰謀家の顔があるばかりだ。
一人の男の生涯の夢をくじいたことに罪悪感はない。取引相手としての外国人は歓迎しても、支配者層に食い込むよそ者に対しては極めて冷淡なこの社会で、まったくのよそ者でありながら孤軍奮闘の末、この街の第一人者にまで成り上がった男の才覚と努力は評価する。だが、それも娘可愛さのあまりに実現不可能な夢想にとりつかれた時点で、彼はその地位にいる資格を失ったのだ。




