酒場にて
初めての旅、初めての酒場。
ファローンにとっては初めてのことばかりですが……
酒場に入ると黄色い髪の導師が手招きした。
「あの、いいんでしょうか……」
「なにがやねん」
「セインさん、なんだかとっても怒っておられたようでしたので……」
「セインがか?」
横から口を出したのはいつにも増して不機嫌そうなもう一人の導師、ユレイオンだ。
「あ、はい」
「いつものことや、ほっときゃええ」
シャイレンドルはそういって笑ったあと、不意に表情を引き締めて相棒に向き直った。
「ほんま珍しいなぁ、わいの誘いに乗るなんざ。悪いモンでも食ったか? 雨が降るで」
沈黙は金とばかりに貝になる。その顔を見て、シャイレンドルはからかいの虫が起きたようで、にやにや笑い出した。
「それとも遊びとぉなったか?」
「馬鹿を言え。お前と一緒にするな」
「なぁんや、食えんやっちゃ。つまらんのぉ」
「食われてたまるか」
「食いたかねぇよ。腹下すに決まっとる」
けっ、と言って顔を背ける師匠たちを、ファローンはじっと見つめた。この二人は仲がいいのか悪いのか、初めて会ったとき以外、この二人が喧嘩していなかったことがない。
「何だ?」
視線に気がついてユレイオンが問う。
「いえ、お二人は仲がよいのかな、と思いまして」
「いいわけあらへん」
「冗談」
二人の声が重なり、またむっとして視線を交わす。それから気付いたようにユレイオンは相棒の額の石に手を伸ばした。
「いつの間につけたんだ。普段はつけるのを嫌うくせに」
「おまえかて付けとるやんか」
そういってシャイレンドルも相棒の額を指差した。長い前髪に隠されて、サークルそのものは目立たないが、髪の間から見える青い光はまるで海を思わせる。
「当然だ。俺はいつだってつけている。塔の中で外しているのはお前ぐらいなものだ」
「塔の中でつけとったってしゃぁないやんか。あそこにおるのはみな魔術師かその卵やねんで?」
「当たり前だろうが。あそこはそのための塔なんだから。……お前も知ってるだろ、石の意味」
「そら、まぁな」
額からサークルを外す。シャイレンドルのサークルは、銀の輪の部分が鎖になっており、手に落とすと小さな金属音を立てた。髪の色を移したような黄色い石の光は、太陽の光を思わせた。
魔術師の額に掲げられた石は、それ自体が個人個人の力の増幅器でもあり、制御装置でもある。持ち主のために調整された石であるため、他の者の石は役に立たない。
「せやけど、邪魔くそぉてかなわんわ。こないなもん、ようつけたままでおれるなぁ、お前」
「これ自体が己の地位をあらわすものだと考えればな……お前、おおかたそれで女を引っ掛けるつもりだったのだろう。……お前ぐらいなものだよ、そういう風に石を使う奴は」
あきれたように言い、ユレイオンは肩をすくめた。
「一体それ、何なんですか? 塔ではよく見かけたので気になっていたのですが。初等教育では習いませんでした」
ファローンは好奇心に負けて口を挟んだ。ちょうど話を逸らそうとしていたシャイレンドルは、渡りに船とばかりに新弟子の話に乗った。
「これはな、魔術師の証や。塔で修行して、一人前と認められたときに石と、魔術師にのみ許されるマントがもらえるんや。ほれ、ユレイオンがいつも着とるあのマントや。わいは黒い色は嫌いやさかい、爺ぃに頼み込んで白と金で作ってもろたんや。特注やで」
自分の着ている白いマントをつまんで見せびらかす。
「ただなぁ、魔術師のマントっちゅーたら黒が定番やさかい、わいがこのマント着とっても魔術師と思うてもらわれへんねん。黒のマント着て、この石つけとったら女が寄ってくるんやけどなぁ」
ほんま残念やわ、としみじみ言う。ファローンは机の上に置かれた黄色い石のサークルをじっと見つめた。
「触ってもええで」
「あ、ありがとうございます」
ファローンはそっと鎖をさわり、石を取り上げてみた。光のあたり具合によってちらちらと黄色い光が光って見えるその様子は、太陽の木漏れ日に似ていた。
「がんばって修行すりゃそのうちお前もこれ、もらえるんやで」
「そうなんですか。がんばらなくちゃ。……これ、金髪に似合いますね」
そういうと、シャイレンドルは嬉しそうににこにこ笑い出した。
「せやろ? そうなんや、それが気に入っとるんや。せやけど邪魔でなぁ」
言ってろ、とユレイオンが一瞥をくれる。そのとき初めてユレイオンは、テーブルを挟んで座っている二人の相似に気が付いた。
浅黒い肌に蜂蜜色の髪。旅支度も白のため、まるでファローンが相棒のミニチュアのように見える。
……に、似てる。
ということは、あと十年もしたらファローンもああいう風に成長するのだろうか。その姿を思い描いて、口を覆った。
「何笑っとんや、ユーリ」
むっとした相棒の言葉に我に返って殺気立つ。
「……その名で呼ぶなと言ったはずだ、シャイレンドル」
「お前の指図は受けへん」
再びにらみ合い、一触即発の状態になる。それを打ち壊したのはようやく帰ってきたセインだった。
セインは額に青筋を浮かべて二人をにらみつけていた。
「こんなところまで来て、何してるんですか二人とも。ええ? それにユレイオン様。どういうおつもりですか、今回は! シャイレンドル様を引き止めてくださると思ってたのに」
ユレイオンは黙り込んだ。返す言葉もない。
「もう、知りませんよ、僕は」
ぶつくさ言いながら空いた席に座り、食事に手を伸ばす。その表情からしても本気で怒っているのは間違いない。シャイレンドルはくわばらくわばら、と首をすくめ、食事に専念するふりをした。
ファローンは、手の中のものを金髪の師匠に差し出した。
「これ」
「ああ、持っとり。お守りや」
「はい」
ナイショな、と片目を瞑るシャイレンドルに、ファローンは初めて親近感を覚えた。
 




