わがままな師匠たち
毎度振り回されるセイン。
今回も大変そうです……
西の方角に太陽がかなり傾いた頃、ようやく一行は街に着いた。このダラフの街は、国境に最も近い宿場町であり、初夏という時期も相まってかなりの人出でにぎわっている。
街を抜ける大通りを人の流れに従ってゆっくり進む。大通りはかなり幅が広く、普通の荷馬車程度ならすれ違うことができる。おそらく、リムラーヤとの先だっての戦いの際、馬車が悠々通れるように作り直されたのだろう。
大国リムラーヤとの関係が保たれている現在では、荷物を山と積んだ荷馬車が重そうに石畳の上を進み、通りに面して宿場が延々と軒を連ねている。
「大きな街ですね」
感心したようにファローンはつぶやいた。生まれてこのかた自国ファティスヴァールの首都フェリスを出たことがなかった彼にとって、何もかもが物珍しく、真新しく目に映るらしい。きょろきょろとあちらこちらに興味深げな視線を投げている。
「ここは場所的に重要な都市ですから、フェリスに劣らぬ大きな街になったんですよ」
地理に詳しいセインが説明する。
「やー、久しぶりの街やなぁ」
「ここ、来たことがあるんですか? シャイレンドル様」
前から聞こえた師匠の声に、思わずセインは後ろから声をかけた。先を行く黄色い頭が振り返る。
「二、三年前にちょっとな。……この界隈になじみの宿があるんや。今夜はそこにしよう」
嬉々として馬を歩かせる師匠にあわててセインは呼び止めた。
「シャイレンドル様! 今回はここに泊まる余裕はないんですよ!」
「固いこと言うなや」
にやにや笑うその顔は、久々に見た生き生きとしたシャイレンドルのもう一つの顔であった。いつのまにやら額には黄色い石の嵌ったサークルをはめている。普段めったにはめないのに。自分は魔術師である、という証しに使うつもりなのだ。
セインが黙ったその間に、シャイレンドルは馬の腹を蹴った。あっという間に人馬の姿は雑多な人々の波にかき消されて見えなくなる。
「シャイレンドル様! ……まったくもう! ユレイオン様、あとお願いしますね」
同じように馬を急がせる。しばらく行ったところに見覚えのある馬がつながれているのを見つけ、セインは馬を下りた。辺りを見回すと、隣の酒場の入り口に師匠の姿が見える。
「いたか、セイン」
ファローンの乗った馬を連れてユレイオンが声をかける。
「ええ、そこの酒場に。……シャイレンドル様!」
「ここの飯、うまいんやでぇ。はよ入って来いや」
「冗談じゃありません!」
「固いこと言うなや。どうせここで泊まりやろ? ほれ、外も暗ぅなってきたし」
言われて辺りを見回すと、いつの間にか太陽は地平線の向こうに沈み、次第に闇が濃くなりはじめていた。この街にも夜が近づいている。
「でもそんな余裕ないんですよ、本当に。……どうにか言ってくださいよ、ユレイオン様」
旅の間、わがままな相棒をたしなめるのはユレイオンの役目であった。が、今回ばかりは様子が違った。返答がないので振り向くと、そこには背の高い師匠の姿はなく、新入りが所在なげに馬の手綱を二本引いて立っていただけだ。
「ユレイオン様は?」
「酒場のほうへ行かれましたけど……」
「何ですってぇ!」
見れば、ユレイオンは相棒の誘いに応じて隣に腰を下ろそうとしている。
「ユレイオン様、どうしたんですか一体!」
だが、ユレイオンは耳を貸さず、運ばれてきた酒を一気に飲み干した。
「入ってこいや、ファローン。そないな石頭、ほっときゃええ。ここの料理はなかなかいけるでぇ」
シャイレンドルはそういって少年を手招きした。呼ばれたのが自分とわかったファローンは、手にした手綱と師匠たちを見比べたあと、おずおずにセインに尋ねた。
「あの、この馬、どうしましょうか……」
それを聞いてセインはがっくり肩を落とした。
「み、みんなでつるみやがって……」
「あの……」
「いいよいいよ、どうせああなったらてこでも動きゃしないんだから、あの二人は。まったくもう……わがままなんだから。知りませんよ、僕はもう……ファローンも行っていいよ。馬は何とかしとくから」
「あ、はい」
素直に応じて手綱を渡す。厩のほうに去っていくセインの背中には二人の世話をする苦労がにじんでいた。




