第132話 今日は竹永でも誘っていくかぁ
『残夢』の人形工房は、埼玉の人里離れた郊外の一軒家を改造して作られている。外観はどこにでもある一軒家だが扱う素材に難があるものも多いため、室内は防音や防臭、冷暖房に冷凍設備まで完備した特注品だ。
その一室で新作された『黒井めぐみ』の魂羽織と『坂東メンチ』の魂羽織がこれまた特注のベッドに寝かされていた。
「ううう! ううううううぅぅぅぅぅ!!!」
『ぷーくすくす。まだ諦められないんですねぇ!』
運搬役としてアッシーちゃんをしている『ひばり』に煽られるが、言い返す事も出来ないほどに俺は焦燥している。こいつ、アメリカ支社の仕事を激増させた件で俺を恨んでるからな。隙あらばこうやって煽ってきやがるのだメスガキがぁ! くそ、『メンチ』の魂羽織って事は『メンチ』が魂羽織に入って動くって事でつまりそのままアキコさんとデートにいって買い物を楽しみキスをしてちょっとムードが良くなったらそのまま“休憩”しちゃうって事であああああああああ!!!!
その様子が容易に想像できるために、なんなら何度も何度も見たことがある故に俺の無駄にハイスペックになってしまった脳は全ての情景を鮮明に思い浮かべ、俺の脳自身に計り知れないダメージを与えていく。
いやぁキツイ。キツイてしかし(語彙力消失)
『おお、本当に自分の身体みたいだ』
『ったりまえよ。この残夢様は世界一の人形師だぜ? 造りは違うが飯食って寝てムフフな事する程度は出来らぁ』
「おごごごごごごご!」
『3大欲求に対応しているのは凄い。ところで私はそういうのをやる予定はないが、なんで一也さんは呻いているんだい?』
『お前じゃなくてメンチの方がこいつにゃクリティカルなんだよ』
『えぇ……も、もしかしてそういう……ごくり』
ごくりじゃねぇわこの耳年増! 畜生、『さやか』に『スマホの事聞きたいんならそろそろメンチに人形作りなさいよ』って言われたから、泣く泣く。本当に泣く泣く『メンチ』の魂羽織を用意する俺の気持ちを、誰も分かってくれない。というかむしろこぞって応援してるってどういうことだよ!
俺の泣き言のような言葉に事情をよく知らない『めぐみ』が首をかしげるが、君はそのままで居てくれ。事情を聞いたら多分お前も俺を攻めると思うから……
いやね。俺も分かってんのよ。頭では理解してるんだけどさ、明らかに俺がアキコさんと『メンチ』の間を阻害してるって。でもズルズルこのままの関係でいたいってのも本音なんだよ。良くない考えだとは思ってるけど、どうしてもそう考えちゃうんだ。
『職場の子に手を出したら? ひなちゃんとか3期生の子はちょっとアプローチしたら行けるんじゃないか?』
――それが一番ないわ……職場恋愛はその後が酷い事になるってのを俺は前職で学んだんだよ。社長や上司みたいになるくらいなら死を選ぶわ
『その覚悟をアキコさん相手に決めろよ』
――ぐぅ……
『勇作』のぐぅの音もでない正論に、思わずくちからぐぅと声が漏れた。こ、この話題は駄目だな。延々ボコられるだけになってしまう。なにか、なにか話題を変えなければ。
『その辺にしとけって。一也にとってはアキコちゃんが本当に特別な相手なんだよ。多分、人生で初めて好きになった相手なんだろ』
「うぐあぁぁぁぁ!!」
『うわ、一番キツイ事言ってますぅ。オーバーキルですぅ』
体が慣れてきたのだろう、起き上がって自分の身体を触って確かめながら『メンチ』がそう言って俺を援護してくれるが、その援護が一番ダメージがデカい。お前にそれ言われたら、俺はぐうの音どころか立ち上がる事すら出来ないんだが???
『服は用意してくれているのか、ありがたい。普段の変身と違って人形だと服を着る必要があるんだな』
『外観は完全に人体を模してるからな。服をセットで付けるのは不自然過ぎるんだよ』
『いや、文句じゃない。助かるよ。私も女だし、どうせ体があるなら色々と着飾りたかったんだ』
地に伏して動けなくなった俺を尻目に『めぐみ』と『残夢』がそう言ってきゃいきゃいと女の子同士のおしゃれ談義を始め、倒れた俺を心配してくれるのはその原因になった『メンチ』だけだった。あの、流石にこの扱いはちょっと……その。うん、アキコさんと『メンチ』の件は少し反省したから、もう少し気にかけて貰っても良いですか?
さて、こまごまとした雑事は置いておくとして、今回この二人の魂羽織を作ったのは幾つかの理由がある。その理由の一つを熟すために『めぐみ』と『メンチ』を連れて東京へ戻り、矢場杉不動産へ顔を出す。
矢場杉不動産は相変わらずの事故物件感全開のオーラを醸し出しており、医療技術以外は一般人の『めぐみ』が非常に嫌そうな顔をしたが我慢してもらって建物の中に入る。来客を全力で拒む外部とは異なり、内部の方は相変わらず普通の不動産屋の様相だ。さて、連絡はしていたから田井中さんは居る筈だが。
「や、やぁいらっしゃいメンチくん、一也くん。それに、そちら。その、ええと、あの」
『ん、術後の経過は問題なかったようだな。黒医恵だ。なんでも、報酬は自分で払いたいそうだね? 私としてはメンチか一也経由で支払ってもらった方が楽なんだが』
「あ、あ、あ、田井中、です。その、どうしてもお礼を言いたくて、ご迷惑を顧みず、申し訳、申し訳」
恐らく店の奥に居るだろうな、と声をかけようとしたタイミングで、奥の方から田井中さんが出てくる。その様相は、普段の田井中さんを見慣れている俺と『メンチ』からしたら奇妙に映るものだった。
いや、奇妙じゃなくてビジネスマンとしては当然なんだが、普段の田井中さんは明らかに着まわしているスーツにアイロンはかけたかかけてないか分からないシャツを付けているおっさんであるのに、今日の田井中さんの衣服は明らかにクリーニングされたスーツにパリッと糊のきいたシャツ、散髪され整えられた髪と普段の風俗大好き不動産おじさんの田井中さんとはまるで別人のような姿をしているのだ。
その様子に俺と『メンチ』は「あ、(察し)」となってしまったのだが、残念な事に田井中さんの矢印が全力で向いている当の本人は特に感じる事もなくどもり気味な田井中さんの返礼を受け取っている。
『確かに100万。これで本当の意味で、君の治療は終わったという訳だ』
「あ、ああ、あの。よ、よろしければ、連絡さ、連絡先を。あ、いえ別によこしまな、じゃなくてまた、ご依頼する事が恐らくきっとあると思うので! その、連絡先を頂ければ!」
『ふーむ。まぁ、私の依頼人は貴方のような人が多いのは事実だが……すまないが、直接の依頼先は旧知の人物に限っていてね。メンチか一也経由で連絡をしてほしい』
そう『めぐみ』が口にした瞬間、田井中さんがゾッとするほど血走った目でこちらに視線を向けてくる。あ、いやそいつは対象外なんで、とは流石にこの場では口に出せず頬を引きつらせ、それなら雨宮セキュリティーに連絡を入れてくれれば、と絞り出すように口に出す。
『めぐみ』の魂羽織を作った理由も雨宮セキュリティーで『めぐみ』のスキルを役立てたいから、って『かすが』が要望を出してきたのが大きな要因だしな。今後『めぐみ』に依頼をするなら俺じゃなくて雨宮セキュリティーを通す方が筋が通るだろう。
俺の言葉に少しだけ思案した田井中さんはちょいちょいっと手で俺を呼び、隅っこの方へと誘導して小さな声で尋ねてくる。
「一応聞くけど、君、黒医さんとねんごろって訳じゃないよね? もしそうなら僕、多分、一生心に傷を抱えて過ごすことになるんだけど」
「いや、めぐみは妹……うん、妹分ですね。俺の対象外です。今は、俺の知る限りじゃフリーのはずですよ」
「ほんとだね? 嘘だったら丑の刻参りするけど? 本当にするけど?」
多分本気だろうなって声音の田井中さんにそう告げると、田井中さんは小さく何度もガッツポーズをしていた。困ったな、『めぐみ』の件が片付いたら快癒記念に風俗に誘おうと思ってたのに流石に誘える空気じゃないぞ。『メンチ』を誘ったらアキコさんに本気で恨まれるだろうし……しょうがない、今日は竹永でも誘っていくかぁ。
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