第10話 『電脳歌姫ろっくんろー』
ヴァーチャルタレント。昨今よく話題に上がってくる、動画配信サービスなどで活躍する人物を指す言葉だ。語源はテレビなどで活躍するタレントのヴァーチャル版という意味らしく、テレビと違って制限のないネット界隈で自由に活動する人たち。らしい。
実を言うと、俺はあまりこういう界隈に詳しくはない。アニメとかを扱うサービスは幾つか使っているが、専ら安くアニメを見るために利用しているだけだったからだ。キャンペーンで1か月無料とかで加入して、1か月過ぎたらそのまま解約とかそういう感じ。
YOUCUBEとかで無料で動画を見れるってのは、知ってはいるんだけどな。あんまりそれらを面白いって思えなかったし、気づいたらあっという間に時間が無くなっちゃうだろ? 俺には合わないなって思って触らなかったんだよね。
とはいえ、だ。アキコさんの話に乗るとしたら知らないじゃすまないだろうし、調べる必要があるだろう。正直、全く知識がないせいで何をするかもちんぷんかんぷんだからな。
こういう時、どうすればいいか。それは『NEET NOW』を見る事だ。『NEET NOW』のアプリを起動して、ヴァーチャルタレントと検索する。『NEET NOW』には多種多様なアニメやドラマが登録されており、その中にはこういった特定の業種について扱う作品も存在する。下手に情報を集めるよりはこういう作品を見た方がどういう業種なのかのイメージは掴みやすい筈。
検索結果は……結構あるな。俺が知らなかっただけでヴァーチャルタレントってのはやっぱり有名なんだろう。ええと、リストを上から読んでいくと、最初が『ヴァーチャルシンデレラ』シリーズと。結構長いシリーズらしく、4作品くらいあるな。次に『電脳歌姫ろっくんろー』。こっちは1クール分か。その他には『Vの者見参!』だとか『配信街道道中記』などといったタイトルがずらりと並んでいく。
それらを吟味して、俺は一先ず『電脳歌姫ろっくんろー』を選ぶことにした。
『電脳歌姫ろっくんろー』は自分に自信がない女の子、宇多野りくと彼女を見出したマネージャーがヴァーチャルアイドルとして夢に向かって駆けあがっていく青春ものとラブコメ、それにアイドル要素を足して割らないような作品らしい。青春・ラブコメの黄金比にアイドルがどういう味を加えるのか非常に楽しみな作品だが、俺がこの作品を選んだ理由はそれだけではない。
俺がこの作品を選んだ最大の理由は、主人公が女の子ではなくマネージャーの方だという点だ。しかもマネージャーは名前もなければ顔も出ない。なんと全13話中で宇多野りくとマネージャーが直接顔を合わせるのは最初の一話と最終話のみで、登場シーンですら後ろ姿だったりで徹頭徹尾素顔は画面に出てこない。基本的にマネージャーは宇多野りくがいつも持っているぬいぐるみにレシーバーを仕込んでそこから話をしたり指示をしたりしている。
それで主人公はおかしいだろう、と言われるかもしれないがこのマネージャー視点で『電脳歌姫ろっくんろー』の物語は進行していき、最後に『電脳世界の歌姫』と呼ばれるようになった宇多野りくが電子ステージに上がる瞬間を見送る形でこの物語は終焉する。これは見終わった後の感想だが、恐らく製作陣はこのマネージャーを=視聴者という形にしたかったんじゃないだろうか。
『電脳歌姫ろっくんろー』という物語はつまり、歌姫へと駆け上がっていく少女の背中を押し見守る視聴者たちの物語であると考えれば、マネージャーの個性は逆に邪魔になるかもしれない。この人形越しに宇多野りくに話しかけているのは自分だという風に視聴者たちに思ってほしかったと考えると、これだけマネージャーの個を削って作品を作り上げる事もありなのかもしれない。
非常に面白かった。ぶっ通して13話まで見たが、なるほど。アイドル路線に寄っているが、ようはネット配信で視聴者を集めて活動するのがヴァーチャルタレントというわけだ。
それが分かっただけでもこの作品を視聴した価値はあった。そして、もう一つ。部屋を出て洗面所に向かい、そこにある鏡を覗き込む。そして、そこに写る自分の顔を見て、ぐっと右手を握り込む。
そこには普段とはちょっとだけ髪型が変わった、自分。山里一也の顔が写し出されていた。
「あれ、一也くん声かわった?」
「え、そうですか? ちょっと風邪気味なんですよね」
「あー、やっぱり? いつもよりずっと渋い声になってるよ! あと、その髪型も結構会うかも。イメチェンしたんだ」
「はい。仕事をするならちゃんと髪型もセットしとかないとと思いまして」
「真面目だなぁ。まだ事務所も出来てないんだからもっと気楽に行こう気楽に!」
「今はその事務所の設営作業中ですよ。真面目にやりましょ、真面目に」
「はーい!」
やっぱり女性は目ざといな。声について指摘されたときはちょっとドキリとしてしまったが、上手く誤魔化せただろうか。作品の特性で姿かたちが変わる点を抑えることは出来たが、流石に声優の声まではなんともならなかったらしい。男の主人公作品でよかった。これでもしマネージャーが女性だったら流石に誤魔化す事は出来なかったはずだ。
これが一度一週間借り切った後なら、プレミアムレンタル権とかいう奴で一日だけ借りるという事も出来るんだけどな。ついに一万円を切った『ドキ魔女』は兎も角、『煉獄列島』は月に10回はレンタルをしているくらいのリピートっぷりだ。もうちょっと細かく元の姿に戻れるならマジで神アプリなんだが……アプリの運営に改善要望を送ってみるか?
さて、そんなこんなで荷物を運び入れ、一先ず物は事務室に置くことが出来た。ここからまたセッティングとか色々やらないといけないんだがそれはまぁ後でやるとして、時計を見るともうすぐ12時という時間帯。昼休憩にはちょうどいいだろう。
「アキコさん、お昼にしません?」
「そだね! お腹空いてきたし。近くのお店に行こっか! どこかお勧めの店ってある?」
「それなら近くの蕎麦屋に美味しい所ありますよ」
ここに引っ越してきてそこそこ経つし、その間この近所でデリバリーの仕事をしていたから美味しそうな店はバッチリ抑えてある。美味しい食事というのは人生を豊かにするものだ。菓子パンで一日食いつないでいたブラック企業時代にはもう戻りたくない。
俺がお勧めする蕎麦屋は『えびな』という店だ。一族経営らしく料理人は親父さん夫婦と息子さん夫婦で店を切り盛りしていて、どの料理も美味しいのだが特に天ぷらが絶品。全商品を制覇しようと思っているのだが、ついつい天ぷらそばをリピートしてしまう位に美味い。
歩いて大体10分しない位の距離にあるため通いやすいのも良い。
「へ~、結構いい雰囲気のお店じゃない。ここもデリバリーで見つけたんだ? そう言う事するお店に見えないけどねぇ」
「そうですよ。なんでもお孫さんが色々と新しい試みを提案してくるんですって」
お店の暖簾をくぐると、店内はお昼時という事もありそこそこ込み合っている。店内を見渡していると、昼時だというのに珍しく噂のお孫さん、みなちゃんが注文を取っている様だった。彼女はまだ高校生らしく、見るとしたら大体夕方ごろなんだが。
「いらっしゃいませ~! あれ、デリバリーの依頼は来てませんよ?」
「今日はお客なんで。お客様対応でよろしく」
「はーい! あ、口コミ高評価よろしくお願いしますね?」
りんと鈴が鳴るような声で、彼女は声をかけてきた。みなちゃんとは夕方ごろの配達で結構会話をするため、こういう軽口の叩きあいもよくある。さらっと口コミを強要してくる強かさについ笑ってしまいながら、案内された席に着く。
「ご注文はなににしますか? 天ぷらそばとビール?」
「昼間からビールは良いかなぁ。この後も仕事なんだよ。ジャージ着てるけどね」
「あ。彼女さんとデートじゃないんだ」
「この人は上司だよ。就職したんだ」
「まだ作ったばっかの会社だけどね!」
少し考え込むような表情で俺たちの会話を眺めていたアキコさんが、割り込むようにそう口にする。俺が就職したと聞いてお孫さんはそばかすが少しある愛嬌のある顔立ちを歪めて、「え、ほんとですか! おめでとうございます!」と嬉しそうに言ってくれた。
「正確に言うと社員も二人しか居なくて、今は事務所の設営中って所だからね。仕事をするための準備中って感じかしら」
「ああ、なるほどぉ。お爺ちゃんとかが朝の仕込みをするみたいな感じですか?」
「仕事の為の仕事って意味ならそうかもね♪ あ、私大石あきこっていうの。これ名刺ね。近くに越してきたからこれからちょくちょく来させてもらうと思うわ」
あきこさんはそう言って、作ったばかりの会社の名刺を取り出しみなちゃんに手渡す。あまりこういう経験がないんだろう、みなちゃんは「うぇっ!?」と変な声を上げたと、おっかなびっくりといった様子で名刺を受け取った。
「え、ええと。これはこれはご丁寧に、で良いんだっけ。合同会社VVV?」
「それでブイスリーって読むの。いちおう意味があって、A virtual voice comes to visitの頭文字から取ってるのよ。仮想の声が訪問するって意味合いになればなーって。あと、VVVだと分かりやすいでしょ?」
「へぇ。もしかして、バーチャルタレントって奴です? 私も友達とかとYOUCUBEで見たりしますよぉ」
「そ。でも、まだ立ち上げたばっかりでタレントも居ないんだけどね」
ふと気づいたらあっという間にアキコさんは会話の主導権を握り、みなちゃんと急激に仲良くなっていく。流石は夜の町で鎬を削っていた人だ。コミュ能力が尋常じゃない。
あっという間に互いに名前で呼び合う仲になったアキコさんは、みなちゃんに注文を伝えて送り出した後、俺に顔を向けて悪だくみしてそうな笑顔でつんつんと俺の胸を指で付いてきた。
「私をここに連れてきた理由、あの子でしょぉ。手が早いわねぇ一也くんも」
「なにいってんすか」
「あの子。スカウトするんでしょ。すっごく良い声だもんね。喋りも上手いし、しっかり教育すれば化けそうな子だと思う。まぁ、私の素人目線でだけど」
「いえ。おっしゃる通りだと思いますよ」
真顔になってそう口にするアキコさんの言葉を肯定して、視線でみなちゃんを追いかける。アキコさんの言う通り、彼女は逸材だ。配達員として接していた時は気付かなかった彼女の長所が、『電脳歌姫ろっくんろー』をレンタルした今だからこそ俺にもよくわかる。
リアルの容姿はこれと言って特徴のない、良く居る可愛らしい子という印象だった。だが、目を閉じて彼女の声を、喋る姿を想像するとそれらの印象は一気に拭い去られる。
彼女にヴァーチャルの姿を用意すれば、アキコさんの言う通り化けるだろう。『電脳歌姫ろっくんろー』において全くの素人だった宇多野りくをシンデレラに押し上げたマネージャーとしての感性が、俺にそう言っている。
なんとか彼女をスカウトする方法はないか。家の手伝いや学校もあるだろうし頻繁な活動は難しそうだが、方法はあるはず。だが今のVVVはなんの実績もない状況だ。スカウトをするにも方法が限られるし……
「いやー、まさかこんなに早くうちの第一号タレント候補が見つかるなんてね! やっぱり一也くんと組んで正解だったよ! この調子でバンバンタレント候補を見つけてガンガンスカウトしていこうね!」
「なに言ってんですか。第一号のタレント候補はもうとっくに見つかってますよ?」
「はえ?」
アキコさんの言葉にそう返すと、気の抜けた返事が返ってくる。あ、そうか。そうだよ簡単な事じゃないか。ひなちゃんをスカウトする方法、思いついてしまった。
実績がないならさっさと実績を作ればいい。幸いなことに、ひなちゃんと並ぶくらいの逸材は目の前に居て、しかも身内なんだから。
「うちの第一号タレントは社長。『貴方ですよ』」
「………はえ!?」
『電脳歌姫ろっくんろー』において、マネージャーと呼ばれた男がよく口にしたセリフ。それを意図的に使いながら、俺はアキコさんを指差した。
山里一也(男)25歳
視聴履歴
『ドキドキ! 魔女っ子大戦争』(レンタル終了)
プレミアムレンタル権『不死鳥の魔女』(料金1万円)
『煉獄列島』(レンタル終了)
プレミアムレンタル権『閻魔の地上代行人』(料金1000円)
『電脳歌姫ろっくんろー!』(レンタル期間一週間)
以降は不定期更新になります。
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