表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/26

第5章 奪われた心、選んだ力5

***


 神殿中枢が軋む。老神官の声は、もはや祈りではなく、ただの命令だった。


「最終段階へ移行。封印柱、全解放せよ」


 地下深く――誰にも知らされなかった空洞。そこに横たわる“核”。王国を長い間支えてきた代償。穢れを吸い続けることで、均衡を保ってきた存在。


 それが地下深くに眠る贄という存在だった。


「制御限界、解除します」


 白い封印鎖が一つ、また一つと砕ける。そのたびに、神殿そのものが悲鳴を上げた。足元が崩れ、アシュレイとレオンの視界が揺れる。


「何をした……!」


 アシュレイの黒が、鋭く形を変える。地下から吹き上がる圧。それは確かに穢れ――だがあまりにも重くて古く、そして“人の気配”を帯びていた。


 レオンの顔色が変わる。


「これは……王国守護核」


 記憶を取り戻した騎士としての確信が言葉になる。


「まさか地下の贄を、解放したのか」


 大きく床が裂ける。現れたのは、黒とも白ともつかぬ歪な巨塊。人の形を辛うじて留めたそれを無数の鎖が縛っていたが、光り輝く鎖が粉々に砕け散る。その瞬間、見るも無残に穢れが溢れた。


 それは叫ばない。ただ、都市の方角へと静かに滲み出す。


 老神官の声が響く。


「殿下。神殿を破壊すれば、この贄は完全暴走する。王都は壊滅します」


 脅しではなく、事実のみを告げた。地下の贄は神殿と一体化しているせいで、ここを壊せば全てが終わる。


 真実を知り、アシュレイの黒がわずかに揺れたのを見て、レオンは無言のまま前に出る。まだ術式の残滓は絡みついていが、その瞳は完全に“騎士”だった。


「……卑劣だな」


 アシュレイの声は低い。怒りではなく、明確な軽蔑を含む。


 地下の贄が腕を振るい、穢れの奔流が神殿を薙ぎ払う。柱が砕け、神官たちが遠くに向かって吹き飛ぶ。制御など存在しない。ただ解き放っただけの力のみ。


「アシュレイ!」


 レオンが白の加護を展開する。だが、圧が違いすぎた。押し潰される寸前で、アシュレイが隣に並ぶ。黒が盾となり、白と重なって受け止める。


 ぶつかり合った衝撃で、床が砕ける。それでも、ふたりは退かない。


 贄の中心。そこに、確かに“誰か”がいた。歪んだ輪郭。削られ続けた存在の残滓。


 アシュレイの胸が、痛いくらいに締め付けられる。


「……これが、国の秩序か」


 誰か一人を削り続けて、成り立つ均衡。


 レオンが低く言う。


「止める方法は一つだ」


 中枢の破壊か、それとも核の浄化か。どちらも命を賭けるしかない。


 地下の贄が震えるように振動すると、王都の方角に黒い亀裂が走る。


 時間がない、それでも――。


「殿下! 貴方の持つ穢れを接続すれば安定する!」


 老神官の悲痛な叫びに、アシュレイは苦虫を嚙み潰したような表情を見せた。


「殿下が新たな贄となればいい! さすれば国は助かります!」


 その言葉に、空気が凍る。


「させない」


 レオンが即座に否定し、迷いのない一歩を踏み出した。完全に戻った騎士の眼。アシュレイは、地下の贄を見つめる。幾重の鎖に長い間繋がれ、削られ続けた存在――祈禱棟に幽閉された自分と同じだと思った。


 静かに、穢れの質が変わる。刃ではない。包み込む、深い海のように。


「レオン」


 穏やかな声で、アシュレイは語りかける。


「ふたりでやる」

「わかった!」


 白と黒が並ぶ。対抗ではなく――共鳴として。


「核は中央だ、外殻は俺が断つ!」

「だったら内側は、私が引き受ける」


 互いの視線が交わる。それだけで十分だった。


 ふたりで息を合わせて踏み込む。白が道を切り開き、鎖を断つ。黒が穢れを受け止めて逸らす。破壊しない。拒絶しない。ただ受け入れて、整えるだけ。


 核へ辿り着き、アシュレイが手を伸ばす。触れた瞬間、頭の中に流れ込む。


 怒りと絶望、そして孤独――長い時間、削られ続けた記憶がそこにあった。


「そうか……長きに渡り、一人で抱えさせたな」


 地下の贄の記憶を知り、アシュレイの黒が震える。それでも崩れない。背後から支えが入る。白の加護から確かな体温が流れた。


「一緒にやるって言っただろ」


 低い声で、アシュレイを奮い立たせる。互いの揺るがない意志のおかげで、黒と白が絡み合う。


 それは対立や支配でもない――響き合い。暴れていた地下の穢れが、形を得る。


「……ああ……」


 かすかな声。人だったものの瞳に光が戻って鎖が崩れ、暴走が止まる。王都へ伸びていた亀裂が、次第に閉じていく。


 神殿の崩壊も止まった。核はそのまま光となり、細かな粒子となって空へ溶ける。残されたのは――崩れた床と膝をつくふたり。


 荒い呼吸だったが、ふたりは笑いながら目を合わせた。視線が交わるけれど、今度は揺れない。


「……守れたな」


 レオンが笑う。完全に戻った、その顔で。アシュレイの黒は、もう荒れていない。穏やかに、静かに揺れている。


「これが、私たちの答えだ」


 穢れは呪いではない。白は抑圧ではない。響き合えば守れることを証明した瞬間だった。


 レオンがそっと手を取る。今度は、誰にも奪われない。


 神殿の空に、夜明けの光が差し込む。王国は新しい均衡へ向かう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ