花籠は黒
これにて第一章 閉幕です。
ジニィが廃墟街から一時離脱している間、残った仲間三人の捕り物は超展開を迎えていた。端的にまとめると、結果は出したが やり方は始末書モノ。この とても褒められない話は、ジニィの伝聞と個人的な推察によるものなので、それを前提に聞いてほしい。
対峙する元幼馴染みのバスカルと悪党ヘクター。ヘクターは案の定、居残った子ども=パーシーを人質にして逃走を図った。そうはさせじと奮闘するバスカル。“同じ環境下で育った友人”という特殊な関係性が、お互いの行動を縛り合う。
そんな二人の間に お邪魔虫ならぬカーターが飛び込み、三つ巴合戦の火ぶたが切られた。その様はオス猫三匹の戦いだったと、後から駆けつけたクライヴは語る。
バスカルは必死にヘクターを説得するが、人質を気にするあまり手を出せない。カーターは執拗にヘクターを狙い続け、少年の安全に頓着しない。
にっちもさっちも行かない状況で、先に動いたのはパーシー少年だった。ヘクター信者の彼は、主を助ける為に手持ちのナイフでバスカルを刺したのである。この時 少年が使ったのは、刃渡りの短い果物ナイフ。対するバスカルはレスラー体型で、分厚い筋肉と脂肪に守られた内臓は難を逃れた。
バスカルは反射的に丸太のような腕を少年に振り下ろした。哀れなるかな、彼は残酷な物量差に押し潰され、すぐ後に駆けつけたクライヴによって救護された。
正気を失ったヘクターは、自らが傷つく事を恐れず暴れまくった。それを危ぶんだクライヴが、相棒カーターを囮に制圧にかかる。チョークスリーパーをキメられたヘクターは、白目を剥いて泡を噴いた。
事ここに至ってバスカルがトチ狂う。初恋の人が死ぬ。幼馴染みが殺されてしまうと。
クライヴ曰く、どさくさに紛れて体を撫で回された。
カーター曰く、ナメクジが這うような手の動きだった。
クライヴの腕が緩んだ隙に意識を取り戻したヘクターは、身を捩って逃走を図る。これを見逃すカーターではない。打撃系サーベルで容赦なくヘクターを打ち据えた。
ヘクターを殺された(死んでない)事で怒り狂ったバスカルは、猛牛となってカーターに襲いかかった。
教会から戻ったジニィが目撃したのは、ここからの出来事である。
件の犯罪者を放置してマジ喧嘩するバスカルとカーター。放心するクライヴ。現場はカオスな状況下にあった。よってジニィは、その場で取り得る最善の選択をした。まずは二人の喧嘩を止める。バスカルの背後を取って、二人を引き離す作戦だ。
ジニィ曰く、バスカルは体がデカいが、カーターに比べれば動きが遅い。背中に取り付けば何とかなると思った。
だが後ろに突き出されたバスカルの肘のせいで、ジニィはバランスを崩してしまった。そこに狙いを外したカーターの拳が飛び込み、ジニィの顔面にミラクルヒット。からの鼻血ブッパで悶絶。二人の醜態に巻き込まれたジニィは、ブチ切れた。
激しく揉み合っていたオス猫二匹は、電光石火の襲撃によりノックアウト。仲良くおそろいの青アザをもらって、クライヴを加えた三人でジニィに謝罪した。
「今回の不始末(ケガ&トラウマ)は、連帯責任で帳消しにしよう。だがバスカル、テメーは責任超過」
「何でだよっ!?」
ボロボロのヘクターと拘束した青少年らを引き連れ、彼らは拠点に帰還した。留守居していた文官と護衛らは、兵士四人とプラスアルファの流血及び殴打の痕跡を見て、凄まじい戦闘を想像した。
「チッ。一張羅に血がついちまった。鼻が折れてるかも知れない」
「どれ、見せてみろ」
殴り合いに慣れてるクライヴが、ジニィの鼻を見てくれた。当たり前だが顔が近い。そんな二人を、バスカルが落ちつかない様子で窺っている。悲しい初恋は幕をおろし、新たな恋物語を綴る準備が整ったようだ。
「うん。血は止まりかけてる。これくらいならすぐ治るさ」
殴ったのが馬鹿力のバスカルでなくて本当に良かった。
小さく丸めた布を鼻の穴に詰めたジニィは、サーベルを携え立ち上がった。
「とうした?」
「カドマス本家に行こうと思う」
「そのサーベルに血を吸わせに行くのか?」
カーターの脇腹に拳がめり込む。悶絶する彼を横に押しのけて、クライヴはジニィの肩に優しく手を乗せた。
「頭部を殴られたんだから、しばらく休んでいろ」
「あ、ハイ」
彼の言葉は代官の命令でもある。隊の仲間達の安否を気にかけながら、大捕物の夜は過ぎていった。
翌朝ーー火災に見舞われたカドマス本家は、騒動の末に本家当主が拘束され、使用人、私兵らも含めて多数の重軽傷者が出た。
「デューガルド! 貴様の望むものなど何一つとして手に入らん。全てを失って後悔するがいい!」
「ふん(原本と写しの区別もつかぬ阿呆め)。
連れて行け!」
カドマス本家当主を筆頭として、関連を疑われる犯罪者ら(ヘクター含む)もソーン市衛兵隊の監視下に置かれる事になる。
支配者が消えた中区は、不気味なほど静かな日々が続いている。その傍らで、町の顔役らは代官に出頭を命じられ、何日にも渡って取り調べを受けていた。皆もれなく罪に問われる事を恐れていたが、中区衛兵隊のジニィと その仲間たちの説得により、素直に取り調べに応じている。彼らの協力的な態度は代官に認められ、情状酌量または減刑の処置が下されそうだ。
中区の住人らから もたらされた犯罪の実態は、デューガルドらが驚嘆するほど膨大なものとなった。カドマス家が中区から搾取した労働力。そこから吸い上げた金の流れ。当主の目論見。野望の全体像が浮き彫りになっていく。
そして中区衛兵隊は、ほとんどの隊員がソーン市本隊への異動が決定した。ヨソから見れば栄転だが、単純に喜べるようなものではない。
「どれくらい向こうに留まる事になるんでしょーね?」
トサカ後輩カルが、適当に荷物を突っ込んだ箱を持ち上げてボヤいた。彼は初めて実家を出て、ソーン市衛兵隊の寮に入る。
「せっかくの花祭りが別れの日になるなんて……」
人員がゴッソリ入れ替わるので、本日は異動準備と大掃除にと大変忙しい。屯所に残るのはお調子者二人組と、そろそろ引退を考えている最年長、隊を辞めて実家を継ぐ青年らの五人だ。
「このメンツ、なんか既視感ある〜」
屯所の最年少・超生意気な新人が、異動する顔ぶれを ぐるっと見回す。
「俺は楽しみだぜ。だろ? 隊長は昇級するしよ」
「そんなお気楽なモンじゃねえよ」
一人ウキウキしているバスカルは、目先の恋愛しか見ていない。実はグレイズも新天地に結婚相手を求めており、これまでよりも気合いが入っている。
「素敵な旦那さまが見つかるといいなあ」
「なあ、分かるか? 俺たちは男扱いされてないんだぜ……」
奇しくも引っ越し当日は花祭り最終日。この町を去るジニィ達に、街の人々からたくさんの花が贈られた。
「向こうで良いお嫁さん見つけるんだよ」
「いいか? 好い相手見つけたらガンガン アプローチしろよ!」
花祭りの由来は、おしどり夫婦で有名な先代領主夫妻のエピソードだ。この祭りでは大切な人に花を贈る風習がある。贈った相手が花を受け取れば、最終日にカップルでダンスを踊れるのだ。住人らがくれた花は、餞別の他に「好きな人に贈って一緒に連れて行け」という意味が込められている。
「ケッ。余計なお世話だぜ」
「今年こそは恋人できて、脱・祭りボッチだったのにぃ」
「オメーは まず恋人できる予定がねーだろ」
騒がしい隊員らを横目に、ジニィは一輪の花を取り上げた。素朴で可愛らしいヒナギク。その花弁は鮮やかな紫色。
「隊長の好きな人の色ッスか?」
「バーカ」
あの夜以降、雑貨屋には帰ってない。ジニィは迷っている。会うべきか。会わざるべきか。教会前での事は、小さな棘となって心に刺さったまま、今でも抜けずに残っている。
(俺は何を見逃してるんだろう)
花を箱の上に放り、二段に重ねて外に運び出す。
「ん? 誰だ、あれ」
荷馬車の前に誰かが立っていた。見覚えのない軍服。あれは正騎士のコートだ。艶やかな光をまとう黒い軍服には、精緻な赤色の刺繍が施されている。肩章はコートに隠れて見えない。軍帽を目深にかぶったその人物は、立ちすくむジニィに気づいて顔を上げた。
「あ、アルカン!?」
雑貨屋店主アルカン。兄想いの弟。ジニィの大事な身内。どの肩書きも今の彼には当てはまらない。顔だけは義弟にそっくりな他人。怜悧な美貌の知らない騎士が、ジニィをジッと見据えた。
「迎えに来たよ」
「え?」
信じがたい事に、声はアルカンそのもの。彼はジニィに近づくと、箱の中に見つけた花を そっと摘み上げた。
「あなたには二つの選択肢がある」
「あ……アル、カン?」
紫の瞳がジニィを捕らえる。眼差しは震えるほど強く、体が石にされそうだ。
騎士はジニィの耳の上にヒナギクの花を挿した。
「一ツ。ソーン市に骨を埋める」
冷淡な双眸とは裏腹に、手袋越しの指先が 愛おしむようにジニィの眼尻に触れる。
「一ツ。ぼくのモノになる」
ジニィは酸素を求めて口を開いた。浮かぶ疑問は声にならず、衝撃は思考を鈍らせた。腕に回る手のひらの感触。ジニィを閉じ込めようとする黒い檻。
「どちらを選ぼうが、おなじこと」
黒い騎士は謳う。
「願わくば、あなたの意思で ここに」




