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09:ラブレター -後編-


「オレ、ちょっと返事しに行ってくるから」


 妙に長く感じられた一日の放課後になって、顔を合わせた千蔵は開口一番に俺にそう告げてきた。一瞬なんの話かわからなかったのだが、その手には今朝渡したあの白い封筒があったので、告白の返事をしに行くのかと遅れて理解する。


「……おう、行ってこい」


 呼び出し場所らしい方角へと向かっていく千蔵を見送ると、俺は大きく溜め息を吐き出してその場にしゃがみ込む。事情を知らないクラスメイトがどうしたのかと俺を見ているが、今はそちらを気に掛けている余裕もないのが笑えてしまう。いや、実際の表情は全然笑えていないのだが。


(あの子と付き合うってなったら、俺邪魔だよな)


 彼女は同じ路線の利用者だったようだから、付き合い始めれば当然同じ電車に乗るだろうし、これからはきっと千蔵と一緒に登下校をすることもなくなる。王子だからと始めは距離を置いていたけれど、今なら女子たちが千蔵を見て騒ぐ理由もわかると思った。むしろ見る目がありすぎる。

 好意を抱く者同士で牽制しあっていたのかもしれないが、見た目も良くて気遣いもできる男の隣に、今まで特定の相手がいない方が不思議だったのだ。


(……帰るか)


 別に待っていろと言われた覚えはないし、恋人になるなら今日から一緒に帰りたいだろう。戻ってきたアイツに変に気を使わせるのも嫌だと思った俺は、千蔵を待たずに足早に学校を後にした。


(おめでとうとか、言うべきだよな。一応)


 友達として祝いの言葉を述べるのは別に不自然なことじゃない。二人並んで電車に乗る姿を想像すると、お似合いだとすら思う。俺だって高校生活の中で彼女を作って青春を謳歌するんだと、人並みに考えたことだってある。その青春が、千蔵に一足先に訪れたというだけだ。だというのに、最低な自分も胸の内に存在しているのは事実だった。


(千蔵なら、断るんじゃないかって……なんで思ったりしたんだろうな)


 他人に興味関心が無いと言っていた千蔵。まるで隣にいる自分だけが特別扱いを受けているような、勝手な錯覚を起こしていたのかもしれない。


(登下校に付き合ってくれたのは、千蔵にとっては単に人助けだろ。目の前で過呼吸起こしてる奴見て、勝手に事情まで聞かされて、大変だねじゃあサヨナラって言えねえっての)


 慣れた道のりが長く感じられたが、自己嫌悪に陥りつつもようやくたどり着いた駅のホームで電車を待つ。やがて滑り込んできた電車のドアが開かれると、そこに踏み込もうとした瞬間、俺は覚えのある息苦しさを感じて足を止める。


(っ……なんで、だよ……!?)


 指先が冷たくなって震えるのを感じた時には、俺はすでに過呼吸を起こし始めていることに気がついた。慌てたところで自分を守るためのヘッドホンは首元にも鞄の中にも無い。落ち着いたと思っていたのに、千蔵が隣にいないだけでこれなのか。


(情けねえな、俺)


 今日までのことはすべて千蔵の厚意で成り立っていたものだ。アイツが他を望むなら、いつでもこの関係性は解消されるものだった。千蔵に甘え続けてはいられないと思うのに、どうしてここにいないんだとも思ってしまう。


(ダチって、こんな風だったかな……)


 息苦しいし頭の中もぐちゃぐちゃで、とにかく早く家に帰らなければ。その思いだけで俺は震える脚を動かして無理矢理にでも電車の中に乗り込もうとする。


「橙ッ……!」


 その瞬間、俺の身体は力強い腕によって後方へと引き戻される。何が起こったのかわからなくて振り返った先には、らしくないほどに大きく息を切らした千蔵の姿があった。


「え、千蔵……なんで……?」

「ここ、邪魔になる」


 いつもより眉尻を吊り上げてなんだか怒っているようにも見える千蔵は、短く告げると俺の腕を引くのでホームの隅へと移動を余儀なくされる。


(あれ、あの手紙の子は……?)


 てっきり一緒にいるものだとばかり思っていたのに、周囲を見回してもそれらしき姿を見つけることはできない。


「なんで一人で帰ったの?」


 明確に責められているような声色にぎくりとして、別に悪いことなどしていないはずなのに、妙な罪悪感が湧き上がる。


「な、なんでって……手紙の子に返事しに行っただろ」

「そうだよ。断りに行っただけなのに、なんで待っててくれなかったの?」

「え……断ったのか……?」


 千蔵がどうして怒っているのか理解はできなかったが、まさかの言葉に俺はそちらに食いついてしまう。


「当然でしょ、好きでもない子とどうして付き合うの?」

「いや……だって……」


 あまりにも正論を向けられると言葉を続けられなくなってしまうが、そういえば手を握られたままだったことに気がついて、俺は腕を引こうとする。けれど千蔵が逆に力を込めてくるので、手を離すことは叶わなくなってしまった。


「……あのさ、橙はオレと一緒にいるの嫌?」

「え、嫌じゃねえけど」

「そう。それならさ、ちゃんと聞いてほしいんだけど」

「ああ……?」


 いつになく真剣な表情で俺を見る千蔵に、なんとなく背筋が伸びてしまう。


「オレにとって、家族以外でいま一番大事なものを決めるとするなら、橙なんだ」


「え……俺……?」

「そう。だから変な気遣いとかしないで、嫌じゃないならそばにいて」


 まるで愛の告白でも受けているのかと錯覚するほど、千蔵はまっすぐに想いを伝えてくる。


(まだ……千蔵と一緒にいてもいいのか、俺)


 俺は千蔵が本心でどう思っているか聞こうともせず、思い込みだけで結論を決めつけていた。彼のためだと思っての行動だったけれど、結果的に余計な世話を焼いただけになってしまったらしい。


「……わかった」


 そのことを反省するにしても、どうしたって消しきれない感情がそこに残る。


(嬉しい、とか……最低だな、俺)

「うん。それじゃあ、帰ろうか。橙」

「……おう」


 見知らぬ彼女の想いは無下にしてしまったけれど、どうやら俺はまだ千蔵と離れる必要はないらしい。そう思うだけで、握られていた指先はいつの間にか温もりを取り戻していて、俺は気持ちが一気に軽くなっていくのを感じていた。


(……あれ?)


 新たに到着した電車に乗り込もうとした時、少し離れたホームの上に佇む女子生徒の姿に気がつく。一纏めにした長い黒髪と黒縁眼鏡。千蔵の妹の紫乃(しの)であることは間違いなさそうだ。


「っ……!」


 レンズ越しに向けられた瞳が、まるで俺を敵視する色を湛えているように見える。


(見間違い、だよな……?)


 すぐに彼女は俺たちとは別の車両に乗り込んでいって、先日の千蔵の家で会った時のように、自分の勘違いだと思うしかなかった。


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