06:好きなもの
「橙さぁ、最近よく千蔵と一緒だよな」
指摘を受けた放課後。いつかはこんな日を予想したが、いざ現実となると少々面倒だと感じてしまう。俺の前の席に座ってじとりとした視線を向けてくる塚本。興味本位が三割、残りは最近構ってやらないことへの恨み節といったところか。
「いや……千蔵には勉強教わってたし、まあちょっと」
「えっ、橙くん王子と仲良くなったの?」
「なになに、王子の話!?」
俺の声が耳に届いたらしく隣の席の女子が反応したかと思うと、連鎖的に他の女子たちもわらわらと集まってくる。あっという間に自席の周りを囲まれてしまった俺は、まるで取り調べを受ける容疑者の気分だ。
「王子ってなに好きなの?」
「さあ……猫とか?」
「王子ってどんな風に過ごしてるの?」
「さあ……?」
「王子って音楽なに聴くの?」
「さあ……?」
四方八方から飛び交う質問の嵐に、俺は聖徳太子ではないと言いたくなる。けれど次第に止んでいく質問の代わりに、なんだか妙に残念そうな視線が増えていく。
「……な、なんだよ……?」
「橙って、仲いいわりに王子のことあんまり知らないんだね」
「は?」
「っていうか、ホントに仲いいの? 勘違いじゃなくて?」
「あー、王子誰にでも優しいもんね」
勝手に寄ってきて勝手に失望するクラスメイトたちに、俺のこめかみに青筋が立っていくのがわかる。
「上等だ、なら何だって調べてきてやる!」
そうして勢いで返してしまった俺は、なぜだか千蔵についての調査をすることになったのだった。
(にしても、調査ってなにすりゃ……買い物の様子でも観察……って、あれ?)
頭を捻りつつまずは目的の男に声をかけようと立ち上がった時、廊下の方を見て誰かに笑いかけている千蔵の姿が目に留まる。あの男が愛想を振りまくのは今に始まったことではないので、また誰かにファンサのようなことをしているのかと思ったのだが。
(……?)
廊下に立つのは、長い黒髪を一つに束ねた一人の女子生徒だ。どちらかといえば地味な印象を受ける彼女は、お世辞にもオシャレとはいえない黒縁眼鏡をかけている。
相手は特にアピールをしているわけでもないというのに、千蔵側は嬉しそうな笑顔と共に、手元で控えめなサインを送っているように見えた。けれど女子生徒は気づいているのかいないのか、特に何かを返したり反応する素振りも見せずにその場を去っていく。
(知り合い、か……? それとも、千蔵の好きな女子、とか……)
笑った顔。ちょっと悪そうな顔。他の奴が知らないであろう千蔵の顔を、俺はこの数日だけでいくつも目にしてきている。やたらと騒がしい心臓に困惑したこともあったし、今だってあまり見かけないような、いつもと違う千蔵の姿を目撃したのは同じはずなのに。
(なんで…………こんなモヤついてんだ)
「橙、どうかした?」
「っ……!」
名前のわからない感覚を怪訝に思っていると、いつの間にやってきていたのか、千蔵が俺のすぐそばに立っていた。登下校に千蔵がやってくるのはもはや恒例になりつつあって、千蔵だって当然みたいな顔をして俺に話しかけてくる。
「いや、別に……あのさ、帰りちょっと買い物行かねえ?」
「え、買い物? いいよ、どこ行く?」
当初の目的を思い出した俺の誘いを、千蔵は二つ返事で承諾する。先ほどの女子生徒は誰だったのか聞いてみたい気もしたが、コイツだってあまり詮索されたくはないかもしれない。そう思うと、俺は尋ねる機会を失ったまま教室を後にした。
目的地に定めた駅前の商店街をふらふらと歩きながら、気を取り直した俺は調査を実行するためにそれとなく質問を投げかけていく。
「おまえさ、そういうの好きなのか?」
「ん? これ?」
古着屋の店先で手に取ったカジュアルなシャツは、胸の辺りに不可思議なキャラクターがプリントされている。千蔵は首を横に振って俺の身体に当ててきた。
「ううん、橙に似合いそうだなって思って」
「俺……?」
似合うだろうかとシャツを見下ろすが、確かにこういったデザインの服は嫌いではない。
「じゃあ……買う」
丁度新しいシャツも欲しかったしなと頭の中で言い訳を並べて、俺は千蔵の選んだシャツを購入した。
次に千蔵が目を留めたのは、テイクアウト専門のクレープ屋だ。ちょっと小腹が空いたからと、俺たちはそれぞれ違うクレープを注文する。
「おまえは総菜系のやつにしたんだな、甘いのよりそういう方が好きなのか?」
「ん? そういうわけじゃないけど、橙が甘いの頼んでたから。しょっぱいのも欲しくなるかもと思って」
「え……」
俺が注文したクレープには、イチゴとバナナに大量の生クリームが添えられている。一方の千蔵が注文したクレープは、ツナと卵にレタスが添えられたものだった。
(わざわざ、そんなこと考えてたのか)
「橙が回し食いみたいなの苦手だったらアレだけど、どう?」
そう言って千蔵は貴重な一口目を俺に寄越そうとする。別に回し食いは気にならないし、甘いものとしょっぱいものを交互にいけばいくらでも腹に入る気がするタイプなので、人目を気にさえしなければ両方注文したかったのが本音だ。だから目の前に差し出された誘惑に抗えず、俺は千蔵のクレープに一口噛り付いた。
「……美味い」
「良かった。その日の気分にもよるけど、クレープってどっち頼むか迷うんだよね」
「それは確かにわかる」
邪魔にならない店の角に立って今度は甘いクレープを口にすると、胃袋が満たされていくのを感じる。
(……こっちは一口寄越せとか言わねえんだな)
なんとなく自分ばかりが施されるのも癪で、少し考えてから俺は自分のクレープを千蔵に差し出す。
「おまえも食うか? 甘い方」
「えっ……?」
「あ、いや、食いたかったら反対側――」
けれど、差し出したのがすでに俺が噛り付いた側だったことに気づいて、反対側に回転させようとする。それよりも先に腕を掴まれたかと思うと、以前よりも近くに銀色のピアスが見えて、躊躇うことなく千蔵がクレープを口にしていた。
「……うん、こっちも美味いね」
「ッ……てっ、定番の味なんだから当然だろ」
男同士なのだから何も意識する必要などないというのに、なんとなく千蔵の目を見ることができなくて、俺はじわりと燻る熱を誤魔化すようにクレープを食べ進めた。
そんな調子で数軒をはしごした後、訪れたのは食器や調理器具などを扱う少々古めかしい店だ。
「おまえ、料理とかすんの?」
「まあ、多少はね」
「へえ。なに作れんの?」
「ん-、簡単なものだよ。カレーとかオムライスとか、あとは炒め物とか」
王子は料理までできるのかと、複雑そうな顔をする塚本の姿が容易に想像できる。
「……橙さ、なんか今日変じゃない?」
「え、変か……?」
指摘を受けた俺はぎくりとしてしまったことで、千蔵に余計な疑念を生ませてしまったと感じる。しまったと思ったところで後の祭りだ。圧のある視線に追い込まれた俺は、後退した先で壁に背中をぶつけてしまう。
「一緒にいるし、確かにオレのこと見てるけど……なんか、蚊帳の外にいる気分」
これが噂に聞く壁ドンというやつなのかと、どこか他人事のように考えていた俺に白状しろとばかりに千蔵が迫る。
「どういうつもり?」
「いや、その……ええと……実は……」
観念した俺は事の経緯を素直に話すほかなく、別に悪いことではないはずなのだが妙な罪悪感に駆られる。説明を終え、さすがに怒っているだろうかと泳がせていた視線を戻してみると、そこにあったのはどこか拗ねたような千蔵の表情だった。
「なんだ、橙がオレに興味持ってくれたわけじゃなかったんだ」
「それは……」
確かに始まりこそクラスメイトからの質問責めではあったのだが、厳密に言えばそれだけではない。本当に仲がいいのかと問われて、俺は内心で面白くないと感じたのだ。他の奴らが知らないであろう顔も俺は知っているのに、千蔵について知らないことの方がまだまだずっと多いという事実。
「……知りたいと思ったのは、俺の意思でもあるけど」
共に過ごす友人ならばきっと、相手のことを知りたいと思うのは普通のことだろう。だから別に、それを白状するのは恥ずかしいことではない。
(今度こそ怒らせたか……?)
そう思ってそろりと千蔵の顔を窺い見てみる。
「……そっか、ならいいや」
だというのに千蔵がやけに甘ったるい顔で笑うものだから、俺はやっぱり言うべきではなかったのだろうかと、密かに後悔していた。
「ねえ、橙」
なんだ、と言う代わりに俺は千蔵に視線で問う。けれど目が合わなかったのは、千蔵が俺の耳元まで唇を寄せてきていたからだ。
「オレのこと知りたいと思ってくれるなら……うち、来る?」




