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05:ご褒美

「解放されたーっ!」


 正午過ぎ、爽やかな青空の下。俺は試験勉強から解放された身体を思いきり伸ばして、とある店の前に立っていた。


「あはは、(かぶち)は元気だなあ」


「そりゃ無事に赤点回避どころか、普通にいい点取れたしな。元気にもなるだろ」


 隣には当然のように千蔵の姿もある。なにせ今日は、試験勉強の褒美を貰いに来たからだ。シャツにジャケットを羽織ったモノトーンの私服姿は、シンプルなのに千蔵が着ているというだけで洒落て見えるから不思議なものだと思う。一方の俺はラフなパーカーで来てしまったのだが、もう少し考えるべきだったのだろうか。


「基本的に50点台が多めだったけど、赤点回避って騒いでたからもっと酷いのかと思ってたよ」

「試験勉強してなかったら普通に赤点だっただろうな」


 予想以上の点数が取れたのだから俺としては言うこともない。……はずなのだが、千蔵は当然のようにすべての教科で90点台を取っていた。だからこそ試験の結果が出た当日は、実を言うと素直に喜びきれなかったのだ。


(次は、もうちょいイイ点取れっかな。そしたらまたこうやって千蔵に褒美貰……って)


 はたと、自分が何を考えているのかと思い至って恥ずかしくなり、思考を慌ててかき消していく。当たり前のように次も勉強を教わるつもりでいることも、また褒美を貰おうとしている自分にも、信じられないという思いが膨らんでいく。


「橙?」

「えっ!? あ、なんだよ?」

「こっち」


 名前を呼ばれて勢いよく振り返ると、少し離れた場所で千蔵が俺に向かって手招きをしている。見れば店の前には列ができ始めていて、千蔵はそこに並ぼうとしているようだったので、俺も慌てて隣に移動する。


「ここのお店、最近できて話題になってたけど、やっぱり並ぶんだね」

「ああ……つーか、女子ばっかだな」


 何気なく周囲に視線を巡らせたところで、店先に並んでいるのは俺たち以外全員が女性であることに気がつく。オープンしたての人気スイーツ店とあって目をつけてはいたのだが、それは当然俺たち以外の人間であってもそうなのだろう。ましてや店の外観はピンクと白を基調とした可愛らしいデザインをしていて、圧倒的に女性客が多いことは考えるまでもない。


「なんか、俺ら悪目立ちしてねえ……?」

「そうかな? 気にすることないよ」


 しかし千蔵は言葉通り気にした様子もなくガラス越しに見える店内の様子を眺めていて、ちらと俺の方を見ると柔らかい笑顔を向けてくる。


「悪いことしてるわけじゃないし。性別とか関係なく、好きなものは好きでいいでしょ」

「それは……そう、か」

「それより、体調は平気?」

「ん? 体調?」


 何を問われているのかわからずに疑問を口にするが、千蔵が自身の首元を指先でトンと叩いたことで、遅れてその意図を理解する。首元に掛けられた俺のヘッドホンを指しているのだろう。


「ああ、平気。目立つけどまあ、話してるとそっちに意識行くし」

「そっか、じゃあなに食べるか決めよ」


 そう言って自身のスマホを操作した千蔵は、ネット上で公開されている店のメニューを表示して、画面をこちらへ傾けてくる。


(……なんつーか、気遣い方もスマートだよな)


 メニューを眺めながらああでもないこうでもないと話しているうちに、待ち時間はあっという間に過ぎていった。店内端のソファ席に通された俺たちは、豊富なメニューの中から何にするかを迷った末に、どうせならと店のイチオシ――始めは悩んだが、奢る千蔵がいいと言ったのでそれに決めた――を注文することにした。

 運ばれてきたのは旬のフルーツと生クリームが惜しげもなく盛り付けられた特大のパフェで、見た目のインパクトだけでなく味も値段に見合ったものだと感じる。


「うんまぁ!」


 甘すぎない生クリームの軽さはいくらでも胃に入る気がするし、メインで飾られた真っ赤ないちごは甘くて思わず顔が綻ぶ。


「良かった、ここに決めて正解だったね」

「マジで美味い。スゲー脳が修復されてく感じする」

「修復されてそうな顔してる」


 猛勉強で疲れきった脳を癒すべくパフェを堪能する俺を見て、千蔵は笑いながら自分の手元にあるガトーショコラを口にしている。王子だから紅茶という偏見があったのだが、ブラックコーヒーを嗜む姿も様になるなどと頭の片隅で考えてしまう。


「はー、満足した。ごちそーさま」


 中間層のコーンフレークは食感を飽きさせないし、〆の最下層はフルーツソースの添えられたヨーグルトで、後味も最高だった。


「喜んでもらえて良かった。店に入る前はやっぱり帰ろうとか言い出す空気だったしね」

「いや、あれはそうなるだろ」


 千蔵の言葉に改めて店内を見回してみても、席に座っているのはどこもかしこも女性ばかりだ。貴重な男性客だって同席しているのはすべて女性で、男一人はもちろん男同士で店を訪れている人間は見当たらない。


「おまえみたいに、人目気にせず振る舞えるのってスゲーよな」

「そうかな?」

「王子だから見られ慣れてんのもあったりすんのか」

「やめてよ」


 そう言って笑う中にも照れたりする様子はなく、王子という愛称で呼ばれることにも慣れているのだとわかる。


「……気にするほど、興味とか関心が無いのかも。他人に」

「え、そうなのか?」


 次いで千蔵の口から発せられた言葉は意外なもので、俺は目の前の男をじっと見つめる。浮かべられた笑みこそ穏やかではあるものの、普段のそれとは少し違うものに思えたのは、見慣れた制服姿ではないからだろうか?


「大事な人以外からどう思われても、オレには関係ないからさ」


 はっきりとそう言い切る千蔵。確かに、普段の彼は決まった誰かとつるんでいたりするのを見た記憶がない。誰とでも上手くやれて、どのグループにも溶け込めるように見えて、実は案外そうではないのかもしれない。だからこそどんな相手にも一定の距離を保って、穏やかに接することができているのか。


「……じゃあ」

(……俺は?)


 こうして二人で過ごす機会の増えた俺は、千蔵にはどう思われているのだろう。なんて馬鹿みたいな思考が脳裏を掠めて、言葉として出しかけたものを紅茶と一緒に飲み込んでいく。


「橙?」

「っ、そろそろ出ようぜ。外並んでるし」

「ああ、そうだね」


 立ち上がった俺につられて席を立つ千蔵は、スマートな仕草で伝票を手にレジへと向かっていく。


(アイツにどう思われてようが、いいだろ別に)


 会計を済ませた千蔵と共に外へ出ると、入店を待つ列は店の角を折れたところまで続いているようだった。


「ありがとな、会計」

「約束だったからね」

「そういや、おまえの欲しいもんまだ聞いてねえよな」


 今日は俺の赤点回避の褒美ということで集まりはしたが、一方的に貰っておしまいというわけにはいかない。やれる褒美など限られてはいるが、美味いパフェを食べられたのだから多少奮発することだってやぶさかではないと思ってはいる。


「オレは、もう貰ったよ」

「は? 貰ったって、俺まだ何もやってねーだろ」

「橙と過ごす時間」


 等価交換にもなりはしない、そんなものを出されて俺はすぐには言葉が出なくなってしまう。


(時間ってなんだ……なんだそれ)


 試験勉強のためとはいえ、一緒に過ごす時間ならば今日までいくらでもあったものだ。それが褒美になるとは到底思えず、千蔵は俺に遠慮しているんじゃないかと考える。


「いや、褒美になんねーだろそれ。俺の時間なんか別にいくらでも……」

「なるから言ってるんだよ」


 この男の考えていることが理解できずに戸惑うが、からかっているようにも見えなければ、遠慮している風でもない。それがわかってしまうからこそ、俺は視線をうろうろと彷徨わせてしまう。


「でも、いくらでもなんて言ってくれるんだ?」

「そ、そりゃ、時間なんか……」


 金のかからない無償の褒美でいいというなら、惜しむ理由は俺には無い。だからこそ素直に肯定したというのに、千蔵があんまり嬉しそうに笑うものだから、俺の心臓が急激にうるさくなる。


「橙、あんまりオレのこと欲張りにしないで」


 それ以上抗議するようなこともできなくて、その日は結局ずっと千蔵のペースに呑まれたままだった。

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