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その奇譚(きたん)、叶えるのは難あり  作者: あみの よもやま
20/33

塞翁の狗 四

 アスファルトの敷地から数歩跨いだ砂埃の地面にしゃがみこんだ飛鳥――つまらなさそうに、何本も引かれた白いラインを眺めている。

 俺はその後ろに少し離れて立っていた。

 駐車場に立ち入らなければ、あの妙な質量攻撃を受けることもないらしい。そういう属性なのだと飛鳥は言う。アスファルトさえ踏まなければ、今も水を打ったような静けさで、地に敷石にかさこそと寂しくわくら葉が舞うだけであった。


「彼の能力は、『領域』らしいね。属性は土ってところかな」

 飛鳥は後ろの俺に振り返って言う。

「なんだ、その、ゲームみたいな設定は」

「フフフ、その方が分かりやすいでしょ。そうすると、ボクの設定は何だろうね?」

 何だろうもくそも、ついさきほどまでミカンコに化けていたばかりのくせに、こいつは俺の反応をひそかに愉しんでいるような態度なのである。

「ん~、能力は『キス魔』で、属性は風俗じゃねーか?」

「まだ根に持ってるの? しつこいねえ」

 飛鳥は眉尻をさげて、呆れたように笑った。

「さしずめ、ボクの能力は『模倣』、属性は水ってところじゃない?」

 はて、模倣は分かるが、水とは?

「ほら、水鏡とも言うでしょ」

「なるほど」

 よくわからん(イヌ)どもの能力も、そうしたカテゴリーに落としてゆくと、案外に馴染(なじ)みやすいものである。


(イヌ)と呼ばれたボクらも、ハンチの封印が解かれて、ようやく無風帯を突き抜けたって感じかな。人のままでも良かったけれど、中には生活に人生に懐疑的に思って、何もできなかった自分の生ぬるい憂鬱を清算したいっていう輩も多いと思うから、これらに対抗できる戦力を少しでも整えておかないと、いくら希人だって、立ち行かなくなると思うんだよねえ」

 飛鳥は前を向いたまま、おおきく息を吸って、何か意味ありげな頼むところのある口調で言った。

 するとアスファルトの上に、いくらかのうねりの波が立ち始める。

「ねえ、あきらめたら? 久場くんの正体はバレちゃってるんだし、もう一緒に泥舟に乗るしかないと思うよ」

 飛鳥は腰に手をあてながら、その波の行く先を目で追いかけた。

「それに、このままの立場でいても、久場くんには災難だけしか待っていないでしょ。たとえば、ボクが(ヒン)を打ち込まれちゃったようにね」


 飛鳥は手をなんどか後ろに振って、俺に離れるよう仕草で伝えてきた。

 そして自分は、駐車場の縁石(ふちいし)にしゃがみ込むのである。

 陽に照らされたアスファルトの見せる砕石(さいせき)の色は、灰黒色から茶褐色へと急激に変化してゆき、そこから潮のごとく得体の知れない何かが湧きあがった。

 それを驚き見守っていた俺は、すこし後退したが、それでも踏みとどまっていたのは、やっぱり強い好奇心があったからである。


「僕が彼の従者(ズサ)になっても、やっぱりキミとは合わないと思うんだな」

 柔らかに(もた)げた大きな塊から、久場ののんびりした声がした。

 飛鳥はいったん眉をひそめたが、すぐさま悪童のような笑みに戻る。

「なんで? この女の子みたいな顔が嫌い?」

「いかにも心の冷たい、小利口者に見えるんだ。僕は信用できないなあ」

 久場に言われて、飛鳥は破顔した。

「アハハ、その評価はたしかに間違ってないね。大昔は、ボクもそんな感じの(あやかし)だったのかもしれない。ふふっ、陰険で狡猾(こうかつ)(あやかし)だよお」

「そう言い立てる気性が、やっぱり馴染まないんだな。僕はこの生き方に満足しているから、もう放っておいてほしいんだよ」

 そして久場は、ため息まじりに固い地面へ沈み込んだ。

 その能力と同じくらいにキミも頭が固いね―――そう飛鳥は言い捨てると、俺に振り返ってくる。


「というわけで(あるじ)どの、勧誘は失敗みたいだよ。彼は生涯、ふつうの人生を送りたいってさ。そんな図体を(さら)して、もう無理だと思うけど、だからと言って放っておくわけにもいかないし、どうする?」

 飛鳥は腰を上げて、わくわくと俺に聞いてくる。

「とにかく、おまえは久場に(いど)もうとか考えんなよ」

「なんで?」

「怪我でもしたら大変だろ」

「おや、優しい」

 飛鳥は首を(すく)めておどけてみせた。

「妹の件では、助けられたしな」

「フフ、まあ大丈夫だよ。彼も無理に戦いたいわけじゃないみたいだし」


 もとより、久場もそのつもりで俺だけにこっそり呼び出しを掛けたのだろう。

 しかし申し訳ないが、久場はすでにお嬢様の知るところとなっている。つまり、これらを穏便に済ませてしまうには、もう久場に折れてもらうしかないわけだ。

 それにはやっぱり、アレが必要となる。そのアレは慶将が所持している。そして、慶将があれだけの獲物を放っておくはずもなく、それどころか、嬉々として勝手に勝負を挑みかねない。


 ――こらアカンな。


 そう結論付けて俺がため息をついたとき、さっそうと人影が現れた。

 勇者慶将くんであった。

 意気揚々と大股に歩み寄ってきた金髪は、俺に並ぶなり声を弾ませ感想を述べてくる。

「素晴らしいね、今回の相手は。僕もこれだけの猛者と戦えるわけだ」

「いや、戦おうとすんなよ。もうすこし建設的な考えはできないのか?」

 俺は呆れた感じで、慶将を見た。

「ハンチくんこそ、古来よりの戦闘民族が戦わなくして何をするというんだ? でも、今回はいくらか興味深いものが見られたよ。そこのいたずら小僧がよけいなことをしなければ、もっと早くに参加できたのだろうけど」

「いたずら小僧?」

「ほら、あの放送での呼び出し。どうもあれは彼が仕組んだことらしくてね」

「マジで?」

 それで、飛鳥はミカンコに成りすまして、あわよくば妖鬼封咸印(ようきふうかんのいん)の除印をと、そう(たくら)んだわけなのか。


「けれども藻南(もなみ)くんの計画は見事に頓挫して、今ではハンチ君の従者(ズサ)になっているというわけだ」

 そう言う慶将の声は笑っている。

「ボクはずっと、自分を偽って生きてきたからね。人間の人生なんかつまらないと思っていた。でも、この馬鹿の付くお人好しのハンチを見ていたら、それすらくだらなく思えてきた。もっと自分に素直に生きるべきだと、そう悟ったのさ」

「ほう、言うものだね」

 慶将はちいさく口笛を吹く。

従者(ズサ)でいるのも、そう悪いことじゃないみたいだよ。(イヌ)だの鬼だの、面倒な立場でないだけ、気楽だし、ボクにはこれが一番いい。ハンチはボクを支配しようとすらしないし、自由に生きて死ぬのも勝手さ」

 飛鳥のその声には、突き抜けたような明るさがあった。同様にやっかいな立場でいる俺も、すこし羨むほどである。


「ところで、ミカンコはどこにいるんだ?」

 俺は慶将に顔を振り向け問いかける。あのお嬢様が、こんな大事なときに姿を見せないのが気になった。

「彼女には結界を張ってもらっている。ほら、ここまで騒ぎ立てているのに、今も生徒は誰一人としてやってこないだろう?」

「へ~え」

 それはまた、便利なものだ。

「ほら、動き始めたよ」

 飛鳥がご注意をする。

 とたん、細かなひび割れと共に何かが地の底を這いまわるような気配、それが、向こうからミシミシ音を立てて近づいてくる。


「それっ」

 飛鳥が軽く跳んで、その地割れの一部を踏んだ。

 すぐさま巨大な手が地の底から湧きあがり、飛鳥を(つか)みにかかろうとする。しかし飛鳥はこれを嘲笑するようにひらりと舞い上がって、また少し離れた場所に着地するのだ。

「アハハ、いくらキミとはいえ、もう従者(ズサ)になってバフを貰ったボクとじゃあ、相手にならないさ。丸見えだよ!」

 そしてまた地を蹴って飛び退()さる。

 その(つど)、手の形をしたものが、アスファルトの地面からいくつも生えてくるのである。

「飛鳥の動きもすげえけど、久場のやつ、いったいどんだけ手を持っていやがんだ?」

 しばらくすると、路面にはたくさんの不気味な手の造詣(ぞうけい)が、まるで満開時の桜花のようにでき上っていた。

 とはいえ、この後始末を誰がどう責任をとるのか、俺はそちらの方が気になった。


「おい久場、こうした舗装も車一台分の広さで八万もかかるって、知ってっか?」

 とたん、なにか呻くような重たるい声が地の底から響く。

 そして路面にたくさんあるアスファルトの手が、溶けるように地面へ沈み込んでゆくのであった。

「わあ、久場もすっかり現代に毒されちゃって。昔だったら、そんなこと気にも留めなかっただろうに」

 飛鳥が呆れて言う。

「ぼ、僕も、親から高い学費を支払ってもらっている手前、あんまり、無茶はできないんだな」

「あのさ、真っ当な(イヌ)だった頃の、矜持(きょうじ)はないの?」

「矜持よりも、親に迷惑をかけることの方が嫌だな」

 実に親想いの優しい息子さんであるが、そもそも、こいつらの親って人間なのだろうか?

「そりゃそうだよ。うちは栄えある上級県議会議員」

「僕の家は、宮城の実家でちょっと大きな材木屋を営んでいるよ」

 それぞれ返答の仕方にも、おのずと性格がにじみ出てくるもの。

「やっぱり、希人ともなれば、親もすごいの?」

「だまらっしゃい、飛鳥っ」

 しがないサラリーマンを親に持つ身としては、まったく身の置き所のない話である。

「それで、普通の親からなんでおまえらみたいなバケモンが誕生すんだ?」

「誕生というか、それはさっきも言ったとおり、魂の問題だよ」

「魂?」

「ま、そのうち教えてあげるよ。今は―――」

 飛鳥の靴がパンと鳴って、軽く四、五メートルほど垂直に跳ぶ。常人の感覚からしたらとんでもない身体能力だが、今の飛鳥にとって、とりわけ騒ぐことでもないらしい。

 やや遅れて、久場の巨大な手が空を(つか)んでいた。その拳の先に、飛鳥はふわりと舞い降りる。

「―――これを何とかしないとね。やっぱり、意志で従わせるよりも、(ヒン)を打ち込んだ方が早そうだ」

 まあなんとも恰好のよろしい返答である。


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