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魔法使いは唱えない  作者: 0
一章 門出
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十話 別れと未来(後)

本日三話目の投稿になります。


 帝都と他の都市を繋ぐ乗合馬車の待合室は、その利用客たちで賑わっていた。

 本を読む者、転寝する者。お喋りする者など。馬車を待つ者たちは待合室に用意された椅子へ座り、思い思いに時間を過ごしている。


 ルピスは別れの時を迎えようとしていた。

 アセビとともにこの町を後にするのだ。ルピスはほかの利用客同様に目的の馬車を待っていた。

 その隣には見送りへと現れたルチルの姿もあった。アセビは馬車の運行状況を確認するために少し前から席を外していた。


 馬車の到着を告げる大きな鈴の音が待合室の外から聞こえてくると、室内にいた乗客たちは立ち上がり、次々と待合室を後にする。


 やがて部屋にはルピスとルチルの姿だけが残った。

 

「あーあ、ルピスともお別れね」

《……うん》


 ルチルとの別れを改めて突きつけられ、落ち込むルピス。

 ルピスにとってルチルは、アセビとはまた違った意味の恩人であった。


 ファトス家に捨てられたあの日、彼女に拾われたことがアセビとの出会いに繋がった。

 その後も依頼の面倒を見るなど、奴隷商人と奴隷という垣根を越えて交流を結んだ二人は、年齢は違えど友人と呼べる仲であった。


 しかし、アセビは旅の者。そして、ルチルはこの町に根差す商人。

 これからアセビと共にルピスは町を後にする。それはそのまま二人の別れを意味していた。

 

 落ち込むルピスにルチルは視線を合わせると、

「そんな悲しそうな顔しないで。またきっとどこかで会えるわ」

《……ほんと?》

 目を輝かせるルピスに、

「……うん、きっと、ね」

 ルチルはバツが悪そうに目をそらした。

 

 部屋の外からアセビが顔を覗かせる。

「おーい、ルピス行くぞー」

 どうやらルピスを迎えにきたようだ。


「おー、見送りご苦労」

「あなたねぇ……」


 二人の気安いやり取りに、ルピスは以前から気になっていたことを聞いてみることにした。

 

《二人は昔からの知り合いなの?》


 ルピスの問い掛けに目をパチクリとさせる二人。

 薄々気がついていたが、そもそも大金を払って買った奴隷をポンっと他人に預けるのはいくらなんでも異常である。

 

 かたくなにルチルはアセビの名前を呼びたがらなかったが、反対にアセビは図々しいほどルチルに馴れ馴れしかった。

 それでルピスは二人の間に何か特別な関係があったのかなと感じていた。

 

「そっか、そういや言ってなかったか。私も昔、ルチルの世話になっていたんだ」

 

 奴隷商人の世話になっていたということはつまり――

 

《アセビも奴隷だったの?》

 

 ルチルはアセビを睨みがら、

「奴隷と言う名の金食い虫だったわ貴女はほんと……」

 苦々しい表情を浮かべていた。


「いやー、昔この辺りへ立ち寄ったときに金がなくてな。奴隷は三食昼寝付きだと聞いていたからちょうど良かったんだ」

「貴女はそうでしょう! 私は……はぁ……。あの頃は駆け出しで、最初こそ凄腕の実力者を奴隷にできたと舞い上がっていたものの……」

《何かあったの?》


 アセビの自由奔放な性格が、主人の指示に従って働く奴隷して働く姿の想像がつかない。

 

「何かあったの? って何かしかなかったのよ! ほんと! 他の奴隷は叩きのめすわ、同業者には喧嘩売るわ。しまいには公安にも手をあげるわで、あの頃は毎日お腹痛かったんだから……」

 思い出したかのように脇腹を抑えるルチルに対してアセビは、

「世話になった自覚は、ある! ――だからこうしてお前んとこの奴隷を高値で買ってやったろう?」

 なぜか誇らしげにどんと胸を張った。


《えッ!? それがぼくを買った理由なの?》

「それ()ルピスを選んだ理由の一つだ」


 驚くルピスへルチルは同情の視線を送る。


「ルピス。あなたはこれからきっと苦労すると思うわ……。辛くなったら返ってきてもいいからね。払い戻しするから」

 そう言うと、ポンと優しくルピスの肩へと手を置いた。

 

「おいおい。私はコイツを手放すつもりはないぜ?」

 何を言っているんだコイツは、と言わんばかりの表情を浮かべたルチルに対し、

「なら、いっそう大切にしなさいな。ルピスは今やこの町では時の人よ」

 アセビは腰に手を当てながら呆れたようなため息を吐いた。


《え? なんで?》


 ルピスの反応にいよいよジト目になったアセビは、

「貴女、ルピスに伝えてないの? はぁ、呆れた……。魔法使いの名家ファトス家の秘蔵っ子で、竜からこの町を救った天使の子、それが今のルピスの表向きの(・・・・)評価よ」


 アセビの含みのある物言いにアセビの視線が宙を泳ぎ、

「裏向きはなんだっけ?」

「ファトス家に正面切って乗り込んで護衛諸共に当主をぶちのめして、竜を脅しに魔法協会を屈服させた悪魔の子」

「私はそっちの方が好きだな」


 アセビはニカッとその白い歯を見せた横で、ルチルは額に手を当てる。


 ルピスは二人の気安い掛け合いに思わず笑みが零れた。

 それに釣られるように、二人の顔にも笑みが浮かぶ。三人の間は温かい空間で満たされた。


 しかし、その空間は長く続かなかった。


 三人の空間を切り裂くように、鐘が響く。

 出発前の最終点呼の鐘だ。門出と別れが肩を並べてすぐそこまで迫っていた。

 

 ルチルは、

「……時間ね」

 名残惜しそうにその手をルピスの頬に伸ばした。


「元気でね。辛い過去と一緒にこの町は忘れてもいいけど、私のことは忘れないでね?」

《ううん。過去もこの町も忘れないよ。もちろんルチルだって。みんなのおかげで今のぼくがいるから》


 ルピスの言葉にルチルはその頬を緩めると、

「そう……ならよかった。貴女もしっかりなさい」

 アセビは頭の後ろで手を組むと、

「へーへー」

 目も合わせずに雑な返事を返した。


 ルチルはその反応にどこか懐かしそうに目を細めるだけで、それ以上は何も言わない。


 ルチルが先頭を切って、待合室の扉に手をかけ、ルピスとアセビがそれに続いた。

 

 待合室を後にした三人は、乗合馬車へと移動する。

 ルピスとアセビが最後の乗客のようだ。御者の男がそわそわした様子で二人を招き入れた。


 ルチルは馬車へと乗り込む二人を優し気なまなざしで見守っている。


 アセビとルピスの二人は順番に馬車へ乗ると、それを合図に、がこん、と一度馬車が揺れた。

 ルピスが慌てて馬車の外に視線を移すと、景色がゆっくりと動き出していた。

 

 馬車の内部は通路を挟んで二人一席の座席が並んでいる。その中からアセビがあらかじめ購入した座席を見つけると、すぐに座って窓辺から顔を出す。


 馬車の後方、既に小さくなりつつあるルチルを見つめると、


《ありがとう……!》


 万感の思いを込めて念を送った。

 

 そこに返事は必要なかった。


 名残惜しそうにルチルを馬車の後方に視線を送り続けるが、あっという間にその姿は見えなくなる。


 二人を乗せた馬車は整備された町の大通りを走る抜ける。

 やがて町の検問を抜けると、生まれ故郷からルピスを連れ出した。

 

 いつまでも顔を出して後ろを、小さくなった町を見つめる。


 辛いこともあった。悲しいこともあった。

 心が押しつぶされそうなときもあった。


 それでも今はそれらを乗り越え、笑顔を浮かべられるようになった。


 その隣には、

「――なんだ? 腹でも減ったのか」

《ううん。なんでもない》

 キョトンとした表情を浮かべるアセビに、ルピスは笑みをたたえて小さく首を横へと振った。


 この先の未来だって楽しいことばかりではないだろう。


 それでも、彼女とならやっていけそうな気がした。


 ルピスはとりあえず窓から頭を引っ込めると、アセビへと体を預けた。

「甘えん坊だな」

 ぶっきらぼうな言葉遣いだが、それを拒むことはなかった。


 次第に鼻孔と肺がアセビで満たされていく。

 

 独特な甘い彼女の匂いに包まれて、次の夢が見られそうだ。

 

お付き合いいただきありがとうございました。

これにて本作の第一章は完結となります。いかがだったでしょうか?

また次回作でお会いできることを楽しみにしております!

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