英雄譚 開幕
人は皆誰しも心の奥底に待望秘めて生きている。
それは、平穏の時に生まれ一人の女神によって異世界へと誘われた一人の少年もまた同じであった。
その少年の夢は果てしなく、大きく、奥が深く険しいものになるであろう。
しかしその夢は……今日、現実へと傾き始める。
昨日、アルトリアがパーティーから離脱した後、イサムたちは皇帝に依頼を受けた北の少し暗い針葉樹林の中で魔物の一団の討伐に勤めた。
そこの森に出てくる魔物達は、爬虫類のような硬い皮膚を持った生物ばかりで、その実力は〈パルム〉の地下迷宮に出てくる魔物とほぼ同等の力を持っていた。
一応は〈パルム〉の地下迷宮の主を倒しただけの実力はあるのでそこまで遅れをとることなく討伐に勤めた。
そして、皇帝に依頼を受けて2日目に組合本部(仮)の役所で新たに発行された任務を見て、イサムを含めた冒険者達は口を丸にしていた。
そこで発行されていた任務と言うのは…
『依頼主:皇帝カエテイル
任務内容:〈ローマ〉より北、東側で活発になりつつある魔物の群れを討伐せよ。
討伐目標:北部に潜む蛇の化物。東部に潜む蛙の化物。
これを討伐した者には宮廷付き冒険者の称号を与える。』
このような張り紙がなされていた。
イサムも昨日の帰りに報告しに来た時に、帝国の兵士がそのような化物を発見したとの報告があっていたのは聞いていたが、まさか、皇帝が自ら討伐をするように依頼を発注するのは意外であった。
「……イサム…」
「ああ、分かってる…」
「これは、かなりの力を持っている魔物に間違えありませんね。ご主人様」
「そうだな…。気を引き締めていかないとな…」
いつになく真面目な反応を示すイサム。
これには〈パルム〉でルーサーの父親に教えてもらった「彼が冒険者時代に戦って苦戦した魔物」にこの蛙の化物、ガブリグルの名前があったのを覚えている。
この蛙の化物、ガブリグルはありとあらゆるところに毒を巻きその土地を腐らせる"毒霧"と、その背中から子蛙を湧き出させる厄介な特殊能力をも宿している。
噂によれば、その蛙の腹の中には何人もの人間の苗床があるのではないかとも噂されている。
その悪魔的な怪物を討伐しにいくどいくども討伐隊を結成して向かったがことごとく、失敗に終わり多くの犠牲を払ってきた。
この数年間蛙の化物ガブリグルはこの〈ギリシア帝国〉内部ではウーサー=ペンドラゴンが率いた討伐隊の発見を最後に消息を途絶えていた。
その怪物が今になってそれもなぜこの時期に現れたのか甚だ疑問であるが、出てきてしまったものは仕方がない。早急に排除するまでである。
とりあえず、イサム達は蛙の化物の居場所を探しに行くために東側を目指す事にする。
「やっと出てきましたか…イサム」
組合本部(仮)の建物の前には、昨日とは違った格好をしたアルトリアがそこで待っていた。
「身体の具合は大丈夫なのか?」
「はい、昨日ゆっくり休みましたので戦闘等に問題はないと思います。 それよりもどうしたのですか?この人の集まりから察するに尋常じゃないことが起きているように思われますが…」
「…ああ、そうなんだ。少し、厄介な化物が出てきてるらしくて…」
「なるほど、やはりそうでしたか」
「やはりって?アルトリアさんなんか知ってるの!??」
「いえ、知っているというほどのことではないのですが、少々、そのようなことが起きてもおかしくはない状況でしたので。それよりもイサムは何か今回の出来事に特別な思い入れでもあるのですか?何か、変な引っかかりを感じます」
「いーやー…なにか特別あるって言うわけじゃあないんだけどな…なんかこうーっな!ニーニャ!!」
言葉に困ったイサムはニーニャへと助けを求める。
「はい、ご主人様。あなたなど居なくてもわたしのご主人様一人で解決できるぞ!っということですよね?」
アルトリアより少し大きいかなぐらいの胸を張って、自身の主人の肩を持つニーニャに少しイサムは固まってしまう。
確かに、今ニーニャが言ったように「俺がこの化物を倒してみんなからチヤホヤされてやりたいぜ!!」っとのようなことを考えていたのでなんとも言えない。
「…………ちょっと、アルトリアさんにあたりきつくないかい?」
「いいのです!ご主人様。こんな女狐に懐の内を明かしてはなりません!!」
危険です!と猫の尻尾をフリフリしながら警告を発する。
どうやらアルトリアはニーニャの言葉に強く反応したらしくそれ以上の追従をして来ずに黙って、ルーサーやニーニャのあとをついて目的の東側の平野の少し先にある森を目指した。
「…さすがニーニャ言いすぎたんじゃないか?ちょっとアルトリアさん凹んでいるように見えるぞ」
移動中なんとも気まずい空気ができてしまい、その空気に耐えきれなくなったイサムがニーニャへと和解するように諭す。
「いいのですよ。あの人は平気で人の命を奪える人なのですから」
「…や、ま…それは…ねっ…」
正論で返されてイサムはニーニャへの反撃の術を失った。
「あはは、にしても意外だね〜。あのちょっとおどおどしている感じのニーニャがそんなになるだなんて」
そんな時、意外なところから救いの手が差し伸べられた。
「…そうですか?ルーサー様??」
「そうだよ〜。アルトリアさんは"人間"だって言うのに、言いたいことはきっちりと言うからね〜」
「そうしないとわたしのご主人様が危ない目にあってしまうかもしれませんからね」
えっへん!とイサムは自分の手で守るんだ!!と主張をする。
「あ、そういえばアルトリアさんに対してだけ"様"をつけないよね」
「いいのですよ!そんな些細なことを気にしなくてもっ!ご主人様をお護りするためには強く出なければならない時のあるということを!!」
どうやらニーニャはニーニャであの事件をきっかけに何かを学んだようで、前のニーニャとは比べると頼もしくなったものだとイサムは思っていた。
(あんまりアルトリアさんに強く当たっては欲しくないけど…そのうち仲良くなれるだろう…)
どこまでもニーニャはイサムラブであった。
@
森の中を3人の若い男女が、ヌルッとした体液を滲ませながら醜い脚でぴょんぴょんしている蛙のような魔物を引き連れながらその森を走り抜けている。
『イサム、あと500mで私の攻撃の有効射程になります』
『了解!』
念話具を通してイサムとアルトリアが会話をする。
『…エネミー追加、9体。北西よりイサムの方向めがけて5体接近中。さらに南東より4体急速接近中。この様子では包囲されますね…急いでください』
「ニーニャ!!ルーサー!!速度上げるぞ!!」
「「はいっ!」」
途端にイサムの速度が上がる。それに遅れまいとニーニャとルーサーも必死にあとを追うが、徐々に差が開き始める。
「い、イサムっ!ちょっと!!」
「ご主人様!!早いです!!」
抗議をするニーニャとルーサーであるがもうそのすぐ後ろに蛙の魔物がすぐ後ろにいる。
それに気づいたイサムはすぐさま反転し、襲いかかろうとしている蛙の魔物を粉砕する。
「大丈夫か?」
「大丈夫も何もびっくりしたじゃあないの!!もっと、急ぐにしてもっ!??」
唐突にルーサーが身をすくめて自身の手で自身の身体を抱く。
「ど、どうした急に!??」
「や…」
「や??矢がどうしたの??」
「や、やばーー」
『イサム急ぎなさい!!かなりの量の魔物がこっちに向かっている!!早く!!』
念話具を通してアルトリアの怒声がイサムの頭の響き渡る。そのせいで頭がキーーンとなる。
「やばいよ!!イサム!!ものすごい量の魔物が!!!」
「ーーっ!わかってる!ルーサー…ちょっと失礼」
「わっちょ!??な、何を!??」
「ひゃん!??ご主人様何を!?」
イサムは、ニーニャとルーサーの2人をお姫様抱っこ…ではなく、担いでアルトリアの元へと猛ダッシュする。
「うぉおおおおおおお!!!」
大群の蛙を引き連れてアルトリアの仕掛けた罠の元へと急ぐ。
アルトリアの仕掛けた罠をイサムが通過するとともに薄い膜のようなものが展開される。
そのアルトリアが展開した薄い膜を通り抜けて行った蛙の魔物たちの様子が明らかな変化を見せた。
「ご主人様!!魔物たちが弱っていっていますっ!!」
担がれているニーニャがその様子の変化を大声で報告する。
「やっぱり、アルトリアさんの言った通りだな!やるぞ!!」
「「はいっ!」」
ニーニャ、ルーサーを下ろし、イサムは魔剣『ウェーニー・ウィーディー・ウィーキー』を構えて衰弱して行っている蛙の魔物に襲いかかっていく。
アルトリアはその様子を木の上から観察し、敵対順序、撃破順序を支持していく。
衰弱して行っている蛙の魔物を倒すのは容易いもので包囲されかけていた魔物の群れを一掃していく。
もし、アルトリアが魔術宝石を媒介とした空間結界"衰弱の呪い"をかけていなければ、このようにポンポン蛙の魔物を倒すのは不可能であったろう。
アルトリアが張った魔術結界…"衰弱の呪い"とはそのまま読んで字のごとくの効果をその結界内へと侵入した対象に対して、侵入している限り永続的に"衰弱の呪い"を付与し、最終的には衰弱死をさせられる呪いだが、アルトリアにはそのような魔術的なセンスは無いに等しいので衰弱死には至らない。
アルトリアは、イサム、ルーサー、ニーニャに木の上から支持を出しながら、"勘"でつかんだ敵の位置を適確にイサムへ伝え、殲滅させていく。
今のアルトリアにはこの程度の事しか行うことしかできない。
と言うのも、アルトリアが感じていた"平衡感覚の喪失"は確かに収まっていたのだが、いかんせんランクS相当の伝承を引っ張ってきたせいで霊格と魔力を磨耗していた。
アルトリアはイサムのような魔力量も回復速度も持ち合わせていない。そのために『無駄なしの弓』の顕現すらままならないでいた。
包囲殲滅を企んでいたのであろう蛙の一団はいつの間にかイサムたちの実力によって、そのほとんどが潰されていた。
(にしても驚きました。この前までわたわたしていたイサムの戦闘に余裕が出てきましたね。これはアスミスが言っていたことはどうやら正しいようですね)
関心している間に群がっていた蛙の魔物の群れももうその姿は無い。
「お疲れ様!アルトリアさん!」
「はい、お疲れ様ですイサム」
アルトリアはあたりに何か感じるものが無いことを確認して木から飛び降りる。
「なんでアルトリアさんだけにお疲れ様っていうのかな〜イサムくーん??」
「そうですよ!!ご主人様!!あんな女狐よりも私たちのほうが頑張ったではないですか!!」
プンスコギャーギャーイサムに対して文句を言う。文句を言いながらもルーサーとニーニャはアルトリアに感謝はしていた。
「やっぱり、アルトリアさんは凄いね!昨日のイサムみたいな無鉄砲のこっちの体力を考えていないような狩りとは違って戦闘が全然楽だよ〜」
「…ぐっ…。そんなにか??」
イサムは困った時のニーニャにすがる。
「はい。悔しいですが、ルーサー様のおっしゃられる通りあの女狐の出す指示は的確で効率が非常に良いです」
「そんなにか〜。ちょっとへこむなー」
「そんなことはないですよ、ご主人様。 ご主人様はあの女狐よりも強く聡明でいらっしゃられます。それについて行けぬ私たちが悪いのです」
「ちょっと、愛が…重いよ、ニーニャ…」
苦笑いをしながらイサムたちは蛙の化物を探して、森を突き進む。
30~40分ほど歩いた地点でイサムたちは一度休息を取ることにした。
「にしても凄いよなー」
「?? 何が凄いのですか?イサム?」
「いやさ、この世界がさ」
イサムは大きく手を広げて空を仰ぐ。
「そう思わない?アルトリアさん?こんな素晴らしくて広い大地、大変なこともいっぱいあるけれど、こんな風にルーサーやニーニャ…それにアルトリアさんとともに冒険ができてる!!これは前の世界では味わえなかったことだよっ!!」
この胸の高鳴りがーー!と続けて叫ぶ。
「わぁっ!??ご、ご主人様!!」
「ちょっ!!イサムっ!!」
なにやらイサムは言ってはいけないことを言ったらしく、ニーニャとルーサーが慌てて止めに入る。
「い、今のは聞かなかったことにしてね!!アルトリアさんっ!!」
「??なにを聞かなかったことにするのですか?ルーサー??」
「えっと…今の聞いてなかったの?」
「ええ、あまりきちんとは聞いていませんでしたが…この世界が素晴らしいと言うのは聞こえていました」
アルトリアが聞いていなかったことにほっと胸をなでおろす。
この世界においては異世界より救世主を召喚するとは、よくあるわけではないが、過去にそのようなことが起こったと言う公式的な記録が残っており、異世界から降り立った人間と言うのは強大な力で災難から人々を守ったと言う歴史まで存在している。その為、ルーサーはイサムに「異世界から来てよくわからないから教えて欲しい」と頼まれた時に忠告をした。
あまり「自身が異世界から来た人間だ」と言うのは言いふらすとよからぬ輩がやってきて悪さに巻き込まれる可能性が高くなるから、と。
イサムはその約束を破ってしまったのだが、アルトリアはそれを聞いていなかったようで助かった。
ルーサーも心の奥底でアルトリアのことを常に警戒していた。これはイサムを取られると言うような愛情からくる嫉妬的な警戒心ではなく、人間の本能的な警戒であった。
「……イサム」
「ん?どうしたんだ?」
「少々尋ねたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「あなたに質問されるようなものは一切ありませんよ!!」
「こらっ、ニーニャはちょっとアルトリアさんに強く当たりすぎ」
抱きついているニーニャの頭を軽く叩いて、アルトリアの質問を受ける。
「…あなたは、この世界が素晴らしいと本当におもうのですか?」
少々いろいろと立て込んでいるせいで投稿が遅れるのでご容赦ください。




