第三十三話 陸の海
「はい、じゃあ、服脱いでね」
パーテーションを運びながら養護教諭は、ノアにそう言った。
「えっ……?」
「ん? なに驚いた顔してるんです? 僕は防衛隊のお抱え医師でも有るので、恥ずかしがらずササッと脱いでくださいね。さぁ、確認しないといけない事は色々とありますよ」
言われるまま、ノアは耳が赤くなるのを感じながら袖から腕を抜く。といっても、起きたときにはすでに浴衣型の病衣を着せられていたため、脱ぐのは布一枚だけだ。
「あ、あの……これで良いですか……?」
パーテーションを立て終え、何やら準備をしている背中に、ノアは気まずく声をかける。
「ん? あー、下も脱いでくださいね」
無慈悲にも淡々と。ノアの動揺など、目の前の人物には関係ないようだった。
相手が男なら、まだ平気だった。けれど、目の前の人は男か女か分からない。いくら防衛隊専属の医師だったとしても、異性かも知れない相手に自身の裸を見られるなんて──。
(……)
ノアが脱ぐのを渋っていると、その人は「体調悪い? 大丈夫?」とノアの顔を覗き込んで来た。
ノアよりも背丈が低く、女性の平均身長ほどしかない中性的なその人は、熱は無いかとノアの額に手を伸ばしてくる。当てられた手は柔らかく。ふんわりと、良い香りもする。
ノアは咄嗟に後ずさった。頭の中がぐちゃぐちゃになり気づけば、勝手に口が動いていた。
「あの! 女性ですか!?」
そう言った、ノアの血の気が引いていく。
「っだぁあ! ご、ごめんなさい! あの……すみません!性別分からなかったので、その、ごめんなさい!」
やってしまった。今から裸を見られる相手に性別の確認。どう考えてもそれは、ド変態の所業だ。
失言したことにより、ノアの頭は真っ白になってしまい、よろよろと壁に寄りかかってしまった。
「ごめんね!そうだよね! こんな見た目じゃ勘違いするよね!」
その人は「思春期の男の子にごめんね」と、バツが悪そうに笑い、しゃがんでノアと目線を合わせた。
「僕の性別は、男だから安心して良いよ。こんな見た目で言われても、説得力無いだろうけど」
その後「男ってわかってても、恥ずかしいよね」と付け足して、下着はつけたままでいいと言ってくれた。ノアは一通り触診されたあと、ベッドに寝かされ、体の内部に異常がないか検査されることになった。
◇◇◇
ベッドに寝かされたノアに、彼は小さな何かを差し出した。
「はいじゃあ、これ舐めてね」
そう渡されたのは、海を閉じ込めたような深い青色の飴玉だった。なかに液体が入っているのか、揺らすと中の小さな気泡が動く。
「コレは?」
ノアの問いに、彼はニコリと笑って言った。
「精霊」
「僕は精霊憑きでね。僕のパートナーと君を同調させて隅々まで異常がないか検査させてもらうよ」
「珍しいですね、融診……初めて受けます。……精霊との同調って、どんな感じなんですか? 入った精霊に身体を乗っ取られる、なんて噂を聞いたことがあって……」
「あはは! そんな事にはならないよ、精霊といっても、ほんの一部だからね。極小の魂なんか、二時間もすれば周りの魔力に当てられて消滅しちゃうよ」
「そ、そうなんですね」
それを聞いたノアは、手の上で転がしていた精霊の一部らしい青い珠をおそるおそる口へ運ぶ。甘じょっぱい、不思議な味がする。正直、美味しいとは言い難い。
「ふふっ ベルク君、塩飴苦手なタイプだ。頑張って食べきってね〜」
応援されながらノアはなんとか舐めきった。すると、胸のあたりがホカホカと熱を帯はじめる。
そんな胸に、彼が不意に手を添える。ノアは急なことで身体を強張らせたが、彼は「うん。しっかり入れたみたいだね」とカルテに書き込んでいく。
「ごめんね、びっくりしたかな? 融診は、精神のさらに奥。魂に受けた傷を診るものだからしっかり入れたか確認をさせてもらったよ」
「急過ぎます……」
そう言い合っていると、いつの間にか彼の隣に綺麗な女性が佇んでいた。
その人は精霊なのだろう。水のように透き通った肌に、薄絹を纏い、波打ち際を彷彿とさせる美しい浅葱色の瞳をノアに向けている。
ノアは慌てて目を逸らした。というのも肌面積が多い、多すぎる。目の前の精霊は、ほとんど裸だ。
けれど次の瞬間、精霊の両手がノアの顔を掴み、ぐいっと自分のほうへ向けさせた。
「ッ……!?み、見てないです!ごめんなさい!」
息がかかるほどの距離に、精霊の顔がある。整った顔立ちもさることながら、透き通る浅葱色の虹彩が、色のない肌のなかで一際鮮やかに光っていた。ノアは思わず見入ってしまう。
そんな、固まるノアに構わず、精霊はノアの顔や首筋に鼻を寄せ、スンスンと匂いを嗅ぎ始めた。
「ひっ! ちょっ、やめ!?」
ノアは止めようと精霊の手首を掴もうとするが、スカッと手が空を切ってしまう。
「……こら、ラティ。ベルク君から離れないと怒りますよ」
ラティ、そう呼ばれた精霊は、嬉しそうに彼の側へ戻っていく。
「今日ハ、男の子なのネ。ならいいワ」
そう言って、彼の頬に軽く口づけをした。




