水底に眠る記憶
いつからここに住んでいたのか。
雨の降り続くこの国でも、広大な大地の偉大さや、夜空に輝く星空の恐ろしいほどの美しさを、感じることができたのだろうか。
今、大地は遥か水の底、辿り着くことは叶わない。
形あるものは、記憶と共に沈んでゆくーーー
風の通りぬける部屋で身支度をしていると、ペタペタと忙しないキリの足音が聞こえてくる。
ノヴァは、少しくすんだ深い青と黒の混じった服に腕を通していた。背中で紐が交差した革製のカバンに、寸足らずのズボンに古びたブーツ。ノヴァの持ち物は、どれもこの国に置き去りにされていったものばかりだった。
「お待たせ。朝ごはん取りに行こうか」
「キュキュッ!」
キリは待ってましたと羽や尾を震わせる。
扉を開け、外へ一歩踏み出すと心地の良い風が、ノヴァの頬に優しく触れる。水鳥たちの鳴き声や水の流れる音が、キラキラと穏やかに辺りに響いていた。
丘の階段を下っていくと、いくつか洗濯物が揺れているのが見える。
建物の屋根やバルコニーには、土が敷かれ、そこに野菜や果樹などが植えられている。
「おお、ノヴァじゃないか。こんないい陽気にどこへいくんだ?」
声をかけてきたのは、ノヴァの家の近くに一人で住んでいるカミルじいさんだ。いつもハツラツとしていて、冗談ばかりを言うので本当の歳がわからない。
カミルは、折りたたみのビーチチェアに寝転がって、サイドテーブルにワインボトル。日光浴を楽しんでいるようだ。
「おはよう、カミル。キリが腹を空かせているから朝食を取りにいくんだ。」
「なんだ?、そこにキリもいたのか。ちいせぇから見えなかったぜ。ガッハッハッハッ!」
カミルはのっそりと起き上がり、こちらに歩いてきた。雨が止んだのが嬉しいのか、いつもの何倍も大きな声で笑っていた。
「お前、こんなところまでわざわざ来なくたってな。その辺を泳いでりゃ、いくらでも飯にありつけるだろうに。おかしな野郎だ。まったく」
「キュウ!キュッ!キュッ!」
キリは、カミルに言い返すように羽や足をバタつかせた。
「キリは、焼いた魚が好きなんだ。」
「こいつ、ペンギンの仲間かなんかじゃねぇのか?」
二人してキリに目をやる。黒い体は黄色のラインでお腹の白い部分とわかれている。クチバシは赤く、まんまるとした黒い目、、、
キリは首を傾げて不思議そうに二人を見つめ返している。
「そうだと、思うけど、、、」
「おかしな野郎だぜ。」




