森からはじまる異世界生活
むかしむかし 神様は ひとりぼっちでした
まいにちまいにち ひとびとを見守り 導き 時にはこわしていました
あるひ 神様以外だれもいないはずの場所から ちいさな音がきこえました
神様は ふしぎに思い その場所へいくことにしました
そこには ひとりの少年が泣いていました
少年は 迷い人のようでした
神様の住むところには ときどき少年のように 人が迷い込むことがあるのです
神様はすぐにわかりました この少年が 時空を超えて この地に迷い込んだのだと
何百年も未来からの迷い人だと
神様は すぐに少年を元の世界にかえさなければならないと思いましたが
神様は 少年に 興味を持ちました
神様は 泣いている少年に 声をかけました
明るい少年でした
きらきらした瞳が美しい少年でした
神様は 少年とたくさんお話をしました
少年は ゲームというものが好きだと 神様にはなしました
おおきくなったらゲームをつくる会社で働くのだと 黒い瞳をきらきらと輝かせて言うのです
少年は 自分が考えたという いつか作るゲームの話を 神様におしえてくれました
神様は 少年のお話が とてもおもしろいと思いましたが
夢を叶えるためにも はやく家にかえりたいと少年はいうのです
神様は 少年のことを好ましいと思っていました
少年がそばにいてくれるのなら もうひとりぼっちではなくなると思いました
しかし 少年を手元においたら 少年が悲しむとわかっていました
少年が悲しむのは いやだと思いました
神様は 少年を 元の時空の 元いた世界へかえしてあげました
神様はおもいました
少年の話した世界をつくろう と
そして その世界に あの少年を呼ぼう と
きっと あのきらきら輝く瞳でよろこんでくれるはずだと
ちょうどよい世界がありました
その世界はまだ生物が生まれたばかりの世界でした
その世界を 神様はだいじにだいじに 育てていきました
少年が話してくれた世界を再現できるよう 世界の住人を導いていきました
そして ようやく満足できる世界ができあがりました
神様は 少年を迎えにいきました きっと喜んでくれる そう信じて 胸を躍らせて
しかし 少年がいるはずの世界に 少年はいませんでした
神様はわすれていたのです 神様にとって一瞬でも 人間にとっては一生を終える時間が過ぎるということを
何百年も先の未来からきた少年は 神様が迎えにいったときには 天へと旅立っておりました
神様は 少年の命の灯に まにあわなかったのです
神様はかなしみましたが 少年とよくにた魂を持つ少女をみつけました
神様はすぐに気が付きました 少女があの少年の血縁だと
少年のためにつくりあげた世界 少年に見せることが叶わないのならば この少女に見てもらおう
夕日が辺りを橙色に染め上げるなか 神様は少女に手を伸ばしました
かつての少年はいいました 物語のヒーローにあこがれていると
だから 神様はその少女にヒーローとなれる立場をあたえました
少女を世界に迎えて 神託を告げ 物語の開始を告げました
神様は 少女にちょっとだけ 力をさずけました
それは 少女が自分自身で育てていくもので 少女が望まない限り 咲くことのない力でした
神様は かつての少年が語った言葉を 昨日のことのように思いだします
「ぼくね、魔王が主人公って面白いと思うんだ。魔物がいて、魔王もいるけど憎み合ってなくて、毎日を平和に過ごすの。時々勇者が魔王の命を狙ってくるけど、魔王の人の良さに絆されて仲良くなって一緒の村で過ごすようになったりして。そういうほのぼのしたゲームをいつか作ってみたい。だけど、みんなが好きなのは正義の勇者がいて、悪の魔王がいる。そして、悪行三昧の魔王を勇者が伝説の武器で倒してめでたしめでたし。そういう物語だから、ぼくの考えたほのぼのしたゲームは売れないと思うけど。でも、いつか作ってみたいんだ。それで、僕は主人公の魔王になって平和な日々を過ごすんだ!」
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「おじょうちゃーん!! こっちも頼むわ!!」
「はーい! ヤタくんこれもお願いね」
『はいよー! 俺様にかかればこんなの朝飯前よ! 俺様朝飯食べないけどなー!』
農作業中の男性の声に、志穂は額に浮かんだ汗を拭いながら元気に答える。男性の足元には籠に入ったたくさんの作物。志穂に声をかけられた八咫烏は、籠をもって勢いよく空へ飛び立った。
今日は魔物達を連れて、畑の収穫のお手伝い。
志穂の周囲では八咫烏だけでなく、鳥型の魔物達が作業員から籠を受け取っては空へ飛んで行く。
スライムの集団も伸ばした触手を巧みに操り、次々と作物を収穫していた。へっぴり腰でへばっているのは志穂くらいのものだった。
男性が日に焼けた顔に満面の笑顔を浮かべた。「たすかったぜありがとうよ!! いつもよりずっと早く収穫できたのはあんたと魔物達のおかげだ!!」
これ食ってくれと、収穫したての瑞々しいトマトを受け取る。ありがとうと志穂が笑うと、男性は照れたように頬を掻き「礼を言うのはこっちだって。また頼むな!」そう言って作業に戻ってゆく。
今日も、魔物の出張お手伝いは大成功だ。
あの日から、数か月が過ぎていた。
志穂がこの世界で生きると決めたあの日。あれから志穂達は大変だったのだ。
まず、無事フィーアトの事件を解決できたとシュロス城に報告へ行った時だ。(橋は大穴が空いたままだったので、また八咫烏にお世話になった)
志穂達を迎えた国王は、神託を授かったと満面の笑みを浮かべていた。それがどのような内容だったのかは知らされなかったが、国王は謁見の間中、終始ご機嫌だった。志穂がどこかの森で魔物達の村を作ることも知っていて、どこでも好きなところに作って良いという許可をあっさりといただけた。
その夜は城に招かれ、飲めや食えや歌えやの大宴会。酒に酔った国王に絡まれたり国の研究者達から質問攻めにあったり(主にドラゴンや魔物関係)志穂とゲオルグは疲れに疲れた。
エアストドルフへの道中に立ち寄ったドリットドルフでは、先の誘拐事件のお礼を改めて言われ、またもや飲み会に巻き込まれた。スライムは子供達と戯れ、甲冑は力自慢の男性達と腕相撲大会を繰り広げたりしていた。八咫烏は空いたテーブルの上に立ち、その自慢の口で早口言葉を披露して大盛り上がりだ。
志穂は、人間と魔物達が仲良くテーブルを囲んでいるのを見て、頬が綻んだ。そんな志穂の隣にはゲオルグが張り付いており、若い村人が近づくたびにじろりと威嚇するように睨んでいた。それが照れくさくも嬉しくて、志穂は苦笑を浮かべながらもゲオルグの傍から離れようとはしなかった。
ツヴァイトドルフに立ち寄り、そしてエアストドルフへと帰る。志穂達の姿に気付いた子供達は両手を上げて駆け寄り、二人に飛びついた。子供達にまとわりつかれながら村の入口をくぐると、騒ぎを聞きつけた住人達が集まっていた。そこには村長もいて、変わらぬ笑顔を浮かべて「おかえり」と言ってくれた。
次々と聞こえる「おかえり」「おつかれさん」「噂は聞いたぞ」住人達のあたたかい声。
ああ、わたしはここに帰ってきたのだと。心からそう思った。
ゲオルグの家に向かうと、カルラとエルンストが庭で待っていてくれた。カルラのあたたかな腕に抱かれ、志穂は泣きそうになった。お母さん。母とは、こんなにあたたかいものなのだ。それを教えてくれたのも、この世界だ。この世界は、志穂にたくさんの大事なことを教えてくれたのだ。
エルンストは、ゲオルグの肩を叩いて「お疲れ様」と労っていた。「少し見ないうちに、逞しくなったな」
ゲオルグは小さく笑む。「信じられないことがたくさん起こった。あとで、おれの魔物ノートを見せてやるよ」エルンストは「それは楽しみだ」と笑う。ゲオルグも笑った。「あたしにも見せておくれよ」カルラも笑う。
笑い合う三人を見て、家族っていいなあと思っていると、ゲオルグは志穂に手を差し出す。その大きな手に自身の手を重ねて、志穂も家族の輪に加わった。
「話したいことがたくさんあるの。色んな事があった。聞いてくれる?」
カルラとエルンストは微笑んで頷く。ゲオルグと顔を見合わせ、志穂とゲオルグもにこりと微笑む。
志穂の長いようで短い旅は、こうして終わりを迎えた。
魔物の村の場所に、ゲオルグの家がある森の奥を選んだのは志穂だった。
深い森の奥にはスライムの巣があると言われているし、人の足では通りにくい場所もあり、美しい川も流れている。決め手は、スライムだけでなく、八咫烏も甲冑もこの森を気に入ったからである。
『此ノ森ハ主ノ気配ガ漂ッテイテ、心地ヨイ』そう言ったのは甲冑だった。
だから志穂は、エアストドルフの南の森に、魔物の村を作るべく魔物達を集結させたのである。
魔物達が集うのは早かった。志穂が八咫烏に抱えられて空に浮き、大声で魔物達を呼んだだけで、大気が震え、この国のあらゆる場所から魔物達がわらわらと集まってきたのだ。さすがの志穂もあんぐりと口を開けて呆然としてしまった。
それから、志穂は魔物達と一緒にエアストドルフで仕事をしたり、村人の作業を手伝ったり忙しい日々を過ごしている。
夜はエアストドルフの自分の家ではなく、ゲオルグの家へ帰る。そこには、以前はなかった志穂の部屋がある。
旅を終えてこの家に帰ってきた日、部屋があると聞いて驚く志穂に、エルンストが教えてくれた。カルラが大急ぎで物置小屋を整理して一部屋空けたのだと。カルラは掃除をしながら、ゲオルグが嫁を連れて帰ってくるんだと言ったそうだ。
「そうなのかい?」エルンストに問われ、志穂は赤面しつつも「そうなれれば、嬉しいです」と笑った。
そうして、穏やかに忙しい日々を志穂は過ごしている。
地面に腰を下ろして疲れた身体を休めていると、八咫烏がばさばさと戻ってきた。
『タイショー! 今日の仕事は終わりだとよ! 今日も俺様褒められちまったぜ!!』
「うん。ヤタくんえらい。頑張ったね」
『そうだろそうだろ。おっと、そうだった。あの人間が迎えに来てるぜ』
八咫烏の声に顔を上げると、遠くからゲオルグの姿が見えた。志穂は立ち上がり、大きく手を振る。気付いたゲオルグも、手を振り返してくれた。
「ヤタくん、明日はちょっと疲れるお仕事かもよ。フィーアトへの橋あるでしょ。直した穴がまた空いたんだって。今度こそ頑丈にしたいからって、工事の手伝いをお願いされているの。移動だけでも大変だね」
『俺様達はどうにでもなるぜ。俺様や鳥型は飛べばいいし、トロールなら隷属に乗ればあっちゅー間さ。タイショーはあれか、またユニコーンの世話になるか?」
「ユニコーンかあ…」
志穂は苦笑を浮かべる。清らかな乙女が大好きなユニコーン。最近の彼は志穂にちょっぴり冷たいのだ。名を呼んでもツンっと顔を背けられてしまう。背に乗るのは嫌がらないけど、ちょっぴり悲しい。
まあ、身に覚えがあるから仕方ないんだけど。志穂は赤くなった頬を手で覆う。その手に、大きな手が重ねられた。
瞳を上げると、大切な人が優しい微笑みを浮かべていた。
「お待たせ、シホ。さあ帰ろう。俺達の家へ」
ゲオルグと手を繋いで歩き出すと、橙色に染まった空から小さな影が見えた。こちらに近づいてくるその影はだんだん大きくなる。ゲオルグはそっと志穂の手を解いた。志穂が両手を広げると、目の前に迫った影が志穂を抱えて大空へ飛び立つ。
志穂は夕日の眩しさに瞳を細めた。
「いらっしゃい。今日も来ちゃったの? ママが心配しちゃうよ?」
随分と大きくなったドラゴンが、志穂を抱えて空を飛ぶ。甘えるように鼻先で頭をごりごりされて、志穂は痛い痛いと笑った。地上を見ると、ゲオルグや八咫烏、スライムに甲冑、その他のたくさんの魔物達が空を駆けるドラゴンと志穂を見上げていた。
(おじいちゃん、わたし、自分の居場所、見つけたよ)
いつかこの命を終えたとき。おじいちゃんとまた会えたら、そのときは。
わたしのお話、聞いてね。
愛しい人達と平和に過ごす、この素晴らしい世界の話を。
森からはじまる、わたしの異世界生活を。
これにて完結です。ここまで読んで下さってありがとうございます…!




