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『うーん、そうだな……。何から話しましょうか』
楽しそうに考えている彼女に、すいませんやっぱり後で、とは言えるはずもなく。俺はただ黙って彼女が話し始めるのを待っていた。
『秘密部隊か、特殊部隊か、そんな風に言えばわかりやすいでしょうか。海外ドラマとか、映画に出てくるような。わかります?』
「――特殊部隊? ……あぁ、わかるけど――え? それって……」
唐突な話題に少しだけ戸惑う。流れとしては、彼女たちがそういう存在だということ、なんだろうか。
『まあ、そういうことですね。正確にはちょっとだけ違うんですが。あ、私はサポートAIのジュリーと申します。どうぞよしなに』
人形のような容姿に不釣り合いの黒いヘッドフォンを外して、ジュリー、というらしい彼女はにっこりと笑った。
サポートAI。特殊部隊という言葉に気を取られていて、理解するのに数秒かかった。今目の前にいる彼女が、AIなのか。挙動も発言も余りに自然で、言われなければ全く気がつかなかっただろう。
特殊部隊の隊員。現在の技術を遥かに超えるAI。どちらも、現実味がなさすぎてどうにもピンとこない。
大体、そんな精鋭に女性がいるものなんだろうか。いたところで、どうしてこんなところでただの高校生に構っているのか。
そんな疑問を口にしかけて、あることに思い至った。
俺が、普通の高校生じゃないとしたら?
『まあ、今のでなんとなくわかったかもしれませんけど。氷雅さんは、以前の記憶がないんでしたね?』
十分あり得る。というかむしろ、今の状況ではその方が自然だ。
『回りくどく言っても面倒なだけなので、単刀直入に。――記憶を失う前の貴方は、アメリカで〝存在しないことになっている〟非公式部隊の隊員でした』
要するにちょっと後ろ暗いことをしている人たちです、とジュリーは付け加える。
しかし――自然だからと言って、そう簡単に受け入れられるようなことではない。
『大丈夫ですか? ……口、開いてますけど』
「あ、ごめん……大丈夫」
慌てて表情を引き締めた。
続き、話しますよ。そう言って俺の返事も聞かずジュリーは語り始める。
『昨年の2月にあった、大規模テロの話はご存知ですか?』
こくりと頷いた。
実際に覚えているわけではない。俺が病院で目を覚ましたのは、その事件の1ヶ月ほど後のことなのだ。しかし、クラスメイトからそのテロの話を聞いたことはあった。
マスコミは、おそらくこの街の中心部に位置する2つの大学と、共に建ち並ぶ研究所群の成果を奪取・もしくは破棄するためのものであった可能性が高い、と伝えていたらしい。元々の標的が民間人ではない上、警察・自衛隊などの活躍や上部の迅速な判断のおかげで被害はほとんど出なかったという。
しかし、俺にその話をしてくれた友人は、首謀者が逮捕されたという報道がない、と不思議がっていた。そのときは、物騒な話だ、くらいにしか思っていなかったのだが。……そういえば、その話には少しだけ続きがあった。
『氷雅が倒れてたのはその日らしいから、もしかしたら関係があるかもしれないね。……何か覚えてたりとか……する?』
彼は、そう言ったのだ。
まさか。心臓の鼓動が、少しだけ速まった気がした。
「もしかして――俺の記憶のことと、関係が……?」
ジュリーは、俺の質問には答えない。
『その日は、建前上テロが起きたってことになってるんですけど、実際はそんなんじゃないんです。さっき言った、氷雅さんが以前所属していたアメリカの部隊。あれが、この都市の研究所群に突然強襲を掛けて来た……「テロ」ではなく立派な「作戦」でした』
いつの間にか表情が読み取れなくなっている顔をそっと伏せる。
『もちろん氷雅さん……ゼレイドも、その中にいました』
俺が、そのテロに参加していた。心臓をぎゅっと掴まれるような感覚に襲われるが、それでも俺の頭は考えるのをやめなかった。
彼女の言葉をもう一度脳内で繰り返して、ふと単純な疑問を覚える。
「アメリカが……? でも、」
『そう。日本とアメリカは同盟国ですよね。だから何が起こったかわからなくて私たちも大混乱で。何がなんだかわからないまま、応戦するしかありませんでした』
淡々と。ただ淡々と、AIは語る。
『決着はいつまでも付かず、何もわからないのに戦い続け、双方戦線崩壊寸前まで疲弊してもうどうしようもない、という辺りで波が引くようにアメリカの部隊は撤退していきました。おそらく双方共部隊に犠牲者は出ていませんが、アメリカと日本の関係は最悪に近いほど冷え込みました』
『が、後からアメリカの上部が言うことには。あの事件は全て仕組まれていて……曰く、それをやったのは、貴方です』