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2

 あれからどれくらい経っただろう。細い路地を駆け抜けて、その先のフェンスを飛び越える。一時間ぶっ通しで走り続けているような気もするし、まだ十分も経っていないような気もする。


 息が苦しい。もう、限界だ。しかし、そう思う度に背筋を突き刺す殺意。


 追いかけて来る誰かの気配は、距離を縮めることもなく、かといって諦めることもなく、一定の間隔でぴったりとついてくる。


 今は何もしてこないが、もし一瞬でも立ち止まれば……そう思えば、足を止めるという選択肢などなかった。


 誰もいない廃ビル街。道とは呼べないような経路を、あちこちに引っ掻き傷を作りながら走る。やっていることは普段と何ら変わりないはずなのに、張り詰めた緊張のせいか、普段の何倍にも疲労を感じていた。尋常ではない量の汗が滴り落ちる。


 ――いっそ、ここで立ち止まってしまった方が、楽なんじゃないか。さっさと……殺されてしまう方が、楽なんじゃないか。


 そんな考えが、脳裏をよぎった。


 次の瞬間、足首に痺れるような痛み。


「――痛っ」


 余計なことを考えていたせいで、足を捻ったらしい。


 はっと我に返り、たたらを踏むように慌ててもう一歩踏み出す……が、体勢が崩れたその一瞬。見逃してもらえるはずもなかった。


 しゅんっ、と小さな音がして、一瞬肩の辺りが熱くなる。視界の端を真紅の光線が掠める。


「う、ぁ……っ!」


 一気に体中を駆け抜けるような激痛を感じてやっと、撃たれたんだとわかった。


 視界が真っ白になって、意識が遠のいていく。


 ――あ、落ちる。


 そう思った瞬間、目の前がテレビの電源を切ったように暗くなる。


 気づいたら、肩を押さえてふらふらと走っていた。数秒の間、意識が飛んでいたらしい。


 掌の下で、どろりとした液体が溢れる。腕を滴り落ちる血が、異様に熱かった。



「はぁ……っ、はぁ、――げほっ」


 重たい身体を引きずる。もうほとんど上がらない足を、それでも、前に。


 撃たれた肩が、ただひたすらに熱い。それ以外の感覚は、とっくに消えてしまった。


 ――どうして、俺は走っているんだろう。


 朦朧とした頭では何も考えられなくて、そんな単純な疑問がずっとぐるぐると回っている。それでも、ただ本能に従って走っていた。


 早く、楽になりたい。嫌だ、死にたくない。


 頭の中で、相反する2つの感情がドロドロに溶け合っている。いや――ドロドロなのは、俺の意識、か。


 足がもつれて転びそうになる。なんとか踏みとどまった……が、もう、その先の一歩が踏み出せない。


 ゆっくりと身体が傾いて、冷たい壁に寄りかかった。


 落ちてくる瞼に抗う気力は、もうない。


 しかし、冷たい殺意は未だ消えない。


 ――ああ、ダメだった、か。


 ゆっくり近付いてくる気配。目の前の景色も、手足の感覚も、何もかもがぼんやりと消えて行く中でそれだけがただ一つ確かだった。


 しかし、全てを諦めかけたそのとき。


「――消え、た……?」


 あの突き刺すような視線が、ふっと消える。


「……嘘、だろ」


 そう思ったときには、膝から力が抜けてその場に崩れ落ちていた。


 視界が一気に反転する。


 落ちていく。墜ちていく。

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