第38話 闇の先の異国。トリル出奔
トリル、プリムラさん、養子達は長く別れることになる家族の料理を作るため台所へ。
クーランも手伝おうと考えていたようですが私は呼び止めます。
「トリルには穏やかに暮らしてほしい。引退を勧めました」
「この国を離れたら争いを忘れれば良い。彼女なら良い先生になれますよ」
クーランは同意してくれました。
ですが、トリルはクーランを意識している。
「トリルが安住の地を見つける前にもし貴方の『欠損』を知ったら、貴方はどうしますか?」
「……すみません。僕だけでなくリッキーさんも知られてしまいました。プリムラにも……」
私に謝罪し恐怖しているクーランはまるで幼子のようです。
出自の環境が狂っていたので、いまだ情緒未熟児なのでしょう。
「私のことは気にしなくても構いません。養子をとると決めた時点で私は受け入れていますから。貴族から離れここに辿り着き、望外の幸運です。ですが貴方はそれ以上を望んで良い」
私の言葉にクーランは困惑しているようです。
「以前殺すために冒険者になったと言っていましたが、私のように逃げても良い。魔法職工者として冒険者に頼らない生活が貴方には出来ています。引退は国外に出れば貴方にもプリムラさんにも出来ます」
するとクーランは一転して迷いを振り切り自分に言い聞かせます。
「プリムラにも引退を勧めましょう。しかし僕は今使命があります。冒険者は続けますよ」
「使命が済んだ後貴方はどうしますか?」
また困惑を始めるクーラン。
「やはり貴方は使命、他人に『支配』され、『自由』な望みを持っていない」
クーランは明らかに動揺し沈思黙考を始めます。
私を言い返せない他人だと考えているから黙ってしまうのです。
「私達の夜逃げの後、両家の護送依頼を自費で税滞納で出しましたね。貴方の殺す他人ではなく生かす他人との関わり方、貴方自身で考えた「自由」意思の一歩目は既にある」
「……僕の自由意思……?」
「殺すべき他人を殺すなとは言いません。殺す他人より生かす他人と多く関りましょう。そこから考え自由意思を育んでいくことで貴方という「人」が形成されます」
まだ望む心が未成熟、自分の将来が見えていない。
養子を庇ってモンスターに捕まったのは、クーランの刹那的な生き方の一端です。
一方でトリルの強盗騒ぎでは徴税日を含めた計画を立てている。
「自身にも計画性を向け長く生きる事。貴方の望む心の発生。私から貴方への望みです」
―――
「皆、さよなら。元気に暮らしてね」
養子達と抱擁するトリル。
「リッキーさん。お世話になりました。ありがとうございました」
リッキーさんに礼をするプリムラ。
僕は何を言えば良いのか分からない。
トリル、プリムラと同じ思いはあるんだろうけど、彼女達のオウム返し以外が出来ない気がする。
プリムラが僕を御引っ張ってリッキーさん宅への挨拶を促す。
「……彼女達は僕が守ります……」
リッキーさんには期待以下の答えだろうというのは分かる。
しかし自分の言葉で出せる物はこれだけだった。
「無事を願っています」
リッキーさんは穏やかに頷いてくれた。
僕達三人にマドレーヌ達南に工房を建てる魔法職工者、ディル、ワジが合流する。
「俺も国を出てみる。外国のドワーフがどんな暮らしをしてるか気になる」
がっちりと鉄の塊を着込んだワジがイサラへの同行を申し出る。
僕は頷いて僕用の冒険セットの夏冬毛布と増幅水筒をワジに譲った。
すぐさま水筒の水を捨てジンに詰め替えるワジ。
「水筒にお酒ですか」
トリルの困惑にディルがへらへら笑う。
「水が貴重なエスクーンじゃ保存の利く弱い酒を沿岸から運んで子供にも飲ませる地域が多いんだ」
彼が水先案内人になってくれるらしいけど。
「ここの取材はしなくて良いのかな?」
「勇者候補生って制度はカレギアにしかなくてね、トリルがアタシの取材対象だねぇ。ここには交代が来る」
改めてカレギアは異端な国らしいね。
役所で前期の滞納額を収めて出国の権利を得た僕達は南へ進む。
僕自身が工房に在籍しないのだからカレギアに来期を払うのは損だからね。
デスティンがここで切り出した。
「リッキーさんなー「クーランには『完全な治療』を受ける選択もあるのです」って言ってたぞ」
―――
ドワーフとの共栄圏は自警戦士の定着のため街道より安全だった。
一度物理が効かない1体のイエロースライムを頼まれて処理しただけだった。
油を浴びせて松明を投げつける、魔法なしの対処方法を実践して見せる。
トリルはスライムが怖いらしくプリムラの後ろに隠れていたね。
工房の候補地で職工者と一人ずつ別れ夏の最終日になる百日で最後の候補地に辿り着く。
僕、トリル、プリムラ、ディル、ワジ、マドレーヌ。
六人で食卓を囲み、明日の秋の一日、関所到着に備え二部屋を借りて男女に別れる。
秋の一日昼過ぎに国境に到着。
関所の兵士は大陸ジャーナルのディルに露骨な舌打ち。
残り五人を一人ずつ確認しトリルの名前を確認して止める。
「勇者候補生の出国?そんな事は認めん」
「引退させてください。私には無理です」
「教王宮の招集がかかっている。王都に戻れ」
「そもそも勇者とは何ですか?指定迷宮の攻略をして何になるんですか?」
「我々は知らん。教王宮で聞け」
トリルの自由を無視する兵士、国家、敵。
「顔に出てるぞー。笑い」
「クーランさん?待ってください」
トリルの指摘でプリムラも気づき一旦関所から離される。
「クーランどうしよう?」
「国境で争う精鋭には多分勝てない。でもカレギアはトリルの自由の敵だよ。イサラに行かせたい」
このまま国境沿いを西に進んでもドワーフとの共栄圏を出るだけで余計にリスクが増すだけ。
「長達にあらかじめ話を聞いて良かった」
ワジが突然さらに国境から離れて北へ向かう。
「どこへ行くの?」
「ドワーフ関を通る。ディルはノッポすぎて通れないから先に飛んで行け」
プリムラの問いに答えたワジに従い夜まで歩きドワーフとの共栄圏に戻る。
昨日の食堂に戻るなりワジは宣言する。
「このベースリング達にドワーフ関を通らせる」
「そのドワーフ関って何さ?」
マドレーヌの問いに地元のドワーフ男が答える。
「南とつながった坑道だ。だがそのベースリングは信用できるのか?」
ワジは頷いて真鍮のカードを見せる。
「この白いガリガリがガラスもどきを使ったやつだ」
「その白いランプを作ったやつか」
「今日ガラスもどきを集めるやつがいたな」
「そいつの師匠だ」
「まだ修行中ですよ」
ドワーフ達の会話に一言断りを入れたらなぜか盛り上がった。
「修行のために行くのか」
「僕自身は山の東へ行く予定ですが、そうですね、イサラやエスクーンの魔法工芸品にも興味は尽きませんね」
ドワーフ関の許可のため昨日と同じ部屋に泊まることになった僕は代金として食堂の樽を一つ増幅樽に作り替えてみた。
「魔法職工修行。良いかもね」
マドレーヌも楽しそうだ。
戦う必要のない生き方、リッキーさんの勧めを意識してしまう。
トリルとマドレーヌは必ず平穏に暮らせる所まで送ってみせる。
プリムラにも彼女達と共に引退を勧めてみよう。
僕は……封印の管理者に会うまで判断を下せない。
ドワーフの身長に合わせた坑道の中、足を進ませながら頭が止まっているように思える。
坑道の中眠ること三度。
「外の明かりだなー。地上だ」
デスティンに示されワジのランプだけを見ていた僕は闇の向こうに気が付いた。
人の居る世界に僕は引き戻された。
第一章、最終話です
遅筆のため第二章はしばらく間を開けて投稿させていただきます
予告
第二章 王空位の国イサラ
賞金首勇者候補生トリル、迷宮に隠れ潜む
小ネタ
暦・春の1~100日、夏の1~100日と年で計400日
元旦は春の1日、暦の読めない者達は元旦を誕生日にしている者がほとんど
月・光を吸収する黒のため日中に常に満月で見える
クーラン・去勢のため男らしくない外見




