三章 中
前回にひっそりと加筆していましたが、雫が過去に出会っていた女の子は喜代子といいます。
「なかなか便利じゃないか。その調子で頼むよ」
妖術を使い緑色の畑全体に水を撒いている雫を見ていた喜代子の母が言った。昨晩出会ったばかりだが、雫は既に彼女に苦手意識を持ち始めていた。彼女の着崩された着物とそっくりな性格に驚きを隠せなかったからだ。
子供達が懐いていたからといって、普通こんなにもあっさりと信用するだろうか。畑の位置が村外れなことを加味しても生活圏に招きすぎである。他の村人を見たら隠れと指示を出してきたことを考慮するに、争いのことを知らないわけではなさそうなのが余計に雫を心配させていた。
時折子供達が持ってきてくれる差し入れを頬張りながら、雫は言われていた区間の水やりを終えた。
「疲れた……」
木陰に移動してから休息をとる。すると、雫が仕事を終えるのを今か今かと待っていた子供達が雫の周りを包囲した。
「あそぼ~」
「ようじゅつ教えてよー!」
子供達が口々に雫に話しかける。まだ休憩できそうにないな。そう思うと自然と笑みが零れていた。
※
畑が黄金色に色づき始めた頃、四本腕と人間の争いは更に激化していた。戦場はどんどん広がり、今ではこの村も安全とは言えなくなっている。
畑仕事を任された時から随分と状況が変わってしまった。少し前から村はずれまで武装した村人が巡回するようになり、雫は皆と会えない日々が続いている。
その行動に異論はないが、寂しくないと言ったら嘘になる。この村ではまだ争いが起こっていなかったのを理由に、雫はこっそりと家を出た。
しかし、浮ついた気持ちはすぐに消えた。村に近づくにつれて違和感が増していくのだ。普段と変わりない景色のはずなのに、視界の端で何かが動いたような気が何度もする。
急ごう。無意識のうちに早まっていた歩みを更に加速させ、雫はいつもの畑に向かった。
燃えている。皆で育てた畑が燃えている。
いや、それだけではない。遠くに見える納屋や橋といったあらゆる村の物が燃えている。
橋の近くに見慣れた着物が転がっていた。
急いで駆け寄ったが既に息をしていなかった。
何件か並んで建っていた家の前にいくつか着物が転がっていた。
顔が焼けていたせいで息をしているか分からなかった。
どこからか叫び声が聞こえた。
皆を助けなければ。その一心で目に付いた四本腕に次々と襲い掛かった。同族に襲われるなど考えもしていなかったのか、易々と首を取ることができた。それを捨て、次を探す。
「──ずㇰ 雫?」
誰かの声で我に返る。振り返るとそこには皆ではなく、かつて共に暮らしていた父が立っていた。
「雫も狩っていたのか。……やはり俺の娘だ、戻ってきてくれて嬉しいぞ」
何か誤解している父が深く握手を交わしてくる。
手を振り払おうとしたその時だ。背後から枝が割れる音が聞こえた。慌てて振り返る。
そこには今度こそ探していた皆──数人の子供達がいた。
「あっ!」
無事でよかった。そう言いながら抱きしめに走りたかった。しかし、その思いは一瞬の光によって遮られてしまった。
「゛いっ……」
足に激痛が走る。そのまま前へ倒れた。
「雫⁈」
少し遅れて父の慌てた声が響いた。それから背中に重みが圧し掛かる。隙を突かれた父が頭に重傷を負っていた。
それを背から降ろし、子供達を見上げる。
まだ皆は自分を敵だと思っていないかもしれない。あれは狙いが外れてしまっただけかもしれない。そんな淡い期待を胸に雫は手を伸ばした。
その瞬間、鋭い痛みが手を襲う。そのまま子供達は雫が口を開く前にどこかへ走り去ってしまった。
追いかけようとしたが足がうまく動かなかった。地を這おうとも考えたが、それをするほどの気力は残されていなかったため、その場に蹲る。
それからどれ程経っただろうか。周りに立ち込めていた火が消え始めた頃、遠くにある丘の上に人影が見えた。




